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2023年3月31日金曜日

太宰治「お伽草紙」(昭和20年)

太宰治「お伽草紙」を新潮文庫で読む。太宰にとって中期にあたる戦争中に書かれた、中国や日本の伝承を太宰ならではの視点で太宰らしく新たに再構成し書き上げた作品を集めた一冊。
これはなかなか読もうという気が起きなかったのだが、そろそろ読まないとと思って読む。掲載順に読んでいく。

盲人独笑(昭和15年)
江戸時代の葛原勾当なる盲人で琴の名人という人物の日記を、太宰が抽出しアレンジしたというていの短編。

清貧譚(昭和16年)
聊斎志異からとられた一篇。菊を育てることだけが趣味の独身で貧乏な男が、菊の苗を手に入れるために沼津に行った帰りに、菊を育てる名人の若者とその姉を向島の自宅に住まわせる話。
こだわり強くて気位の高い貧乏人がめんどくさい。そしてファンタジー。

新釈諸国噺
昭和19年1月より諸雑誌で発表された5編、そして書き足された7編で昭和20年1月に刊行。太宰の井原西鶴リスペクト。日本各地の実録昔ばなし。
やたら気位の高い貧乏人、武士の一分へこだわりすぎる哀しみ、大岡裁き、浅ましい犯罪、実話系週刊誌ネタのような顛末、落語のような噺。
などなど時代小説っぽい短編。それも太宰らしい独特のテンポとリズムを持った文体。

竹青(昭和20年)
聊斎志異ふうな話。郷試に落ちる青年。努力が報われず不幸せ。死のうと思ったら烏になって…という人生の悲哀。太宰が憧れてた芥川の杜子春のような話が書きたかったのか?

お伽草紙
終戦直後の昭和20年10月に筑摩書房より書き下ろしで刊行。防空壕で子どもに読み聞かせしてた昔話を太宰が自由に妄想。
  • 「瘤取り」こぶとりじいさんってこんな話だったっけ?!という驚き。
  • 「浦島さん」竜宮城から戻った太郎がお土産を開けたら三百歳のおじいさんになっていたのを不幸と考えるのはおかしくない?という太宰の問題定義。
  • 「カチカチ山」子どもに読むにはあまりに陰惨な事件。そもそも狸って何も悪くなくない?って問題定義。処女の残忍性、中年男の悲哀。太宰の同情。
  • 「舌切雀」この昔話がどんな話だったかまるで思い出せない。きっとこんな話じゃない。
お伽草紙は太宰作品の中でも人気作かもしれないが、どれを読んでも悲しさでため息が出る。生きるって辛いし孤独。

2020年6月19日金曜日

太宰治「ヴィヨンの妻」(昭和22年)

新潮文庫の太宰治「ヴィヨンの妻」(昭和22年)を読む。戦後疎開先から三鷹へ戻った時期に書かれた8本の短編を収録した1冊。では順番に読んでいく。

親友交歓(昭和21年)故郷に疎開している太宰の元に「同窓会するから」と訪ねてきた小学校時代の旧友。だが、そいつにとくに記憶がないw こいつが無神経で無遠慮でとにかく太宰に心の声で罵られる。

トカトントン(昭和22年)「困ってます」という読者からの手紙。郵便局で働く青年の話。終戦後の混乱した雰囲気。

(昭和22年)身重で風邪気味の妻と娘を米の配給に並ばせ自分は女たちと美味しくも楽しくもない酒を飲む最低男。一人息子イサクを殺そうとしたアブラハムのことを考える。

(昭和22年)宿屋の青年に誘われ飲む。となりの部屋から聞こえてくる男女の会話。
軍隊で上官に散々殴られたせいで、軍服の森鴎外が嫌になって、全集を売り払ったという青年の話が面白い。

ヴィヨンの妻(昭和22年)お金の当てがないにもかかわらず無銭飲食して金まで盗んでくるダメ夫を持つ妻目線の話。生き抜くためにはその場しのぎの嘘とごまかし。
この妻がヤケクソで飲み屋で働きだしたらちょっと好転しかかる。終戦直後のギリギリ貧乏生活。
戦前は女を口説くのには華族の勘当息子と思わせるのが効果的だったと知った。

おさん(昭和22年)これも収入のないダメ夫を持つ妻目線だが、その結末は太宰自身の最期そのもの。気が滅入る。

家庭の幸福(昭和22年)長い間、三鷹の津島家にはラジオがなかったのだが、修治の留守中にいつのまにか家人がラジオを買っていた。お役人とのインタビュー録音がラジオに流れるという。
「官僚が悪いというけど民衆だってずるくて汚くて欲が深くて裏切ってろくでもないのが多いのだからアイコ」という太宰理論。

桜桃(昭和23年)子どもよりも親(自分)が大事という太宰。「生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す。」
妻の妹は重態。4歳の長男の発育不良に悩み、作家は家庭から逃げるように執筆へ向かう。もう自殺しかない。家庭を持っても人は幸せにはなれない…という絶望。

PS. そして今日は太宰生誕111周年。

2020年5月21日木曜日

夏帆「グッド・バイ」(2018)

夏帆が主演して2018年夏にBSテレ東で放送されていた「グッド・バイ」(全12話)を見通した。
モテ男が夏帆と一緒に5人の女との関係を清算していくドラマ。太宰治の「グッド・バイ」は未完の遺作なのに、あたかも太宰原作をドラマ化したかのように書かれている。
30歳のメガネヒロイン(夏帆)が三ノ輪を散策してると高校の後輩田島毛と再会。男は話がはずんで関係を持つ4人の女との別れを決意。

夏帆は十代中ごろまでは今の広瀬すずに匹敵する美少女女優だったのだが、27歳にしてすでに個性派女優っぷりを出している。この役は挑戦だったはずだ。
第5話あたりまでは美容師、キャバ嬢、ギタ女と、別れ話エピソードがテンポよく繰り出されて面白かった。面白いドラマになる可能性はあった。

