2021年4月30日金曜日

綾瀬はるか「ICHI」を見返した

6年ぶりに綾瀬はるか主演映画「ICHI」(2008 ワーナー)を見返した。6年ぶり程度だと、まだまだ記憶が鮮明でよく覚えていたし、懐かしいという感じもなかった。

人によっては酷評らしいのだが、自分としては十分に面白かった。ただ、最後の大ボス中村獅童との斬り合いがヒロインの女座頭市綾瀬でなく、浪人大沢たかおがいいところを持って行った展開が謎。

でもまあ、バカみたいにザックザックと人を斬りまくるアクションが見たければ他の座頭市を見ればよい。こちらの女座頭市は女である悲哀を格調高く美しく描いていた。監督は「ピンポン」で知られる曽利文彦。ふてくされたような若旦那を演じた窪塚洋介がとてもいい味出してた。
それでも公開当時23歳の綾瀬がキャリアハイで美しい。顔がシュッとしてて端正。

江戸時代において目が見えないという圧倒的に不利な条件を持って、さらに身を護るために悪人を斬らなくてはならない薄幸のヒロイン。凛々しい。
切なく孤独。心が死んだようなヒロインの表情が素晴らしくハマってる。今回見てみてやはり見る価値は十分にある娯楽時代劇作品だと感じた。

実はこれを見返してみた理由のひとつ…、それは、元乃木坂46の柏幸奈を確認したかったから。
柏はヒロインの少女時代のつらい記憶回想シーンに登場。乃木坂加入前に映画出演というキャリアがあったのは齋藤飛鳥、生田絵梨花も同じ。

柏幸奈は初期からの相当な乃木オタでも詳しいことがわからないメンバー。2011年に乃木坂46がAKB48の妹分グループとして発足した当初から在籍する第1期メンバーなのだが、なにせコンサートライブにも、握手会にも、冠番組収録にも、ほとんど顔を出さない、幽霊部員のようなマボロシのメンバーだったから。
というのも、乃木坂オーディション合格直後から学業優先だったらしい。2013年には東洋英和女学院大に入学し、そのまま11月に同じく1期メンバー宮澤セイラと同時に公式HPで卒業発表。気軽にアイドルになると、辞める時も気軽。

94年組なので西野、桜井、中田、永島、若月、井上、能條と同じ年。乃木坂の中で年齢的に中間グループだった。
この時期の乃木坂はまだ一部のアイドルファンのみに知られる存在。ぜんぜんブレイクしてない時期。

幼少時から戦隊ヒーローものにも出演し、しかもブレイク前の「ももいろクローバー」にも在籍。そして、現在日本アイドルの頂点の乃木坂にも在籍していたのに、結果、どちらでもブレイクまでがんばれなかった。

おそらく、アイドル業に居場所を見つけられなかった。この時代、大所帯アイドルが競争を生き抜いていくためには、握手会というファンとの接触イベントが運営上どうしても必須だった。これを苦にしない少女は大きく羽ばたけが、柏はそうでなかったのかもしれない。
卒業生に詳しい乃木オタでも、柏の現在の活動状況がよくわかっていないらしい。2015年ごろは雑誌モデルとして活躍し、神宮球場でのコンサートなどには旧メンバーたちと一緒に写真に収まったりしていた。生駒とも仲がよかったようだ。

2017年に東洋英和女学院を卒業。保育系の学科だったらしい。26歳の今もツイッターアカウントはあるのだが、何も仕事の告知のようなものはない。彼氏がいると発言したこともあるらしい。ひょっとするともう芸能事務所にも在籍していない?ファンもいない?

自分、乃木坂に一番ハマっていたのが2016年の2月から12月ぐらいまで。短期間のうちに一気に「乃木どこ」「NOGIBINGO」を遡って見て行った。ほぼすべての在籍メンバーを把握した。だが、一番普通で可愛らしかった柏だけは、関心を持っても何も個性がつかめなかった。(それは研究生だった米徳、かわいいのに人気の出なかった畠中も同じ。アイドルは難しい。)

2021年4月29日木曜日

佐藤春夫「田園の憂鬱」(大正8年)

佐藤春夫(1892-1964)を初めて読む。「田園の憂鬱」(大正8年)を岩波文庫で読む。

自分、だいぶ昔に文京区を散歩してたらたまたまそこに佐藤春夫旧居跡という場所に出くわしたことがある。手ぶらで散歩してたら、営業サラリーマン風の若い男に会釈された。何だったんだあれは。

