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2026年1月15日木曜日

A.C.クラーク&S.バクスター「過ぎ去りし日々の光」(2000)

アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター「過ぎ去りし日々の光」(2000)の冬川亘訳2000年ハヤカワ文庫上下巻を読む。表紙イラストは浅田隆。各巻を108円で購入。8年積読本。
THE LIGHT OF OTHER DAYS by Arthur C. Clarke & Stephen Baxter  2000
ハイテク企業アワワールド社は量子の泡に出現するワームホールを拡大し安定的に存続させ制御する技術を発明し、やがて量産化し機械を販売。

それによって起る社会の混乱とカオス。歴史学者や科学者は地球と人類の歴史をさかのぼってワームホールによってのぞき見観察。地球と人類史の謎はすべて解明。

そしてすべての人のプライバシーが無くなる。生成AIの登場がエロ目的で発達したように、人々は他人のセッ〇スをのぞき見。なんだこの展開。

上巻裏に書かれてるあらすじ書きがほぼでたらめ。下巻はキリスト教史、人類誕生史、地球環境の進化などの講釈。どんどん内容が散漫化。
そして、冤罪事件の掘り起こし。犯罪被害者遺族がテロリスト化。
うすうす予想はしてたけど、やっぱりそんなに面白いものでもない。

ハードSFだと聞いていたのだが、ほぼドラえもんの秘密道具が実現したら?という長い話。
ドラえもんの秘密道具もそれぞれすべて、発明、悪用、社会の混乱、法整備、抜け穴の発見、防御法の確立という流れを歩んだに違いない。
「トリガー」もそんな感じの未来予想SFだった。クラーク先生の予想通りには未来は進んでいない。

これでまだ読んでいないA.C.クラークは長編も残りわずか。あとは短篇集で未読のものが何冊か残ってる。

2025年11月20日木曜日

アーサー・C・クラーク&マイケル・キュービー=マクダウエル「トリガー」(1999)

アーサー・C・クラーク&マイケル・P・キュービー=マクダウエル「トリガー」(1999)冬川亘訳2001年ハヤカワ文庫上下巻で読む。
BOで各108円で購入したやつ。なんと10年積読本w 
THE TRIGGER by Arthur C. Clarke & Michael Kube=McDowell 1999
研究施設でたまたま発見された夢の新技術。銃火器の火薬を遠隔で自然発火させ無力化する「トリガー」。研究者から所長、スポンサー、そして上院議員をへて大統領へ。即国家機密。
しかし、瞬く間に全米各地にトリガーが設置。合衆国憲法にある銃を所持する権利をめぐって反発と混乱。

まるでドラえもんの「こんなこといいなできたらいいな」が科学技術によって実現されたら世界はどうなるか?という思考社会実験。

正直、今まで読んできたACクラークのような哲学的な深みのようなものは感じず、ひたすらこうなってああなってという、ちょっと大人が読むにはどうなのという感じ。ずっと政治劇。あまり爽快感もない。クラークらしくない。

もともと銃による凶悪事件が多かったアメリカ。そしてユナボマー・カジンスキーが逮捕されたのが1996年。オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件が1995年。ケニアとタンザニアにおけるアメリカ大使館爆破事件が1998年。コロンバイン高校銃乱射事件が1999年。アメリカの惨状にクラークさんも心を痛めていたに違いない。そんな技術があればなという空想。

いや、長い。読んでも読んでもそれほど面白くもない。(たまに面白いとこもあるけど)
最後の方で主人公のドクター・ホートンが狂った陰謀論者テロ組織に誘拐されるなど起こるけど、それまでがひたすら長い。

ラストでホートンが発見するさらなる夢の技術が恐ろしい。新たな科学技術は隠ぺいしたところでいずれは誰か他の者が発見するか、漏れ出てあっというまに世界に広まる。そんな恐怖。

2024年12月17日火曜日

A.C.クラーク & G.リー「宇宙のランデヴー 4」(1993)

アーサー・C・クラーク & ジェントリー・リー「宇宙のランデヴー 4 RAMA REVEALED」(1993)を冬川亘訳(早川書房 海外SFノベルズ 1995)上下巻で読む。
3巻が長大でヘトヘトになりながら最終巻に到達。

独裁で暮らしにくいニューエデンを脱出したリチャードの手引きで、ニコルも死刑執行日に脱出。そしてウェイクフィールド一族の多くも合流。この巻の前半は「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」のようだった。

そして色彩の変化を言語とするクモダコ異星人とのコンタクト。この異星人グループが進んだ医学を持っている。
やがて人間たちはクモダコと共存していくのだが、やがてクモダコ世界の嫌な面も見えてきて…。やっぱりニューエデンに戻ろうか。

もう上巻だけでかなり長く感じる。クモダコの実態と理解をめぐって人間たちの議論が多い。

そしてクモダコと人間の異種間戦争。これは人間側が狂ったリーダーに扇動されてのこと。
やっとラーマ人が介入。ニコルたちは異種たちと暮らす。あとはひたすら科学的知見。やたらと長い。これぐらい描写が事細かくないと、異星人の人間とは異なる生物生態と社会を読者に納得させられないのかもしれない。

そして老いたニコルの最期。
ラーマで生きのびたウェイクフィールド家の銀河の果てへの壮大なスペースオデッセイ物語として、それはそれで読んでる最中は没入し現実社会から一時的に退避することはできた。

しかし、このラーマ三部作を「宇宙のランデヴー」の蛇足説明だと感じてる人も少なくない。自分も読もうと決意して毎日これを読んでいたのだが疲れ果てた。

2024年12月16日月曜日

A.C.クラーク & G.リー「宇宙のランデヴー 3」(1991)