だが、それ以後は見ていてひたすら苦痛。見切り発車だったのか?中盤が冗長すぎ。あまり内容のないストーリーを無理矢理薄めて12話にしてだらだら続けてる。それはまるでテレ東「美の巨人たち」において間に挟まれる謎のムダ演出みたいだった。

毎回冒頭で太宰の名前をやたら出して視聴者を引き付けようとするのも悪質。ああ、自分の趣味と合わないドラマ。たぶんダメドラマ。
田島毛が迷惑がる夏帆を引き込んで女たちとの関係を清算しているというのに、5人目と新たに関係を持っていたことが判明し、夏帆「ほかの女とセッ〇スしてたんかい!」とマジギレしてるところは面白かった。
あと、ヤバいギタ女のつくる曲がmiwaっぽかった。完全にmiwaをディスってるように思えたw 
田島毛を演じてる俳優の声質がかんぜんにふざけてるときの堺雅人。声だけ聴いてると完全に堺雅人。耳障りでイライラする。
こいつの言う事やることがなんら感情移入できない。ただ単に軽くて迷惑なやつ。こいつを見続けることが最後まで本当に苦痛。

ラストで夏帆は別の恋。田島毛は留学めざして勉強を開始。なんだこのラスト…って思った。
主題歌はオフィシャル髭男dism「バッドフォーミー」。
夏帆の演技は見ていて楽しかった。夏帆は「海街」以降とても良い感じ。だが、あまり作品には恵まれていない気がする。

2020年5月20日水曜日

太宰治「グッド・バイ」(昭和23年)

太宰治「グッド・バイ」を新潮文庫版(平成19年第65刷)で読む。戦後の昭和20年から23年までに書かれた16本の短編からなる一冊。では順番に読んでいく。

「薄明」「苦悩の年鑑」「十五年間」「たずねびと」すべて戦後の昭和21年に書かれたもの。
太宰を知るために重要かと思われる。太宰も戦争中は妻子を連れて空襲を逃げ惑い疎開した。そして「思想」というものをバカにする。

大正時代に本州の北端の村の児童でもデモクラシーを知っていたのに、30年経ってまた「民主主義」とか、まったく進歩のない茶番。2.26事件に関係した人々も罵倒。東條もバカにしていた。
焼け出され故郷で死のうと幼い子を連れ青森へ向かう太宰夫妻。子に蒸しパンなど恵んでくれた20歳ぐらいの女の人を探す。「あのときの乞食は私です」

「男女同権」は女性たちに酷い目に遭わされ年老いた男の独白。この短編が読んでいて一番辛い。

「冬の花火」「春の枯葉」は戯曲。やはり敗戦後の精神的混乱と生きることの絶望、男女の痴情と、年老いた両親と、とにかく悲哀。読んでいてひたすら切ない。
「春の枯葉」は展開が唐突。メチルアルコールは怖い。

「メリイクリスマス」(昭和22年)故郷青森の実家から再び東京へ戻ることになった主人公。昔知り合いだった同じ年の婦人の娘(20歳ぐらい)と東京の本屋で再会。

「フォスフォレッセンス」「朝」「饗応夫人」「美男子と煙草」「眉山」「女類」「渡り鳥」、すべて戦後の精神的な放心状態、人々の再会、そして酔っ払い太宰。などなど。読み終わってそれほど印象に残らなかったものも多い。

グッド・バイ(昭和23年)
戦後ヤミ物資で金を貯めたので、戦争中疎開させていた妻子を呼び戻し、編集者一本でやっていく決意を固めた田島。女たちと別れるために美人キヌ子に有償で協力を要請。

関係を清算するために女Aの働く美容院へ。だが、それ以外は怪力で大食いで強欲で気の強いキヌ子とのののしり合いのみw
この男にはまったく感情移入できなくて読んでいて困惑。

2019年11月3日日曜日

田中英光「オリンポスの果実」(昭和15年)

田中英光「オリンポスの果実」(昭和15年)を読む。
中学生の時からこの本の存在は知っていたのだが、「いだてん」がロスアンゼルス五輪に差し掛かったというタイミングでようやく読む。

田中英光(1913-1949)は誰でも知ってる作家というわけでもないが、この作品だけは新潮文庫で版を重ね読み継がれている。
長編にしては短い爽やか青春小説。高校生でもすぐ読める。

自分、最近までこの作家が早大生時代にロス五輪(ボート)に出場し、後に太宰治の弟子となったということを知らなかった。

ざっくり説明するとボート選手としての1932ロス五輪体験記。
主人公は早大ボート部の選手。こいつがひょろっと背が高く童顔でおっちょこちょいのぼんやり野郎。
これから横浜港からサンフランシスコへ向かうという段階で支給されたブレザーを紛失。どこへやった?!とパニックになりタクシーで何度も家と練習場所を往復。こいつはロスのゴルフ場でもガマグチをなくすし選手バッジもなくす。

だが、往路の船上で熊本秋子さんという20歳ぐらいのハイジャンプ選手と良い感じの仲になる。

周囲の選手たちがガヤで最悪w まるで罪人扱い。団長から男女で口を利くのもいかん!と厳禁。
洋上のシーンの描写が一番多い。ボート選手として参加したオリンピック自体の描写は予想外に少ない。他の競技の応援には行かないのかよ。
この本はオリンピックから10年後のもうすぐ30歳という時期に、この秋子さんへ書く手紙という形式。秋子さんも結婚しているらしい。

ロスでは意外にも選手たちは自由に観光へと出かけている。カメラも持っている。みんな裕福な大学生たち?
主人公はなじみのカフェ女給がいるわりに爽やか青春野郎。だが、後の左翼文学青年なのでいろいろ屈折してる。なぜか秋子に急に冷たい。無視し始める。

帰りの船でも
男は女が自分に愛されようと身も心も投げだしてくると、隙だらけになった女のあらが丸見えになり堪らなく女が鼻につくそうです。女が反対に自分から逃げようとすればするほど、女が慕わしくなるとかきいています。そこに手練手管とかいうものが出来るのでしょう。
なんか、予想してた展開と違う。脚にうぶ毛があるのを見ただけで「厭らしい」とか何なの?