筆者あとがきによれば、大正4年に執筆したもの。その2年ほど前に、都会に疲れて妻とふたりで半年間ほど田舎暮らしをした回想。(現在の横浜市港北区のどこかと作家本人は書いてるのだが、実際は青葉区らしい)

今も昔も都会者が田舎暮らしをするとそれなりに大変な目に遭う。暑い最中に荒れ放題の庭をいじる。犬たちに蚤がわく。隣のばああが口うるさい。猫がカエルをくわえてきて妻が驚き叫ぶw 家にやってくる近所の子が汚いw 周囲が噂話をする。犬がご近所トラブル。ヒラヒラと飛んでくる蛾。いろいろめんどくさい微妙に嫌なことの連続。

たぶんこの夫はノイローゼ。26歳にしてすでに痴呆。犬の幻覚を見たり幻聴を聴いたり、皿一枚、薔薇の蕾のことで妻に小言。じつはこいつがいちばんめんどくさい。自己の認識と現実に大きなギャップ。

そのへんの描写が詩的で美しい。自分は中学高校時代は虫とか花とか動物とか自然とか、何も観察してなかった。ただ自宅と学校を往復してた。そんなこどもにこの小説を読ませても何もイメージ映像が頭に浮かばなかったに違いない。

大正初年ごろですでに「となりのトトロ」みたいな田舎暮らし小説が書かれていたことが驚き。むしろこの小説が「となりのトトロ」の原型かもしれないとすら思った。

薔薇を「そうび」とも読むって知らなかった。飼い犬の名前がフラテレオなのだが理由は不明。

2021年4月28日水曜日

深作欣二「里見八犬伝」(1983)

「里見八犬伝」(1983)を見る。鎌田敏夫「新・里見八犬伝」角川春樹事務所深作欣二監督で映画化したもの。
これ、当時大々的に宣伝して大ヒットしたらしく、ある年代以上の人はだいたい知ってる映画らしい。

驚いたのが薬師丸ひろ子さんの声が今とぜんぜん違う。張りのある若々しい高い声。ちょっと独特な顔がなんとも可愛らしい。
なんと入浴シーンもある。薬師丸さんが好きだった男子たちは熱い視線で見てたんだろう。
真田広之さんはこの当時から剣術アクションと乗馬。自分、2020年は春からずっと「太平記」(1991)再放送を見ていた。太平記の8年前だがほとんど変わってない。当時の女子たちは恋しながら見てたんだろう。
あと、冒頭から敵のボスキャラ達の造形が良いなと感じてた。夏木マリ、目黒祐樹、萩原流行の主要敵キャラがとにかく邪悪そうw

特に夏木マリさんのビジュアルが良い。たぶん撮影当時30歳ぐらい。血の泉で血を浴びるシーンではヌードになってる。結果、おじさんたちも熱い視線。
志穂美悦子さんが桜の花びらが散る神楽舞台で新体操のリボンのようなものをくるくる回して歌い踊って、天井から蛇が落下し驚いている隙をついて「御命頂戴!」と刀を抜いてスパッと一振りすると首が転がるシーンとか最高!w

京本政樹さんの眉毛の釣りあがり方がすごい。あの場面で岡田奈々が「兄さん!」って告白するシーンを見て、それは自殺行為だろ…ってちょっと呆れたw たぶん当時24歳ぐらいの岡田奈々さんがすごくキレイ。
そして、老婆が百足の化け物に変身したり、大蛇と戦ったりと、期待を裏切らない幻想怪奇のスペクタクル時代劇。戦国アクション。

この映画はたぶん子どもの頃から講談を聴いてきた老人も、アイドル目当ての若者も、京本政樹目当てのオバさまも、千葉真一、志穂美悦子のアクション目当ての人も、全世代を全方位取り込もうとねらったキャスト。

とくに期待してたわけでないのだが、136分まったく退屈せずに楽しく見れた。今はなかなか作れない映画だと感じた。

だが、80年代初頭のシンセ音によるBGMが今となっては安っぽ過ぎてちょっと嫌。ムードぶち壊し。
今ならちゃちゃっとCGになる箇所でも特撮でがんばってるのだが、見れたものじゃない箇所もある。