ひきつづきアーサー・C・クラーク & ジェントリー・リー「宇宙のランデヴー3 THE GARDEN OF RAMA」(1991)を山高昭訳(1993年早川書房)で読む。

RAMAⅡと一緒に宇宙の果てまで旅するハメになったニコル、リチャード、マイケルの宇宙飛行士3人。
地球外宇宙船の中で子ども出産してしまったニコル。どうすんのこれ。幸いに命をつなぐのに必要な物資はラーマが与えてくれる。

ニコルはラーマでふたりの男性と5人の子を産み育てる。そして13年後、どこかの中核拠点へと家族はたどり着く…というニコル主観の日記。
そして意思を持つ知性集団からの監視と観察。いままでずっと意図不明だった観察者とワシ人間インターフェースを通して会話で意思疎通ができるようになった。

だが、家族は分断され一方はここに残り、ニコルとリチャードと娘と息子は火星軌道へ。
真ん中あたりで日本人ワタナベ長官をリーダーとする火星植民地移住の話になる。
大航海と植民。そしてコロニー「ニューエデン」の建国。日本人ヤクザ権力者、ウィルスによる奇病、治安崩壊、銃乱射事件、リチャードと異星人の接触、裁判…。
ほぼアメリカ建国初期の田舎町を思わせる風景。
ニコルとリチャードと子どもたちウェイクフィールド一家の壮大な大河ドラマ。

読んでも読んでも終わらない悠久の長大さ。人間の野蛮なドラマ。何を読まされているんだ?という奇書だったかもしれない。
1と2とまるで雰囲気が違う。自分の想像力を超えてしまって戸惑いを感じつつある。

2024年12月15日日曜日

A.C.クラーク & G.リー「宇宙のランデヴー 2」(1989)

アーサー・C・クラークの「宇宙のランデヴー」全4巻を令和の今になってやっと読む気になった。
ちなみに第1作「宇宙のランデヴー」をハヤカワSF文庫新装版で読んでからすでに7年経っている。
もう忘れていることも多いので、今回はまず第1巻にあたる「宇宙のランデヴー RENDEZVOUS WITH RAMA 1973」を南山宏訳の1979年海外SFノヴェルズ判で読む。(文庫がどこかに埋もれてしまってる)

ラーマ内部探検の様子は覚えていたのだが、水星人がやらかす終盤は忘れていた。いろんな出来事の後、ラーマは何事もなかったかのように太陽系外へと旅立って行った。

スケールが壮大で自分の想像を超える。なので一部よくイメージできていない。
YOUTUBEに世界の愛読者がイメージ映像を作ってUPしてくれていたりする。自分のイメージしていたものとそれほど大差なかった。読書する上で、イメージを想像するのに多少は助けになった。

そして、アーサー・C・クラーク & ジェントリー・リー共作の「宇宙のランデヴー 2 RAMAⅡ」(1989)を山高昭訳1991年早川書房(初版)で読む。

クラーク氏がどうしてリー氏と共作するに至ったのかは巻末の著者あとがきで述べられている。そこはここでは触れない。
ちなみに自分はクラーク&リー共作第1作「星々の揺籃」も読んでいるのだが、クラークのそれ以前の作風文体と異なっていて戸惑った覚えがある。なのでこのシリーズ続編を手に取るのに気が乗らなかった。

この続編もやはり「星々の揺籃」みたいだった。表紙イラストがちょっとダサい。
70年の後、ラーマ2が太陽系にやってくる。それまでに地球であったできごとがとても細かい。22世紀になっても人類には雇用や経済不況の問題があるのかよ。ラーマへ宇宙船を派遣して内部を調査するのに費用と効果と納税者のことを気にするのかよ。そこはリアルかもしれない。

前半がずっと宇宙飛行士たちの細かい人格と設定。いや細かすぎるし長すぎる。もしかしてラーマは二の次でこの人々の群像劇なんじゃないかと疑ってしまった。

メンバー選定の段階で人間関係がギスギス?!宇宙飛行士の選考って、あらゆることが考慮されるのでは?勝手なことをやる性格の人ははじかれるのでは?
この本では日本人が登場する。80年代末の英米では日本の存在感が大きかったためもあるんだろうと感じた。
タカギシやヤマナカといった名前は違和感ないのだが、「ハカマツ」とは?
それに、「禅」要素とかあって、ああ、やっぱり西洋人のイメージする日本人なんだなと。

だが、半分以後は面白くなってくれた。第1作で巨大円筒ラーマは未知すぎて謎過ぎて、調査する側にとっては海と都市と蟹でしかない、無害な雄大な自然のようなものだった。
だが、ラーマ第2弾にはラーマの驚異と恐怖もある。なにせ調査隊から死者も出している。なんだかエイリアンみたいな展開か?!と身構えた。

女医がラーマに取り残され決死のサバイバル。後にリチャードが合流。そこにはなんと巨大な翼竜。メロンのような食料で食いつなぐ。それより、なんで救出隊がやってこないんだ?

救助隊が来た!と思ったら、過去のラーマ探検隊の亡霊のような映像。ラーマ2はラーマ1が経験観測したデータをラーマ2に伝達送信していたのか?

地球へと軌道を変えたラーマを脅威とみなして核ミサイルを撃ち込んできた。ラーマ内部に残された3人の運命やいかに?!(軍隊だからといってやってることが非情だろ)

とにかく長い長い第2巻だった。未知すぎて恐ろしくもあり、自分の想像力も超えたのだが、読んでいてそれなりに面白かったと感じた。次作へのふくみを持たせて終わる。なので第3巻も読まないといけない。

2024年6月25日火曜日

アーサー・C・クラーク「3001年終局への旅」(1997)

アーサー・C・クラーク「3001年終局への旅」(1997)を伊藤典夫訳ハヤカワSF文庫(2001)版で読む。
3001:THE FINAL ODYSSEY by Arthur C. Clarke 1997
子どものころに初めて「2001年宇宙の旅」を見て以来、長い年月を経てついにシリーズ完結編を読んだ。それ自体が宇宙の旅。

「2001年」でコンピューターHALの叛乱により、哀れ宇宙の果てまで漂う遺体となってしまったフランク・プール。まさか遺体が回収され、蘇生復活させられるとは。だが、2001年に死亡したはずの人間が、目覚めたら3001年とか、一体どうすれば?