まあ、予想通り進まないところがリアルな青春日記っぽい。10年後に「で、好きだったの?」って聴いてみてどうする?!

オリンピックに選手として参加した仲間たちは数年後には多くが不幸。自殺、心中事件、外地へ行った者、戦死したもの…。
田中英光も戦後、太宰の死にショックのあまり薬物中毒の果てに太宰の墓前で自殺…。享年36歳。

PS. 実は自分、もう4大会ぐらいオリンピックをほとんど見ていない。てか、スポーツ中継も見ないしスポーツと関わりもない。

巨大スポンサー米国の意向で開催時期を真夏にやらないといけない意味が分からない。もう国威発揚オリンピックの意義は終わった。
競技種目が多すぎる。以前のようにこじんまりアマチュア大会に戻して途上国でやるかギリシャ永年開催でいいと思う。

東京大会のありとあらゆるトラブルと騒動(費用、エンブレム、競技場、ボランティア、東京湾の大腸菌、暑さ対策、マラソン開催地変更)は、この国の劣化を想わずにはいられない。もちろんIOCも嫌い。この団体を自分はAmazonみたいなもんとしか見ていない。

開会式にPerfumeが出ないかぎり見ないw 大会期間中はテレビつけず読書してるか映画見てるかだろうと思う。

2019年9月22日日曜日

太宰治「新ハムレット」(昭和16年)

太宰治「新ハムレット」新潮文庫(平成7年)を読む。昭和15年~17年の間に書かれた5作品から成る一冊。読みたい作品から読んでいく。

まず、昭和15年の乞食学生を読む。ざっくり説明すると太宰VS.学生。

この作品には三鷹駅から井の頭公園へつづく玉川上水の土手の風景が出てくる。現在は歩道が整備され草の生えた土手など存在しない。
桜の木々と土手の風景を書き残した箇所が貴重なので、玉川上水には「乞食学生」からその部分を記した教育委員会の立て札がそこにある。自分は数年前に太宰と山崎が入水した地点を見て来た。

散髪代50銭持って家を出た太宰。玉川上水の土手を歩いていると、裸で泳いでいる子どもを発見。こいつが生意気な学生。話を聴くと数学を学ぶも学費が払えず退校。

井の頭公園の茶屋で親子丼を食べさせたり、帝都電鉄(京王井の頭線)で一緒に渋谷に出て学生の友だちに会ったりという話。
ひねくれた太宰が学生に自由勝手な話を聴かせる話。まさかの夢オチ?!ポップで面白い人気作。

新ハムレット(昭和16年)は太宰が前書きで断っているように、これを読んでシェイクスピアのハムレットを分かった気になってはいけない。登場人物の名前を借りて太宰が自由に戯曲っぽいものを書いた作品。

なにせ内容が太宰の時代の学生たちのするような会話。親子の会話。兄妹の会話。
父が大学生の息子にするアドバイスが読んでいて痛い。自分の失敗そのものw 
いきなり兄妹の会話に坪内逍遥先生の名前が出てきて笑った。太宰、自由すぎ。

ハムレットという劇を一度も見たことがなくてストーリーを知らない。オフィリアの妊娠と寵臣の反逆。朗読劇で王と王妃の真意を確かめる?ののしり合いばっか。読んでいてやっぱり困惑。

「女の決闘」は森鴎外全集第16巻収録の翻訳小説の評論
「古典風」は手癖の悪い女中の話がなぜか途中からローマ皇帝ネロの話に
「待つ」はわずか4Pで駅のベンチにぼんやり座る女の心の声

2019年7月21日日曜日

太宰治「ろまん燈籠」(昭和16年)

太宰治「ろまん燈籠」を読む。新潮文庫版で読む。角川文庫と迷ったのだが、すでに読んだものが多いので新潮を選んだ。新潮文庫版は全16篇を収録。

ろまん燈籠(昭和15年から16年にかけて婦人画報に連載)
この時期の太宰は明るくPOPな作風。作家のつきあいのあった家族が書いた連作ファンタジー小説(ラプンツェル)というてい。4人兄弟姉妹のバラバラ個性を対比させるような、小説の体を成していない小説。またまた太宰のヘンテコ小説を読んでしまって困惑。太宰、フリースタイルすぎ。

みみずく通信(昭和16年)新潟高校へ講演会に行ったときの話。生徒「太宰さんをもっと変わった人かと思っていました。案外、常識家ですね。」w
服装に就いて(昭和16年)着物ばかり着ていた太宰
令嬢アユ(昭和16年)佐野くんと伊豆でフライフィッシング
(昭和16年)或る学生から悪魔と呼ばれ気にする太宰。昔センパイに送った借金申し込みの手紙が酷いw オチもシュールでよい。
(昭和17年)ヘンな小説ばかり書いていた太宰は読者からもたくさんヘンな手紙をもらったんだろうなとw
新郎 とくに感想はない
十二月八日 日米開戦の日、主婦目線の生活

ここまで読んできて、「ろまん燈籠」以下、すべて太宰の日々の交友やらダメ人生活やらを書き綴ったエッセイであることにようやく気付いた。これはもうすべてについて感想を書くのは無理だと悟ったw

残りの「小さいアルバム」から「東京だより」まで、すべて東京三鷹での戦時下の暮らし、北京に渡った友人の結婚、創作ノート、友人の戦死、雑文などなど。

感想を求められても何も答えられないが、太宰治という人を知るためにはそれなりに重要かと思われる。
ああ、この文章を書いた人は戦後すぐに自殺するんだなあと思うと、自分は暗い気分になってやりきれなくなった。
「ろまん燈籠」以外は子どもや若者にまったくオススメできない。