薬師丸が真田を愛してるとわかって、「え?!」って思いながらも察してその場を外す他同士たちのシーンがちょっと可笑しい。
それに、いきなり真田と薬師丸の愛の営みが始まるのだが、ムーディーな洋楽サウンドをBGMに、肩から上のカットだけで長々と見せられるのも、今ではちょっと考えられない。
子どもが見ても楽しい映画だと思うけど、このシーンは家族で見るには気まずい。

だがそれでもストーリーが楽しかったし、今も見る俳優たちの若いころが見れて楽しかった。スターたちの共演による正しい大アクション娯楽冒険活劇だった。

敵の本拠が「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」の邪教の神殿みたいだった。
あと、2008年の長澤まさみ主演「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」(2008)はこの「里見八犬伝」のような映画を作りたくて作られたのかな?って思った。ラストシーンが似てる。てか、この映画自体が黒澤映画からの美味しいとこ取り。

2021年4月27日火曜日

竹島―もうひとつの日韓関係史(2016)

池内敏「竹島 ―もうひとつの日韓関係史」(中公新書 2359)2016年1月刊を読む。

自分、かれこれ15年間に竹島関連書籍を読むのがこれで5冊目ぐらいになる。わりと竹島を語るうえで問題となるポイントは押さえてるつもり。

初めて読んだ本が下條正男「竹島は日韓どちらのものか」(文春新書 2004年)で、一番最近読んだのが月刊WiLL「竹島問題100問100答」(2014)。(あとの2冊はあまりピンとこないものだったので印象にない)
この2冊は韓国の主張に100%反撃するという、日本人のための日本人の主張本だった。この2冊でもう竹島問題関連書籍に満足してしまい、もう読むつもりはなかった。

この「竹島 ―もうひとつの日韓関係史」という本も他の本同様に扱う論点はほぼかぶってる。この問題を扱う以上、使う資料はどれもだいたい同じになる。それは致し方ない。

だがしかし、それでもこの本は新鮮だった。
韓国の持ち出す古地図の于山島が即時的に竹島にはならないという点も指摘するのだが、17世紀の鳥取藩と伯耆国米子の大谷・村川両家が幕府の許可をもって竹島(鬱陵島)に渡海しアワビやアシカ漁をしていたことが必ずしも日本が竹島を領有していたことにならないことも指摘してる。日本外務省の竹島パンフの主張にもダメを出す。日韓双方のそれぞれに領有の根拠になっていない点を指摘する。

元禄竹島渡海禁令は竹島(鬱陵島)と松島(竹島)がむしろ日本でないことを示している。「竹島へ渡ることは禁止したけど松島はダメって言ってないから日本領」は無理筋。竹島と松島はセット。竹島へ渡海する途中で立ち寄るのが松島。(かといって朝鮮のものだとも言ってない)
竹島問題に初めて接する人は、まず当時の竹島が鬱陵島であり、松島が現在の竹島であることに混乱し戸惑う。この辺はいろんな本を読んで慣れるしかない。

あと、天保竹島渡海禁令(石見浜田藩荷抜け事件)についても現在では日本側はあまり触れない。元禄竹島渡海禁令が幕府と鳥取藩と大谷村川家の禁令だったのだが、天保竹島渡海禁令が日本全国に渡る禁令。

あと、竹島問題書籍で通常多くのページを割かれる安龍福事件について、この本もしっかり語る。
そもそも安龍福の記録は信用できないし確かめようがない。現在では日韓双方でこの問題のウェイトは大きくない。

日本にとって不利な材料だった「明治10年太政官指令」における「竹島外一島之義、本邦関係無之義可相心得事」の「外一島」を、従来の日本の研究者たち(17世紀以降ずっと日本領であり続けたと主張する人たち)はなんとか強引に苦し紛れで「竹島のことじゃない」としてきたけど、筆者はどうしたって竹島としてる。つまり鬱陵島も竹島も日本のものとはいえないという認識だった。渡海禁止令の段階で断絶してる。

ただし、この時点で竹島は日本のものじゃないと中央で認識してたとしても、1905年の竹島領土編入の閣議決定と島根県公示によって日本領となってる。(それ以前からずっと日本領だったとはこの閣議決定は言ってない)

自分は以前から「固有の領土」という言葉の意味がよくわかっていない。この本の筆者も日本政府の主張する「固有の領土」という概念が意外に新しいものであることを指摘してる。政府見解の応酬という過程で1962年から日本が持ち出した概念らしい。