なんか、ノリが「地球帝国」に似ている。あれは植民星で数世代経て地球に里帰りして、目にするものすべてに驚くという展開だった。今度は一気に未来へ跳ばされるという悲喜劇。
宇宙エレベーターはまだまだ素材の分野で実現が難しい。

ACクラーク氏の未来予測は当たっていたものもあり、そうでもなかったものもあり。
てか、木星があんなことになってしまってる時点で、もう人類はどうなるのか予測つかない。
フランクは、人類が決して着陸してはいけないとされていたエウロパに、デイブ・ボーマンの意思に導かれるように着陸を強行。

なんか、「2061年」からそうだったように、この「3001年」も、「2001年」の続編ではなく、「同じ主題による変奏曲」だという。60年代に書き始めたころと比べて、宇宙への知識がどんどん更新されていってるので、細部でつじつまが合うわけでもない。そのへんは自由。

あとがきを読んで、「HAL」とはIBMを1文字づつ前へずらしたものと噂されたことに、ACクラーク氏は悩まされていた…ということを知った。

あと、ミスター都市伝説関の言うように、人類はいつの日かトランスヒューマノイドを経て、機械になり、やがて宇宙を自由に飛び交う意識のような存在になるんだろうか。

ACクラークの著作は読んでないものがまだまだある。すでに手に入れて積読してるものもある。あと、「宇宙のランデブー」シリーズもある。まだまだ今後ゆっくり読んでいこうと思う。

2024年6月11日火曜日

アーサー・C・クラーク「2061年宇宙の旅」(1987)

アーサー・C・クラーク「2061年宇宙の旅」(1987)山高昭訳1995年ハヤカワSF文庫で読む。
2061:ODYSSEY THREE by Arthur C. Clarke 1987
序文で作者が2010年も2061年も、「2001年」の続編のように思われるかもしれないが、同じ主題を元にする変奏曲とみなすべき…と前置きしてる。

「2010年」でディスカバリー号が最後に発した送信で「エウロパに着陸してはならない」という戒めは一体…という疑問を持ちながらページをめくっていくのだがヘイウッド・フロイド博士はハレー彗星に着陸(?!)。そして探検?ハレー彗星ってそんなにデカかったのか。

エウロパの海にハイジャックテロにより着水してしまった宇宙船の救助に向かう間、ヘイウッド老人(クラーク氏)による未来人のしてそうな会話の予測。本筋とあまり関係のない話が断章のように続く。
小説読んでたつもりだったのだが、終盤はほぼ自由な原稿を読まされれてる感じ。

木星と衛星エウロパに関して、そこまで素朴な空想イメージが広げられることは、それはそれで偉大かもしれない。エウロパの氷の下の海に鮫のような生物はいるんだろうか?
そして、ミューオン駆動宇宙船はいつできる?

2024年6月10日月曜日

アーサー・C・クラーク「2010年宇宙の旅」(1982)

アーサー・C・クラーク「2010年宇宙の旅」(1982)伊藤典夫訳ハヤカワSF文庫「新版」2009を読む。「2001年宇宙の旅」を読んだことでようやく次に進める。
2010:ODYSSEY TWO by Arthur C. Clarke 1982
なおこの本はソ連の宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフ将軍とノーベル賞物理学者アンドレイ・サハロフ博士のふたりに献呈されている。

「2001年」でハルの叛乱によって遭難したディスカバリー号。何があったのか?地球側はだいたいのことを掴んではいたのだが、デイブ・ボーマンは一体どこに行ったのか?ハル9000に何が起こったのかはわからない。

で、アメリカが協力を要請するのがソビエトの宇宙船レオーノフ。やっぱり有人木星探査。
クラーク先生もまさかソ連が崩壊するという予測はまったくできていなかった。
米ソも有人で宇宙船を木星に送る技術が2010年になっても全然実現できそうにないことも予測できていなかった。てか、ロシア人が信用できるパートナーと考えている時点で甘かったw

あと、まさかの中国。いずれ宇宙産業が発達するだろうとは予想してたのかもしれないが、まだ文革やってんのかよ。高すぎるプライドと秘密主義で勝手に自滅する事故とか、ある意味予想通りなのかもしれない。

で、あのディスカバリー号にコンタクト。内部で食材が腐ってて異臭がするとあるけど、宇宙空間ではすべて凍り付いてないのか?居住スペースの室温はオートで保たれるのか。

あと、ハルによって宇宙を漂うようになってしまったフランク・プールは船内にいないことはわかっていたけど、生命維持装置を止められ死亡した宇宙飛行士3人の遺体をボーマンは宇宙空間に投棄してたのか。

木星の衛星にはどんな秘密があるんだ?とにかく木星がでかすぎる。
木星に落下する前にディスカバリー号を地球へ戻す算段がついたのだが、まさか木星に異変が!?
そんなことになったら、レオーノフ号の乗組員は無事なはずないだろう。
そもそも、地球は温暖化や気候変動どころの騒ぎじゃない。地上の風はどうなる?海洋だってどうなるかわからない。食料生産がプラスになるはずがない。

面白かったか?うーん、それほどページをめくる推進力はなかった。ボーマンはもはや人間ですらなかった。地球人とのコンタクトはインターステラーという映画を想い出した。

2024年5月26日日曜日

アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」決定版(1968/1990)