2019年6月2日日曜日

太宰治「斜陽」(昭和22年)

太宰治「斜陽」(昭和22年)をようやく読んだ。新潮文庫で初めて読んだ。有名すぎて避けてた。たぶん暗い作品だと思ってなかなか読む気分になれなかった。

自分、2008年に津軽金木町の太宰の生家「斜陽館」を訪れた。それから11年、ようやく読み通した。

この本のヒロインは出戻り娘かず子。ヒロインは庭で見つけた蛇の卵を焼いたことで何か不安を抱える。敗戦によって西片町の家を売って伊豆の田舎町へ移り住む。

母と娘、没落する貴族。母親は体調がすぐれない。弟は南方戦線で行方知れず。生活無能力。叔父まかせ。漂流。衣服を売ってお金にして米を買うような生活。

ヒロインは浮気によって嫁ぎ先から身重のまま返されていた。そして流産。29歳。ただ家で母親の看病。
そして弟がアヘン中毒になって帰ってくる。ここから先が地獄…と書かれている。
麻薬中毒は苦しい。いっそアルコール中毒に置き換えたほうが良いという最悪のアドバイス。この生活無能力お坊ちゃん弟によってお金を失っていく。

ヒロインは恋文を三通出す。この手紙が立て続けに張り付けてあって、これまで読んだ太宰の短編でなんどか見たような、読む側が困惑する構成。
この相手が離婚の原因。東京まで訪ねるも、この男もすでにアル中廃人。やっぱり生活無能力。返せるあてのない借金をして不味い酒をあびるように飲み続ける。
終戦直後にはどこにもあった風景かもしれない。今現在も日本中でよく見る風景かもしれない。

風呂場のボヤ騒ぎ、女中として外に勤めに出る話とか、老人の師匠さんとの縁談とか、弟の絶望感のする日記とか、蛇の話とか、とにかく微妙に嫌~な話がボディブローのように効いてくる。そして母親が結核で死ぬ。田舎の老人医師、心配ないって言ってたじゃん!どうなってる。

そして弟が自殺。ついにかず子は独りぼっち。
ラストは恋文独白で終わる。身ごもった子どもに対する希望が一体なんのこっちゃよくわからない。困った。これが太宰文学だ。

2019年1月22日火曜日

上野歩「探偵太宰治」(2017)

上野歩「探偵太宰治」という文庫本をつい手に取ってしまった。なんじゃこりゃあ?と。

2017年7月に文芸社文庫から出た1冊。表紙を見る限り、どうもラノベという扱い?
まだ1年半ほどしか経っていないのに100円だったのでうっかり購入。

これ、太宰の有名なトピックを配置再構成してまとめ上げられた太宰治フィクション伝記小説らしい。

津軽の地主階級の名士の家に生まれ、東京帝大へ進むも講義を受ける気力もすっかりなくし、口から出まかせの言い訳と金の無心ばかり。実家との関係も悪くなり、生活費をかせぐ手段もない。どうしようもなさすぎて読んでいてとてもつらくなる。身につまされる。

非合法活動に関わり心中事件を起こし津島家の長兄から勘当されパビナール中毒。そして「晩年」を書く…といった主要なポイントのすべて網羅した伝記にいちおうなっている。それぞれの事件の合間を想像力で埋めて補間。しっかりまとまっていて感心する。

太宰の兄たちや親類、関係を持った女性たちも実名で登場。井伏鱒二も登場。
だがこういうの、太宰の遺族は嫌うんじゃなかったか?
そもそも表紙イラストも写真家・林忠彦(1918-1990)が太宰を撮った有名な1枚が元になってるし。いろいろ大丈夫か?

この本で描かれる太宰こと津島修治は高熱を出すと、恐山のイタコのようになり、隣村での神隠し事件を解決してしまうサイコホラーw 小作農の貧しさとこどもたちの悲しい末路も描く。ま、今の日本の貧しさもたいしてかわらないか。鎌倉での心中事件も勝手に解釈。

東京での生活費に困り探偵小説でも書こうと、太宰を高く評価する親友の檀一雄と一緒にバラバラ殺人事件までも捜査し解決w これがあんまり納得できるミステリーにはなっていない。

そもそもなんで「探偵太宰治」なんて書名にした?余計なミステリー要素を入れた?
これさえなければ、質の高い太宰治の伝記小説になってた。

妻ハツコとのやりとりやふれあいは味わい深いドラマ。このへんはぜひ映像で見てみたい。自分はうっかり面白く読めてしまったことを白状せずにはいられない。
「晩年」「二十世紀旗手」なんかを既に読んで、あらかじめ太宰のことが多少わかった状態いで読むと、きっとさらにこの本が面白い。

2019年1月14日月曜日

太宰治「二十世紀旗手」(昭和12年)

太宰治「二十世紀旗手」(昭和47年版新潮文庫の第45刷)を100円で購入。もう2年半ぐらい前。やっとページをめくる。順番に読んでいく。

「狂言の神」(昭和12年)
東京帝大仏文科の学生だった津島修治こと太宰はカフェ女給と鎌倉で心中事件を起こしたのだが、畏友の絶筆を読み衝撃を受け、またまた彷徨の末に死に場所を探して鎌倉へやってくる。
暗い。とにかく暗くて気が滅入る。深田久弥の家を訪ねて将棋を指してるのが興味深かった。

「虚構の春」(昭和12年)
え?なにこれ?!太宰の元に届いた手紙が右から左へペーストしてあるだけw 仕事の依頼の手紙、作品を褒める手紙、批判する手紙。すべて実在の人物からの実在の手紙?こんなんで原稿料もらえるの?って戸惑いながら読んでいた。太宰がフリースタイルすぎる。

でもやっぱり一部創作なんだろうなと読んでいた。やっぱりそうみたいだ。困惑しかない。イッちゃったファンからの手紙に笑った。

「雌に就いて」「創世記」「喝采」「二十世紀旗手」「HUMAN LOST」というすべて昭和11年から12年に書かれたもの。

すべてひとつずつ感想を書こうと思ったのだが、それは無理だと悟った。
自分、この本を小説だと思って手に取ったのだが、え?!これ、ちょっとイカレた人の雑文メモみたいなもんじゃん!
これは研究者が読めばいい。読んだ瞬間から忘れていく。同じページをなぞって読んでも頭に入らない。何も感想はない。

間違ってもこの本を太宰ファーストチョイスにして友だちに薦めてはいけない。

太宰は芥川賞候補だったと初めて知った。

2018年7月22日日曜日

太宰治「新樹の言葉」

太宰治「新樹の言葉」の新潮文庫版を手に入れたので読んでみる。これは太宰30歳~31歳の甲府時代に書かれたものがメインの短編集か?