「固有の領土」論を持ち出すことで、1905年に無主地先占の法理で日本は竹島を手にした以上、それ以前に韓国が竹島を領有してたことを証明しない限り、竹島は日本のものという論理に持ち込める…という論法。
だが、無主地先占で領有したと言っておいて、17世紀に領有権として確立したとも主張する外務省の方針についての疑問も提示。

サンフランシスコ条約第2条a項「日本が放棄する島」に韓国は竹島を加えるように主張したものの、ラスク国務次官補は回答書でこれを拒否。1954年に韓国を訪問したヴァン・フリート大使は「米国の立場として竹島は日本の領土」と言ってる。

だが、筆者は1905年前後における竹島をめぐる史実を想起すると、ラスク書簡の妥当性を心配だと言う。もし日本が閣議決定前に韓国に事前照会してたら、韓国は当然に反論していたっぽい。その証拠に竹島を調査したあとに鬱陵島を訪問した島根県知事らの発言に韓国側は危機感を持っていた。

だがそれでも、国家レベルで何も反論した形跡がない。
韓国側が主張する大韓帝国勅令第41号第2条にある「石島」が現在の「独島」であるという証拠はない。韓国の論拠も弱い。
この本ではパルマス島事件のような、中世以前に発見したという事実のみで決定期日以前に領有権が確定していたのか?という問題にはまったく触れていない。そこ、どうなんだ?

従来の日本の竹島本が、100%日本領であると押し続ける内容のものが多い。だがこの本はかなり慎重で中立公平。日韓双方の主張に疑問を呈する。双方それぞれ見たい事実しか見ていない。噛み合わない。

日本人はICJに提訴すれば勝てると思ってる人が多いようだが、この筆者は「100対0では勝てない」と言ってる。つまり何らかの譲歩が必要になるけど、日本にその覚悟がある?と。耳に心地よいことばかり言う人よりも信用できそう。結果、竹島関連本として最初にオススメできる。
この本の結論に失望してる人もいるようだが、そういう人は筆者を批判するだけでなく、この本の警告をふまえて、さらなる論理武装をすればいい。

その点でこの本は新しい知見を教えてくれた。やはり簡単な問題じゃないっぽい。21世紀もまだまだモメ続けそう。

2021年4月26日月曜日

大河ドラマ「太平記」(1991)

昨年4月からBSでやっていた1991年度NHK大河ドラマ「太平記」再放送を見終わった。主人公足利尊氏を演じたのは当時の二枚目アクションスター真田広之

2週まとめて見たり、3週まとめて見たりしてたけど、ほぼ放送スケジュールに従って見てた。
驚いたことに昔の大河ドラマは抒情的シーンのテンポがとにかく遅い。2倍速で見てちょうどいいか遅いか。結果、史実と関係なさそうなシーンは早送り再生してしまった。
昨年は「麒麟がくる」も見ていたので、池端俊策脚本大河を2本掛け持ちして見てた。足利幕府の始まりを描いたのが「太平記」、足利の終わりを描いたのが「麒麟がくる」だった。
近年の大河ドラマは新説も交えて描くものが多い。この「太平記」は吉川英治「私本太平記」を底本としたもの。戦前の皇国史観が交じってる。
そもそも戦前の教育を受けた世代にとっては足利尊氏は極悪人の逆臣。足利尊氏は誰もが知ってるのに大河ドラマの主人公になったのはこの1回かぎり?
とにかく平成初期のキャストが華やか。沢口靖子、宮沢りえ、後藤久美子というキャストは当時の人気アイドル女優たち。
故人となってしまった俳優も多いけど、現在も活躍する有名俳優女優が多数。実は、大河の過去作でこれが一番見たかった。
とにかく登場人物が膨大でとてもすべて書ききれない。無名に近いのに、創作上の人物なのに、すごく重きを置いて取り上げられてる人もいる。