アーサー・C・クラーク「2001年宇宙の旅」決定版(1968/1990)伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫(1993)の2020年25刷を読む。
2001:A SPACE ODYSSEY by Arthur C. Clarke 1968/1990
この本は長らく読もうか迷っていた。あのよくわからない映画の原作だし。しかし、これを読まないと「宇宙の旅」シリーズを読み進められない。やっと重い腰を上げる。

300万年前の地球に出現した謎の石板はヒトザルに何をしたのか?
月面で発見された石板は人類にとって何か?
宇宙船ディスカバリー号のコンピュータ「ハル9000」はなぜ人間たちに反乱を起こしたのか?
そして唯一の生存者ボーマンはどこへ行き、何と出会い、どう変貌していったのか?
というあらすじが裏面に書かれているのだが、その疑問のどれにも答えがないw

スタンリー・キューブリックとどのように映画を作っていったのか?そこは作者による序文で触れられている。
このSF小説はほぼ映画と同じ。だが、活字で読むと映画の内容がよりわかる。
冒頭の類人猿たちの歩み出した歴史的な一歩と勇気。

ディスカバリー号のコンピュータ・ハルが間違った故障予告を出してからの、乗組員による疑惑とやりとりが緊迫してる。ハルが躊躇なくテンポよく乗組員たちを殺しにかかってきて怖い。

ボーマンがハルの中枢ユニットを取り外した後、映画版は急に意味がわからなくなっていくのだが、小説版はその後も土星観測ミッションと衛星への着陸ミッションを継続してる。

それを継続して生存者が帰還できる余裕があるのか?と思っていたら、とんでもないフェーズへ移行。映画だとスターゲート以後はトランス状態にさせられるのだが、活字でもずんずん未知の領域へ。
映画を見て意味が解らず小説を読んでみたという人も、意味が解らないと思う。

2023年5月25日木曜日

アーサー・C・クラーク「地球帝国」(1975)

アーサー・C・クラーク「地球帝国」(1975)を読む。山高昭訳の1978年早川書房海外SFのヴェルズ版で読む。
今回自分が入手したものはさすがに45年経ってるだけあって、ページにところどころシミがあって古さを感じるものだった。
IMPERIAL EARTH by Arthur C. Clarke 1975
土星の衛星タイタンへ人類が植民し数世代。有力者マッケンジー一族のダンカンは30歳にして初めて地球へと帰還する。合衆国500年祭に参加するために。

タイタンのメタンとアンモニアが巻き起こす気象環境や、地球へと向かう宇宙船の技術的な説明は詳しく書かれているのだが、なにせ45年前の知識。それが今も正しいのかは自分にはわからない。

タイタン人はすでに子どもができない場合はクローンを作り出す技術を持っている。だがやっぱりクラーク先生であっても、数十年後にはスマホのような端末を全員が持ってる未来は想像できてなかった。(電卓、辞書、カレンダー、情報を送受信するカメラ端末は存在する)
宇宙船に図書館があったり、民主的投票で上映映画が決まったり。このへんは今現在の少年たちが読んだら「?!」ってなる可能性がある。

宇宙で数世代を過ごした人類が地球に帰還することで起こる最大の試練が重力であることは想像がつく。それは解決が難しい問題だ。トレーニングを積むだけでなんとかなるだろうか?
文明世界を数世紀、何十世代と蓄積した地球人に対するタイタン人の眼差しは、田舎から都会を見るようなもの?!

地球の日差しの強さに驚き、動植物に感動。ヒラヒラ舞う蝶に感動。初めて口にする蜂蜜の味に感動。大きな馬に感動。そういうの、タイタンでは映像作品とかで見てなかったの?
蜂蜜の味にノスタルジーのようなものを感じた。なぜ?
以前地球からやってきてダンカンとカールの兄弟と三角関係になったキャリンディーのカラダの味?そこはエロス。

人類がタイタンと往復できるようになる遠い未来、2276年になってもウォーターゲートビルがあるし、ワシントンナショナルギャラリーに「ジネーヴラデベンチの肖像」がある。「タイタンに戻ったら友人たちに俺は本物のダヴィンチを見たと自慢できる!」
けど、水運が廃れているというのは理解できない。21世紀になっても水運は資材運搬の主力。

「地球帝国」というタイトルからまるで想像できない内容だった。タイタン石と何か法律違反?サイクロプス計画、カールの目的、アーガス計画?
表紙に描かれた土星とウニのようなもの。こいつは何だ?やっぱりウニなのか。

この本を読んだことでしばらくアーサー・C・クラークから離れていいと思った。面白いというより、昔の人が考えた未来がぜんぜん遠いなと感じることが多い。

2023年5月7日日曜日

アーサー・C・クラーク「楽園の泉」(1979)

アーサー・C・クラーク「楽園の泉」(1979)を1987年の山高昭訳ハヤカワSF文庫版で読む。表紙にヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞!の文字が書かれてる。
THE FOUNTAINS OF PARADISE by Arthur C. Clarke 1979
この本、ずっと読もうと思ってた。なかなか実物を見つけられなかった。実は以前この本を持っていたのに一度も読まずに処分してしまっていた。やっと読む。

この小説は「宇宙エレベーター」を扱った小説。静止衛星から地上へケーブルワイヤをたらせば、ロケットを使わなくとも宇宙へ行ける。位置エネルギーを蓄えることで上昇にかかるエネルギーに使えるという効率的な「宇宙エレベーター」を扱った小説は1979年ごろいくつか書かれて、今現在の日本SFにも影響を与えてるらしいのだが、自分は一度も見たことがないし、小説でも他に見かけたこともない。