ぜんぜん小説のネタがないのでとにかく机に向かってなんとか無理矢理に原稿を埋めていく感じの強い短編だらけ。物書きになってしまった自分への卑下と自虐だらけで痛い。

カルタ形式の「懶惰の歌留多」とか「春の盗賊」とかフリースタイルすぎて全然頭に入ってこないw

あれ?以前に読んだ短編とよく似た、ダブった内容が垣間見える。心中しようとした女性のことを書いてる「秋風記」とか、むかし虐めた女中が出てくる「花燭」とか、乳母の息子との再会を描いた「新樹の言葉」だとか、31歳の太宰には故郷である津軽と、上京後の絶望的に卑屈な自分の生い立ちぐらいしかネタがない…。頭がよいのに金に困った卑屈な人の独り言は読んでいて困惑するw

「葉桜と魔笛」はわりと爽やかで味わい深く好きな短編。

甲府盆地の暑さに参った太宰夫妻が湯村温泉へ行く「美少女」にはちょっと困惑した。
え?混浴?
孫娘連れて病後の療養に来てる老夫婦もそこにいるのだが、10代の美少女のハダカをしっかりガン見観察してる30男太宰!w のちに散髪屋の主人の娘だと知ってニヤニヤしてる太宰が気持ち悪すぎる!w こんなん書いていいの?

故郷津軽の兄弟たちを描いた「愛と美について」「兄たち」も楽しく読めた。体の弱かった三男の兄の恋の相手もやっぱりカフェ女給。今の若者たちはAKBとか乃木坂とか握手アイドルと疑似恋愛できてある意味しあわせ。

「火の鳥」を読んでいてわかりにくさに困惑したので巻末解説を読んでみたら未完の作品だった。
太宰が帝国大学の学生時代に訪れた三島の思い出を語る「老ハイデルベルヒ」も味わい深い。

とにかく異様に読点が多いのが太宰の特徴なのだが、この本は全体的にとくに多く感じた。そのへんの研究書なんかは読んだことがないのだが、これは青森県人ならではの話し言葉のリズムも反映されてるの?

2018年1月28日日曜日

太宰治「きりぎりす」

太宰治「きりぎりす」(新潮文庫)を手に入れた。昭和12年から17年まで、太宰28歳から33歳の短編14編を集めた1冊。100円で購入。

びっくりした。若者代表太宰治のポップな文体。どれも面白い。
日本人に愛されたちょっと困った人太宰。いつもちょい卑屈で理屈っぽい。ひたすら心の声を書き留める日常スケッチ。つっこみどころがたくさん。

燈籠 ちょっと頭の弱い少女目線一人称。「女生徒」っぽいかもしれないけどヒロインは貧しく不幸。好きな人のために万引きをして捕まる鬱系文学。1本目からブルーになる。

姥捨 どうにもならなくなった男女の心中旅行だが、女はどこかネアカ。情景的に暗い気分になるけど、女のせいでどこか救われる。

黄金風景 昔イジメた女中との再会。味わい深い。

畜犬談 まさかの犬大嫌いエッセイw イヌへの悪口。とても面白い。

おしゃれ童子 少年の他人にはわからない衣服へのこだわり

皮膚と心 皮膚病になったかも…という女の不安定な心の独白

 太宰と客人の心の通わないやりとりが面白かったし味わい深い。

善蔵を思う 庭に植えられた薔薇の話から、同県人のつどいてきイベントの話題。こいつも異常に面白い。

きりぎりす 売れ始めた画家の旦那に愛想を尽かした妻の独白。この女がイイ女すぎる。自分はなぜかずっとまさみの声で脳内再生。俺のまさみもこんな女でいてほしい。自分ならヘチマ棚ぐらいすぐ作るぞ。タイミングよく繰り出される「あ~成金スノッブに成り下がった夫が嫌だわ~」ってつっこみにプッと笑ってしまった。一番好きな作品。

佐渡 新潟の高等学校での講演ついでに思いつきで佐渡に渡った太宰。ひたすら「まったく楽しくないわ~」と書き連ねるその偏屈ぶりがひどい。ちょっと笑ってしまった。

千代女 綴り方(作文のことか?)を学校で褒められた女生徒。叔父さんから作家になることを勧められるのだが…。これも太宰によくある若い女性の独白形式。

風の便り ひたすら卑屈な若手作家と、若手を叱咤激励するベテラン作家の文学論往復書簡。これは読んでいて重くてあまり内容が入ってこない。だが、やっぱり太宰はちょっとふざけてしまう。

水仙 付き合いのある家の夫人がなんだか頭おかしい…。これまでとガラッと作風の異なる暗い作品。

日の出前 放蕩息子が家庭を崩壊させる暗い事件。これもシリアス。読んでいて楽しくない。時代の雰囲気が出てる作風か?

2017年10月10日火曜日

太宰治「ダス・ゲマイネ」(昭和10年)

太宰治「走れメロス」の新潮文庫版を手に入れた。100円。

「ダス・ゲマイネ」を初めて読んだ。ざっくり云うと昭和の初めの変わり者学生の話。
恋をしたのだ。そんなことは、全く初めてであった。それより以前には、私の左の横顔だけを見せつけ、私のおとこを売ろうとあせり、相手が一分間でもためらったが最後、たちまち私はきりきり舞いをはじめて、疾風のごとく逃げ失せる。
冒頭部分からいきなり文体がポップw 意味がよく伝わってこないし句読点のリズムが独特すぎる。
なにやら初恋をテーマにした小説のように錯覚するのだが、そう思って手に取ろうとする女子中高生にはやめておけと言いたいw 
自意識過剰男たちの意味不明で勝手な評論主張を聴かされる短編。

高校時代の自分なら、「理解できない自分が悪い」と考えただろうけど、当時の太宰は時代の先端をいく若手作家。いろんなものをこじらせた若者感をパンクな感じで綴る。わからなくてもいい。
国語の授業が正しい日本語を読み書き理解することを目的としているならば、「ダス・ゲマイネ」のような作品はむしろ悪い教材。

主人公は佐野という帝大生なのだが、馬場という変わり者芸大生の口から出まかせに付き合う。
この話は上野公園が舞台の中心。知ってる場所はいきいきとイメージできる。
やがて佐竹という絵を描く学生と、太宰治という新進作家も加わって「海賊」という雑誌をつくろうという話になる。馬場が口先だけの野郎。悪口を言い合う。匿名掲示板の罵りあいみたいw

今の学生はフツーにアイドルやアニメの話をするが、昔の学生はフランスの詩や哲学や「日比谷にシゲティを聴きに行く」というような話をする。スノッブ野郎ばかりw

「大川を超えて幻燈を見に行く」の意味がよく解らなかった。東向島の玉の井のことかな?
昔の学生はアイドル握手会に出かけるかのように、色街の飾り窓で娼婦たちを見に出かけている。
佐野は「当時、私には一日一日が晩年であった。」「幻燈のまちの病気もなおらず、いつ不具者になるかわからぬ状態であったし」とある。こういうの、中学生じゃ意味を理解できない。

「満願」(昭和13年)という作品はわずか3ページだが、最後のシーンがちょっとわかりにくい。
一瞬「?」ってなったけど、自分はもういい大人なので1秒ほど考えて「まぁ、アレのことだろうな」と想った。
調べてみたら多くの人がこの箇所にひっかかってた。自分も中高生のときに読んでたら意味がわからずにずっと悩んでたと思う。

「今が大事」と、肺病の夫にアレを禁じてたのが「お医者さんの奥さんのさしがね」で「おゆるし」が出る。若い奥さんが「白いパラソルをくるくるっと回して」よろこんでる様子を「美しいものを見た」と感じられる太宰。まさかそれをこんなにも肯定的に爽やかに描けるものなのか?!
これ、俺のまさみでそんなの目撃したら地獄…。

「富嶽百景」(昭和14年)中学生ぐらいのとき読んだことあった。「津軽」みたいなテイストの紀行文エッセイ。
ラストシーンで「なんてイジワルなことするんだ!」「サイテー」と憤ったことだけ覚えていたw
甲府から見える富士が「酸漿(ほおずき)に似ていた。」という箇所がよくわからない。

「女生徒」(昭和14年)太宰が15ぐらいの小娘になり切って、とめどなく思いついたことを書き連ねる日記みたいな作品。とにかく句読点が多い。アイドルPVみたい。読んでいて困惑したが、蘭世で脳内再生して最後まで読みきったw

「駆け込み訴え」(昭和15年) 主イエスを裏切るイスカリオテのユダ、一世一代逆ギレ自暴自棄捨て台詞モノローグ。支離滅裂。勢いがすごい。

「走れメロス」(昭和15年)実はちゃんと読むの初めてかもしれない。とくに感想もない。

「東京百景」(昭和16年)は漂流するだらしない男・太宰の自伝。読んでいてつらい。
「帰去来」(昭和18年)読み方がわからない。「東京百景」よりはいくぶんマシな状態での郷里への帰省ばなし。
「故郷」(昭和18年)いよいよ母危篤で故郷へ。太宰の故郷・金木町と実家を見てきた自分は風景がイキイキと思い出される。自分の個人的事情と体験談を書いた3作品。

この1冊の中で「ダス・ゲマイネ」が一番面白い。今まで読んだ太宰のなかで一番面白いw
「満願」も特別な味わい。

2013年11月18日月曜日

太宰治 「正義と微笑」「パンドラの匣」

30代にさしかかった太宰が実在する無名の人物の日記を元に、戦時中に書き下ろし長編として発表した「正義と微笑」、そして若くして結核でなくなった無名の人物からの手紙を元に、終戦直後の10月から「河北新報」に連載した「パンドラの匣」の2作収録の新潮文庫版を読んだ。それぞれ16歳と20歳の若者が主人公。

「正義と微笑」は戦時中の16歳の中学生が主人公だが、まったく戦時下とは感じられない希望に満ちた楽しい作品。
教師批判やら先輩とのやりとり、受験勉強、俳優を目指すようになる主人公の学校や家庭での出来事がいきいきと描かれている。

中学生といっても17歳で一高を受験するようなエリートで秀才なので、今日の高校生が読んでもそのまま理解はできないかもしれない。
日記として語られる心理や思想は太宰の中学時代そのものなんだろう。だが、それでも高校生や若者にオススメできる作品だ。