タプロバニーのカーリダーサ王は父王を殺して王位についた。ヤッカガラの巨大な岩山の上の要塞のような宮廷、人口湖、灌漑用水、王国の富をそそいだ噴水、庭園、天井壁画、ライオンの爪。そして円錐形の霊山スリカンダがそこにある。調和のとれた世界。
だが、弟のマルガーラが外国勢力と結託して王位の機をうかがっている…。

2年ぐらい前にTBSの世界遺産番組で、スリランカのシーギリヤを放送してたのを見たことを思い出した。あそこは行ってみたい。このSF小説を「宇宙エレベーター」小説だと思って読み始めて、「あれだ!」と気づいた。

庭園の屋敷にいるラジャシンハ大使を地球建設公社技術部長ヴァニーヴァー・モーガンが訪問。古代から現代(未来だが)に舞台が飛んだ。
この人が宇宙エレベーター建設に関する技術的問題と用地取得(寺院との話し合い)などすべて担当?
正直、自分のイメージできる限度を超えたw スターホルム人?アルファ・ケンタウリの彼方から観測船のようなものが太陽系に飛んでくる箇所は、「宇宙のランデブー」を連想。

そして予期せぬ事故。どうにか救援しないといけない!という状況は「渇きの海」や「アポロ13」を連想。
想像しうるありとあらゆる事故に備えて、あらゆる設備や備品を用意しないといけない。惜しんではいけないと思った。

自分の想像力ではそれほどの高度がイメージできなかった。スパイダーがどんな形状をしてるのかもイメージできなかった。

高校時代から気になっていた本をようやく読み通すことができたという満足感。

2020年5月27日水曜日

アーサー・C・クラーク「太陽からの風」(1972)

ハヤカワSF文庫から出ているアーサー・C・クラークの短編集「太陽からの風」を読む。
1978年文庫化の2006年新装版で読む。
THE WIND FROM THE SUN by Arthur C. Clarke 1972
クラークの60年代短編の18本を集めたもの。では順に読んでいく。

  • 神々の糧 人類が動物の肉を食べなくなって2000年後の世界で。
  • 大渦巻Ⅱ 事故で宇宙空間に放り出された男。
  • 輝くもの 海底発電所の事故と巨大イカw
  • 太陽からの風 太陽光を帆に受けて宇宙ヨットレース。だが、太陽フレアでレース中止。
  • 秘密 ひょっとして寿命を延ばす秘密を得た?!
  • 最後の命令 米ソ核戦争の危機下でのブラックショートショート。
  • Fはフランケンシュタインの番号 脳神経細胞と電話ネットワークが似ていることからのイマジネーション。自分は2000年問題を連想。
  • 再会 これは短すぎて解説もできない。白人世界の人にしか面白くないかも。
  • 記録再生 人類はいつかソリッドステイトの中で意識として生きていくみたいなイメージは昔からあったっぽい。
  • 暗黒の光  アフリカ独裁国家の巨大パラボラアンテナ。
  • 史上最長のSF これが一番短いのだが自分にはよく意味が分からずw 作家あるある?
  • ハーバート・ジョージ・モーリー・ロバーツ・ウエルズ殿 「史上最長のSF」とセットの短編。
  • あの宇宙を愛せ 遠い宇宙の超文明に助けを求めようという演説。
  • 十字軍 絶対零度よりちょっとだけ温度が高い世界では超電導が普通の状態。結晶の薄層や金属繊維に知性が存在する世界。
  • 無慈悲な空 未来のヒマラヤ登山と遭難。
  • 中性子星 宇宙船の遭難事故。
  • 地球の太陽面通過 ゆっくりと死に向かう人々は記録を残す。南極のスコット隊のように。以上の17本が山高昭訳。
  • メデューサとの出会い ネビュラ賞受賞作短編。こいつはこの本の中で最長。中編といっていい。木星探査と大気を漂う巨大生物の目撃。なんか、時代を感じさせる。これのみ伊藤典夫訳。
このクラーク最後の短編集には他人にそれほど勧めたくなるようなものはなかった。

2020年5月7日木曜日

アーサー・C・クラーク「イルカの島」(1963)

アーサー・C・クラーク「イルカの島」を読む。小野田和子訳1994年創元SF文庫で読む。
DOLPHIN ISLAND by Arthur C. Clarke 1963
ジョニー少年は深夜、大陸横断高速道を走る貨物船ホヴァーシップのエアジェット音で目を覚ます。家をそっと抜け出し見に行く。
停車中(一時的な故障?)の船に潜りこむ。孤児のジョニーは叔母や従弟たちとうまくいってない。このまま家出してしまおう。

するとそのまま太平洋を航行。だが、突然爆発して沈没。密航者だけど救命艇に乗せてもらおうとしたけど、自分の存在に気付かず遠くへ行ってしまった…。
瓦礫に乗っかって浮遊してるとイルカの群れがやってきて自分をどこかへ運んでくれる。陸だ!そこはイルカ語を研究する科学者と漁師の住む「イルカ島」だった。

学者先生がたにジョニーが家出少年なのはお見通し。でも、イルカが運んできたことは注目。ジョニーはそのまま島に住む。ミックという親友もできる。美しいサンゴ礁に潜って日々を過ごす。

これ、読んでいてすごくジュヴナイル感がする。たぶんそう。自分も童心に帰ってページをめくった。
グレートバリアリーフの海とイルカたちの群れの映像が眼に浮かぶ。こんなふうにイルカやシャチと自由に意思疎通できたらいいなという海洋SF作品。

サイクロンにる被害でオーストラリア本土と連絡が取れなくなり、重いケガの博士を救助をするために、ジョニーはイチかバチかの思い切った方法を選ぶ。この展開はアニメ映画とかでよくみるようなクライマックス展開。