R大学へ通うようになるのだが、これは立教大のことだろう。太宰がこの時期に熟読していた聖書からの引用が多い。
太宰の作品の中でも明るくてポップで面白いといっていい。太宰の小説には印象的な一文があるのだが、主人公のよき理解者の小説家を目指す兄と「何が一番美味しいか」についての議論が自分には強く印象に残った。
今夜は、兄さんと、とてもつまらぬ議論をした。たべものの中で、何が一番おいしいか、という議論である。いろいろ互いに食通振りを披瀝したが、結局、パイナップルの缶詰の汁にまさるものはないという事になった。桃の缶詰の汁もおいしいけど、やはり、パイナップルの汁のような爽快さが無い。パイナップルの缶詰は、あれは、実をたべるものでなくて、汁だけを吸うものだ、という事になって、「パイナップルの汁なら、どんぶりに一ぱいでも楽に飲めるね。」と僕が言ったら、「うん、」と兄さんもうなずいて、「それに氷のぶっかきをいれて飲むと、さらにおいしいだろうね。」と言った。兄さんも、ばかな事を考えている。
おそらく、ここを読むと、太宰もパイナップル缶の汁が大好きだったんだろうと思った(笑)。「正義と微笑」にはこんなくだらないことが書き連ねてある。

そして、「パンドラの匣」は終戦直後の結核療養所に入所している主人公とその他の面々を、親友に当てた手紙という形式で描いた青春小説。

これからの新生日本への太宰の心境が語られる。20歳の主人公と二人の若い女性助手とのラブコメっぽいのだが、こっちは読んでいて時代を感じる。

太宰らしい自意識過剰青年。若い女性の目を気にしすぎ。人によっては「コクリコ坂」の若者気風程度の差しか感じないかもしれないが、自分にはよくわからなかった部分も多い。

太宰はこの小説に途中でむなしさを感じるようになり早めに連載を終えてしまう。以後、太宰は絶望的な暗い作品しか書かなくなってしまった……。

2013年7月10日水曜日

太宰治 「晩年」

なんの予備知識もなくこの本を手に取った。「晩年」というタイトルながらこれが昭和11年に刊行された太宰の第1作の短編集。

20代なかごろに書かれたもの。太宰は21歳のとき非合法運動に関わりその後に脱落。疲労しきって心中事件を起こして相手女性のみ死なせている。そんなこんなでこの作品集が「晩年」。最初で最後のつもりだったのかもしれない。

「道化の華」という作品が一番重要だと感じた。自身の心中事件を、入院中の大庭葉蔵という人物を主人公に実験的前衛的な方法で語らせている。書いている自分が自分に突っ込み、小説としてのプランを実況しダメ出し。読んでいて戸惑う。

「思い出」は太宰版の「中学生円山」といった感じ。たいていの中学生男子はヘンタイといってさしつかえないが、太宰も完全にヘンタイ。ただ、この人は津軽金木村の名士の六男として生まれた郷里の期待の秀才。いつも女子の視線を気にしている。
自分は金木町の太宰の生家を訪れて太宰のことはわりと知っていると思っていたが、この作品はさらに津軽での太宰のことを知るために重要。「猿面冠者」も小説家となる少年太宰を知る上で重要。

「彼は昔の彼ならず」はまるで落語だ。絶対に家賃を払わない店子と太宰がモデルっぽい大家の話。お金がないのに絶対に働こうとしない男と、まあ働く必要がないけど小遣いが減って困るだけの大家の交流。読んでいてどうしようもない感覚になる。

心中事件とパビナール中毒、「老人ではなかった。二十五歳を越しただけであった。けれどもやはり老人であった。」(逆行)というようないたたまれなさ。ほとんどの作品がよくわからない。天才の作品なら仕方がない。凡人には理解が及ばない。まあ友達にはなれない。

「陰火」を読んでも、この人は幸せな結婚ができなかったと思い知る。

その他の作品は読んでいて苦痛。「地球図」「猿ヶ島」以外は読み飛ばしてかまわないとも思った。

2013年6月19日水曜日

太宰治 「右大臣実朝」「惜別」

今年は太宰をちょっとは読もうと思っていてこれに出会った。太平洋戦争末期に書かれた、鎌倉幕府3代将軍源実朝を描いた時代小説「右大臣実朝」、仙台留学時代の中国の文豪魯迅と学生の交流を描いた「惜別」の2編が収録された新潮文庫版。この2作は太宰中期の傑作という扱いらしい。

自分はハイキングに鎌倉や埼玉の比企郡へ行ったり、鎌倉街道を歩いたり、畠山重忠居館跡を見たりして鎌倉武士ゆかりの土地に触れていたのだが、鎌倉時代の歴史をまったく知らないまま過ごしていた。これは自分に何かを与えてくれそうな本だ。まず「右大臣実朝」

読み始めると、どうやら実朝公に幼い時から仕えた臣下のものが20数年前を回想する形式になっている。吾妻鏡からの引用部分が「古文」でとても読みにくいし頭に入ってこない。
高校時代の古文は自分にとってなんら掴みとることができなかった苦手科目。難儀した。この箇所は読まなくてもいいのかなと思ったのだが、やはり読んだほうがよさそうだ。

役職名で呼び合うので、誰が誰だかわからない。パソコンで鎌倉幕府3代の関係と事件について基礎知識を得てから読んだほうがよさそうだ。大江広元、和田義盛、北条義時、鴨長明といった人物の性格も細かく描いている。太宰が自由にイメージを膨らませて書いているようだ。

この臣下の者が実朝はこんな人だったとエピソードを語っている。この人はよほど実朝ファンだったんだとわかる。この人はそのまま太宰本人だ。
「金塊和歌集」で知られる歌人で芸術家の実朝を太宰は以前から小説にしようと調べていた。世俗を超越した存在のようだ。この人の発言は常にカタカナで書かれている。書かれた時代のためかどこか昭和天皇をイメージする。

平家琵琶を聴いている実朝に、「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」という言葉を太宰は言わせている。戦争末期の日本の姿か。およそ武家の統領らしくない人物だ。御家人たちの争いを裁くことだけが重要な仕事だった。あとは歌をつくって祝宴。

渡宋船が打ち捨てられた浜で公暁と「蟹、食べいこう~」のシーンだけ何故かすごく読みやすい。このシーンだけ他と違う雰囲気。公暁から「京都人は軽薄で口が悪い」だの、実朝の悪口だの聞かされる。このシーンも完全な太宰の創作だろうけど印象深い。

実朝暗殺の箇所は増鏡から引用だけで突然終了。あの鶴岡八幡の石段だ。実朝享年27歳、人生ははかない。

次に「惜別」。こちらはずいぶんと読みやすい。明治日本、ただひとり仙台で医学を学んでいた留学生周樹人。その同級生が40年前の思い出を回想するスタイル。周樹人とは若き日の魯迅だ。文豪魯迅は名前しか知らない。

田舎から仙台へ出た主人公の青年が訛りにコンプレックスを持ち、東京人を避けて孤独でいる姿は、津軽から東京へ出た太宰そのものなんだろう。支那から国費の留学生と言葉を気にすることなく何でも話ができた……という設定。

エリート明治学生気質を知る作品。日露戦争当時の日支関係を知る。魯迅が語る少年時代の祖国の悲惨さが強い印象に残る。だが、この作品は巻末の奥野健男の解説によれば戦時下の当局からの依頼で書かれた「国策小説」らしい。
こんなふうに日本と支那はお互い尊敬しあって分かり合えるんだよと。日露戦争に勝った日本を魯迅青年は褒めちぎる。この箇所は読んでるときから気になっていた。そんなこと魯迅の口から言わせていいのか?

祖国のために何を学ぶべきか悩んでいた魯迅は医学から文学へ転向。これぐらいの気概がなくちゃ学問なんて何にもならないなって思う。

そして今日は桜桃忌だ。

2013年1月31日木曜日

三鷹といえば太宰治

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東京の西の郊外、武蔵野の自然が残る場所に太宰治は住んでいた。先々週、とある冬の寒い朝、天気がいいので三鷹まで電車で出かけた。いつか行こうと思っていた場所へ。

三鷹駅の南口を出て左側へ進むと玉川上水が流れている。普段、中央線に乗っていても気がつかない。
昭和23年、ここで太宰治(本名:津島修治)は山崎富栄と入水自殺した。享年38才。山崎は28才だった。大正8年生まれだから、森光子のひとつ年上。
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玉川上水に沿って歩いていくと太宰が玉川上水の様子を記した「乞食学生」という作品からの引用を示す碑がある。

そしてもう少し行くと太宰の故郷・津軽金木町から運ばれた「玉鹿石」がひっそりと置かれた場所がある。何も書き記されていないが、ここが太宰が入水した場所らしい。グーグルストリートビューで確認しようとすると、うっかり通り過ぎてしまう。その「玉鹿石」自体の写真を撮るのを忘れた。

今では小川に過ぎず、とても入水できそうな場所ではないが、当時はもっと水量があったらしい。両側はビルやマンションが立ち並び、とてもここで命を絶とうとは思えない。さらに先の橋から下を覗き込むとカモが泳いでいた。のどかな冬の日。
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玉川上水から歩いて20分ほどのところに禅林寺がある。門前は全て駐車場になっていてなんら風情のない寺だ。本堂すらよくわからない。
正面の左手から墓地へ回る。周囲は交通量の多い道路が走っているが、ここはひっそりとしている場所だ。
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太宰治の墓へ初めて来た。

太宰治の墓には供えられたばかりと思われる生花と火のついた線香があった。ついさきほど、中年外国人4,5人の男女のグループとすれ違った。どうやら太宰を愛好するグループだったようだ。ひょっとしたらフランス人だったかもしれない。

ちなみに、太宰の墓の斜め向かいは森鴎外の墓だ。こちらは生花もなくひっそりしていた。

今まで何回か深大寺へ向かう際に、この寺の近くを通りかかったことがあったのだが、今回やっとここを訪れることができた。自分は2008年に津軽の金木町の太宰の生家を訪れた。そして今回、太宰終焉の地も訪れた。

太宰の作品は現在でも人気だ。今でも墓前に花を手向ける人が絶えない。まだ読んでない作品がたくさんあるので今年はなんとか1冊でも多く読んでみたい。

2008年6月17日火曜日

青森旅行記2 津軽

P1030821jpg 2日目 ホテルを出る。 さわやかな朝。

日曜の夜は閑散としていた青森市街だったが 平日の朝 活気が戻る。

青森といえば 太宰治でしょ ということで ふるさとの金木町を目指す。

P1030822jpg 岩木山の 美しい山容。 

P1030827jpg 津軽鉄道と岩木山

P1030828jpg 津軽鉄道 金木駅 

おおきな駅舎

2階がラーメン屋だったので 食事に

P1030834jpg さらにファインビュー

P1030835jpg 十三湖産のしじみラーメン 

P1030836jpg じぶんにとって 青森で一番有名なランドマークはこれ 斜陽館です。

まさか これを実際に見れる日が来るとは思ってもいなかったので ちょっと感動

津軽の大地主で貴族院議員 津島家のお屋敷

ここの四男として太宰治こと津島修治はこの家で生まれました。

P1030837jpg 広いよねえ。

P1030839jpg このふすまには斜陽という文字があります。 太宰は子供の頃からこのふすまを見ていたんですね。

P1030840jpg こんな大きな家 子供には楽しいだろうなあ。

P1030842jpg お金持ち 

ここを見てから太宰を読むと より理解が深まる と思う。

自分は中学生のときと 4,5年前の2回「津軽」を読みました。 太宰は「人間失格」と「津軽」しか読んだことないけど。

P1030847jpg ついでに金木のとなりの駅も見に行きます。

P1030848jpg 途中 ジェット機の置いてある公園

P1030850jpg 芦野公園駅です。 無人駅です。

太宰治「津軽」には 金木の町長が東京上野でこの駅行きの切符を30分調べさせて強引に用意させたエピソードが出てきます。

P1030851jpg 隣が昔の駅舎です。 現在は喫茶店です。

P1030854jpg 昭和コーヒー 1杯 500円 

うーん おいしかった。

途中 近所のおばちゃんがやってきて世間話 津軽の人はみんな強烈に訛っている。

旅情を感じることができた。