これ、A.C.クラークの代表作だとはみなされていないようだが、自分には十分に面白かったし楽しかった。
たぶんきっとどこかで映画やアニメになっていそうな物語なのだがなってない?実写化しようと思ったらなかなか大変。

ちなみに、巻末解説によれば「イルカの島」の本邦初訳は高橋泰邦訳1976年角川文庫。この1994年小野田和子訳創元SF文庫は新訳とのこと。

2020年4月10日金曜日

アーサー・C・クラーク「渇きの海」(1961)

アーサー・C・クラーク「渇きの海」(1961)を読む。深町眞理子訳2005年ハヤカワSF文庫版で読む。
A FALL OF MOONDUST by Arthur C. Clarke 1961
クラーク先生がこの長編を書いたのが1960年8月から11月。当時はまだアポロが月面に着陸する9年前。

自分はまったく知らなかったのだが、月面にある「海」と名付けられた場所は、当時の科学者たちから、あまりに平なために塵のような微粒子の海のような場所ではないか?と考えていたらしい。
そこに宇宙船が着陸すると、ずぼずぼと底なし沼に沈んでいくイメージがあったらしい。
この小説はそんなイメージの遭難救助SF。まじか?!

月のことはまだよくわかってないけど観光遊覧船セレーネ号が運航。そこに月の地震にる地殻変動。アリジゴクのような流砂に巻き込まれ、「塵」微粒子の海に乗員乗客22名を乗せて沈む。ビーコンが消えたので遭難?と捜索が始まるのだが、どこへ消えた?!

船の内部と捜索側の双方の視点で交互に描かれる。電波も届かない状況で救助を待つ人々はメモ帳でトランプカードを作ったり、演劇をしたりして正気を保とうとする。

だが、周囲を覆う液体と砂のような特徴を持つ隕鉄微粒子は断熱材の役目も果たしてしまうために、船内の気温が上昇。高温になったために二酸化炭素を吸着する化学反応が働かず、さらに危機的状況。

捜索側は乗員乗客全員絶望かと諦めかけてたのだが、たったひとり赤外線で異常を感じたポイントに探針を差し込んで15m地下にセレーネ号を発見。
先端にドリルのついたパイプを差し込むことで空気と二酸化炭素濃度と高温の問題はクリアしたかに思えたのだが、船はさらに沈下。パイプ管が外れてしまいパニック!

救出リミット時間が短いために、シミュレーションやマニュアルを検討する時間がないためにイチかバチかのやっつけ仕事。救出中に火災までも!

これ、人類がまだ経験したことのない事故にどうやって立ち向かうか?というSFアドベンチャー。思索的で哲学的なクラーク作品ばかり読んできた自分としては予想外に面白かったと言わざるをえない。

だが、現実的にはありえない設定なので、「アポロ13」やチリの地下に閉じ込められた労働者の救出というようなリアルにあった事故のドキュメンタリーほど面白かったかどうかはわからない。

2020年4月1日水曜日

アーサー・C・クラーク「天の向こう側」(1958)

アーサー・C・クラーク「天の向こう側」(1958)を読む。山高昭訳1984年ハヤカワSF文庫の2007年新装版で読む。ヒューゴー章受章の表題作を含む14本の短編集。
THE OTHER SIDE OF THE SKY by Arthur C. Clarke 1958
「幼年期の終わり」がそれほど面白く感じなかったので気を取り直して短篇集を読む。

90億の神の御名 チベット僧からコンピューター会社への依頼は「神のあらゆる可能な御名をつらねたリスト」をタイプで打ち出すことだった。これは空前絶後の発想。短い短編だが面白かった。誰か映像化してほしい。

密航者 テキサスの船長がロンドンから火星への航路へ出発。英国人は王室が好きだな…という短編。

天の向こう側 50年代における宇宙ステーション滞在への空想ショートショート。それはどのようなものになるのか?どのような事故が起こりうるのか?
クラーク先生は宇宙デブリの問題を軽視していたようだ。あと、「2001年宇宙の旅」でも、母船とのドッキングで宇宙服なしで一瞬宇宙空間に放り出される様子を描いてるけど、これが最初か?
それに今の宇宙ステーションはタイヤみたいに回転させて重力を作りだすユニットが存在しないな。

暗黒の壁 どこかの惑星の人々(?)は黒い壁の向こうに何があるのか知らなかった。で、行って見たら…という話。

機密漏洩 スパイ容疑をかけられた男の話。SF作家ならではの妄想。

その次に朝はなかった 500光年離れた知的生命体からテレパシーで「太陽が3日後に爆発するけど」と教えられたただ一人の男の話。そして地球の終焉。

月に賭ける 人類がまだ月面を知らない時代の月面予想SFショートショート。

宣伝キャンペーン 最悪なタイミングでの異文明ファーストコンタクト。

この世のすべての時間 時間を止める怪盗。

宇宙のカサノヴァ 恒星間旅行をするようになっても男は好色。

 ベツレヘムの星が輝いたとき炎に焼かれ消滅した文明の悲劇。イエズス会士の神への問いかけと嘆き。
今現在、ベテルギウスが超新星間近ではないのか?と言われてる。ということは、周辺にある惑星が熱火の中に投げ入れられ消滅するのかもしれない…。

太陽の中から 噴き出す熱の雲の中に数分間観測される輪郭を持ったエネルギーに命を感じた男の空想。

諸行無常 惑星の最期とその住民の風景。

遥かなる地球の歌 20年後に長編に改作された短編。惑星サラッサで独自進化した人類の末裔との出会いと別れ。

どの短編もクラークらしい味わい。とくに「90億の神の御名」と「星」はSFに関心ない人にも読んでもらいたい後味を引く短編。

2020年2月17日月曜日

アーサー・C・クラーク「地球幼年期の終わり」(1953)

アーサー・C・クラーク(1917-2008)の代表作で超有名作品の「地球幼年期の終わり」(1953)はまだ読んだことがなかった。
ハヤカワ文庫や光文社文庫など他の選択肢もあったのだが、今回自分は沼沢洽治(1932-2007)訳の1969年創元SF文庫(2017年新版)で読むこととなった。
CHILDHOOD'S END by Arthur C. Clarke 1953
米ソの熾烈な争いの末に、人類が宇宙へ進出するというその日、全世界の大都市上空に出現した大宇宙船団。上主(overload)の出現が国家間、宗教間、民族間のすべての争いに終止符を打ち、地球人類を世界連邦発足へと導く…。というアーサー・C・クラークの遠い人類の未来予想SF。

まあまあ面白かったのだが、自分には上主カレレンや心理学者ラシャヴェラクの形態容姿がほとんどよくイメージできていないw 悪魔?それならできなくもないけど、人間と一緒に古本をめくってる第2章「黄金時代」はやっぱりたぶんイメージはひとそれぞれ。

これ、多くの人にとって不朽の名作!という扱いらしい。SF読書体験として強烈な印象を残している古典的名作らしい。
だが、自分からすると「遥かなる地球の歌」「宇宙のランデブー」ほどには面白く感じなかった。

第1章「地球と上主たちと」はワクワクして読めた。第2章で男が上主の惑星を目指して密航する展開もワクワクできた。だが、第3章になると壮大な人類の終末がよくイメージできず退屈w 

2019年3月23日土曜日

アーサー・C・クラーク「遥かなる地球の歌」(1986)

アーサー・C・クラーク「遥かなる地球の歌」(山高昭訳 1996 ハヤカワSF文庫)を読む。
THE SONG OF DISTANT EARTH by Arthur C. Clarke 1986
著者による前書きによれば、これは初期の短編集「天の向こう側」収録作からの改作らしい。

ニュートリノ観測によって太陽の寿命を知ってしまった地球人類の未来。
40世代ほど先のこととはいっても、移住先を探すとか、恒星間旅行宇宙船の開発とか、コールドスリープとか、そういった技術をすこしずつものにしていかないといけない。
人間が宇宙船に乗り込んで他の恒星へ旅行するよりも、人類の遺伝情報データだけを自動播種船に乗せて、植民地となる星々に送り込むことが現実的。

で、青い海の惑星サラッサでは、人類が数世代を経て、自由な理想郷を築いていた。
そして太陽系の最期を見届けてから出発した人類が、数百年の長い航海の末にようやくたどり着く。人類の子孫と遅れて来た人類のファーストコンタクトを描いたのが「遥かなる地球の歌」。

クラークは光の速度を超える恒星間旅行に否定的。量子駆動?量子ラムジェットのことか?さらなる航海のためになぜか氷の塊が必要。

人類はいつか膨大な情報と書物の扱いに困って押しつぶされて行くかもしれないって箇所は、自分の部屋の膨大な本雑誌CDを見て同じことを想った。いつか放棄されるしかない。

クラークの集大成ともいえる作品。詩的で哲学的。その壮大な想像力に圧倒される。自分の想像力ではうまくイメージできないこともあるけど、広く読まれるべき作品。

2018年12月14日金曜日

A.C.クラーク&G.ベンフォード「悠久の銀河帝国」(1990)

A.C.クラーク&G.ベンフォード「悠久の銀河帝国」(1990)の山高昭訳2005年ハヤカワSF文庫版(2005)がそこにあったので手に取った。
アーサー・C・クラークの文庫本はいつも探しているのだがなかなか出会えない。100円だったのでラッキーと思い買って帰った。
BEYOND THE FALL OF NIGHT by Arthur C. Clarke & Gregory Benford
グレゴリー・ベンフォード(1941-)は何冊かハヤカワ文庫で名前を見かけるハードSFでは有名な作家だけど、自分はまだ1冊も読んだことがない。

これ、家で調べてみたら、官吏としての仕事をしつつ大戦中からSFを書いていたアーサー・C・クラークによって1946年に書き上げられた処女長編。
完成度に不満を持っていたクラークは後に「都市と星」として改作。そしてグレゴリー・ベンフォードが続編を書いた。
第1部がクラーク「BEYOND THE FALL OF NIGHT」、第2部がベンフォード、セットにしてこの1冊。

これ、地球人類の20億年を描いている。太陽系へ進出した人類はやがて侵略者によって地球の一都市ダイアスパーに押し込められひっそりと生き続けてすでに5億年。地球のほとんどは砂漠。太陽も弱弱しくなり月ももはや存在せず。すでに人類は人類でなく進化。

動く道路など科学文明はあるのだが、ずっと壊れず動くものだから、どうして動くのか?誰も疑問も持たず、愚かな市民たちは誰も都市の外に出ようとも思わない。過去の記憶も失われ神話のようでしかない。(今の日本のことを想わずにいられない)

第1部はダイアスパーで7000年ぶりに生まれた子アルヴィンが主人公。リスというダイアスパーでない村へ探検しやがて宇宙へ飛び立つ。
第2部はクレイとシーカーのバディ逃避行ものへと変貌。

いろいろな読者評を見てみると、クラーク作の部分は創造力が読者をはるかに超えるさすがの出来栄えらしい。それに対してベンフォード作の部分がダメらしい。

実は自分はクラーク部、ベンフォード部も想像を超えすぎていてあんまりよくイメージができなかったw 最後までページをめくるのが忍耐だった。

やっぱりベンフォード部の進化しすぎた生物がさらによくイメージできない。旧人類最後の女性とアライグマの奇妙な旅。正直ついていけない…。
この本はあまりオススメはできない。それにしても邦題は作品イメージを正しく伝えていない。

2018年10月23日火曜日

A.C.クラーク&G.リー「星々の揺籃」(1988)

アーサー・C・クラーク & ジェントリー・リー「星々の揺籃(ゆりかご)」山高昭訳ハヤカワSF文庫を読んだ。
CRADLE by Arthur C. Clarke & Gentry Lee 1988
とくに読みたいと思っていた本でもないのだが、アーサー・C・クラークのハヤカワ文庫本はなかなか古本屋で見かけないので見つけたときに買っておいたもの。1998年文庫版第1刷。100円でゲット。

ジェントリー・リーって誰?火星ヴァイキング計画、木星ガリレオ計画の中心にいた宇宙工学エンジニアらしい。カール・セーガン「コスモス」シリーズのTVプロデューサーだったらしい。この作品が作家としてのデビュー作。のちにACクラークと共著で「ラーマ三部作」も完成させている。

なにやら地球と異なる惑星のヘビ型生物の性進化の描写から始まる。「2001年宇宙の旅」のような宇宙の大いなる意志的なモノリスのような、シリンダー型母船から降りる揺りかご。なんか、すごくイメージしずらい。

フロリダ・キーウェストの浜辺で鯨の座礁が頻発するニュースを取材する女性ジャーナリスト・キャロルは海軍のミサイルが行方不明になった情報も掴む。
スクープを狙って船をチャーターして出向するまでが長い。典型的な下世話アメリカ人同士のやりとり描写が延々と続く。

船長ニック、電子工学に詳しい黒人青年トロイ、そして記者キャロルがフロリダ沖海域を最新技術で潜水調査。三頭のクジラが守るように泳ぐサンゴ礁の奥底から金色の不思議な物体を発見。
ニックは沈没船の財宝かと思ったのだが、それは未知の物質でできていた…。

この本、とにかく脱線が多くて萎えるw なんで?ってぐらいに各キャラクターの生い立ちを執拗に描く。どれも本筋とまったく関係がない。映像なら一瞬で示すことができる内容を2ページぐらいかけてグダグダ書いている。
どんなセッ●スをしてきたかまで詳細にしつこく書いている。そんなことはどうでもいい!ああ、また始まった…とテンションが下がる。ずっとこの調子。

ウィンターズ中佐の演劇と17歳女優への性的妄想の話とか、ニックがトロイの作ったアドヴェンチャーゲームを酒飲みながら「キャラがポルノ女優やん!」と突っ込みながらやってて時間に遅れてキャロルぶちギレのシーンとか要る?

人類は太古の昔から宇宙の大いなる意思に監視されて導かれていたんですよ…というクラークらしい海洋宇宙SF。
クラークの想像力は凡人を超えていて、活字ではなんとなくぼんやりとしかイメージできないところもある。だが、最後のページをめくり終えたときに、それなりの充実感はあった。

人類を遺伝子改良したアナザー人類が現人類を駆逐してしまうかもしれない未来。最後にニックの下した決断は、あ、この人バカじゃなかったと思った。

この本が522ページもある。長い。それにしてもこの本は日本人の読解テンポに合わない。ムダを省けば4分の1ぐらいにできた。
SNSに感想を書いている人の多くがG.リーのしつこさに辟易しているようだ。この本は「もう読むものがない」という人にしか勧められない。

この小説が発表されたのは1988年。この当時よりも近未来の90年代を描いているようだが、ビデオテープのデータをディスクにするとか転送するとか、フロッピーやらコピーやら、会議の風景だとかすでにもう過去。ケータイもないのかよ。現実はSFをとうに追い越した。

2018年3月15日木曜日

アーサー・C・クラーク「海底牧場」(1957)

アーサー・C・クラーク「海底牧場」ハヤカワ文庫(2006)を手に入れた。高橋泰邦訳1977年ハヤカワSF文庫を底本とする2006年新装版の初版。
クラークの作品はなかなかBOで見かけない。100円だったので即買い。
THE DEEP RANGE by Arthur C. Clarke 1957
「海底牧場」と「ディープ・レンジ」では印象がだいぶ違うな。

戦争も国境紛争もなくなった遠い未来、世界連邦食料機構の牧鯨局は太平洋で鯨を放牧している。海中の音を発する電気柵で、プランクトンを食べて育った鯨を誘導。最終的に食肉として自動的に解体される。
このアイデア、今では世界で捕鯨国を恫喝するIWCからすると考えられない。「宇宙エレベーター」並みに何も実現化に進んでない。

第1部「訓練生時代」では事故でトラウマを負った元宇宙飛行士の主人公フランクリンの南太平洋ヘロン島での訓練の日々が描かれる。潜水と海を愛したクラークらしい目線でグレートバリアリーフと海底を描く。主人公の再出発と恋、そして自殺未遂。職業がテーマの作品か?

第2部「監視員時代」小型潜水艇を操り鯨を誘導するのが仕事。ときに巨大イカを捕まえたり、巨大ウミヘビを捜索。やがて、海底地震で長年の先輩で訓練生時代の教官を失う。

第3部「官僚時代」牧鯨局トップに出世した主人公は、仏教の聖人から鯨を殺して食べることをたしなめられる。遠い未来、キリスト教もイスラム教も廃れたが仏教だけは生き残っている(?!)
海中のプランクトンから人類が必要とする動物性たんぱく質の合成と確保に採算がとれるのか?官僚として生きる日々が描かれる。
そして、海底での潜水艦事故…。

これ、クラークの海洋SFの傑作という扱いらしい。人によっては面白いらしいけど、自分は読んでいていろいろと困惑した。想像力が乏しかったせいかもしれない。たぶん職業選択もテーマ。