その中でベストだなと感じたのがバサラ大名の佐々木道誉を演じた陣内孝則。30年間イメージが上書きされないハマリ役。鎌倉幕府討幕の旗を挙げた初期から尊氏と腐れ縁。毎回毎回登場のしかたが「フハッハハハ!」そればかりで呆れたw
鎌倉幕府の北条得宗家を支えたナンバーツー長崎円喜(フランキー堺)、金沢貞顕(児玉清)といった人々も初めてドラマで見れた。
名前だけ知ってた北条高時(片岡鶴太郎)の暗愚ぶり。炎上し滅びゆく一族のシーンは憐れ。このドラマ一番のインパクト。鎌倉時代はまだ切腹の作法は確立していない。
Tくんといっしょに鎌倉に行くといつも新田が攻め入って鎌倉が炎上した様子を話してくれてたのを思い出した。
楠木正成(武田鉄矢)、新田義貞もドラマではほとんど見ない人々。新田義貞は病気降板の萩原健一から根津甚八へと途中交代。
後醍醐天皇(片岡孝夫)の忠臣だった新田。その最後は哀れだった。鎌倉から政権を取り戻したものの、建武の新政は混乱したまま終了。
大塔宮護良親王(堤大二郎)や後醍醐天皇を支えた三木一草とかも初めてドラマで見た。(結城親光はまったく登場せず)
千種忠顕は脇役ではあるけど本木雅弘だったので目立っていたように感じた。足利にも新田にも冷たい後醍醐帝側近の悪役。阿野廉子(原田美枝子)もほぼヒール。
南朝の北畠親房北畠顕家親子も登場。とくに、顕家を演じたのが後藤久美子だったのはびっくり。美少年若武者を美少女アイドル女優に演じさせるというパターンは現在に至るまで大河ドラマ史上唯一の事例。この方法は今後も使うべきなのに。あまり登場はしなかったけど、最期は哀れだった。
このドラマ全体を通して、とくに出番が多かったのが尊氏とその弟足利直義(高嶋政伸)だったのだが、一色右馬介(大地康雄)、旅芸人柳葉敏郎もやたらと出番が多かった。
高師直(柄本明)も最初から最後までずっと出っぱなし。塩冶高貞の美人妻に懸想するという史実が疑われるシーンまであった。兄弟で増長してやがて憐れな最期。
太平記は楠木正成と後醍醐帝の死後はもうどうでもいい。話そのものに爽快感がない。とくに新田義貞の敗走が憐れすぎる。
尊氏と直義の日本の歴史上最大最悪の兄弟げんかも大迷惑。終盤は性格の悪そうな顔をした足利直冬(筒井道隆)の出番もとても多かった印象。

この大河ドラマを見通したことで、今後「太平記」登場人物たちがこのキャストで頭に浮かぶようになってしまう。金沢文庫のあたりを通りかかれば児玉清さんの顔が浮かぶかもしれない。高時の腹切りやぐらのあたりに行けば片岡鶴太郎さんの顔が浮かぶかもしれない。

そろそろ2回目の太平記大河ドラマがあってもいい。足利直義か新田義貞を主人公にしてもいいかもしれない。

2021年4月25日日曜日

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(1892)

モリス・メーテルランク(1862-1949)作の戯曲「ペレアスとメリザンド」を岩波文庫の対訳(杉本秀太郎訳)版で読む。この対訳版は左ページに仏語、右ページに訳文がある素晴らしい文庫本。さらに出版当時の挿絵(Carlos Schwab)つき。
Pelléas et Mélisande by Maurice Maeterlinck 1892
自分、クロード・ドビュッシー(1862-1918)によるオペラ「ペレアスとメリザンド」は好きでカラヤンやアバドのCDを聴いてきてのだが、実はストーリーはなんとなくしか知らない。なので原文と対訳を左右と見て確認しながら読む。「ペレアスとメリザンド」はフォーレ、シベリウス、シェーンベルクも音楽にしている。

オペラは森の中で始まるのだが、戯曲では城門シーンから始まる。自分は知らなかったシーン。続いて森の泉のほとりでゴローが泣いてるメリザンドを見つけて城へ連れ帰る。そして後妻となる。

あとは、ゴローの弟ペレアスと若く美しいメリザンドの仲良さげな様子を目撃して嫉妬する話。ここ、現代のサスペンス作家たちならもっともっと上手く効果的に伏線を張ったりして面白く出来るはず。この戯曲は読む側が「?!」って考えないといけない。

ゴローが前妻との遺児イニョルドを使ってペレアスとメリザンドがふたりでいる様子を探るシーンはまんま古典落語「真田小僧」でみた要素。笑わせにかかってるのかもしれない。

表面上は、国王一家に若く美しい後妻がやってきたことで巻き起こる、嫉妬と愛憎のあげくの殺人事件。だが、肝心の箇所であまり説明がない。女中たちの会話から顛末を推測するしかない。メリザンドは未熟児を生んだ?

ペレアスと男女の関係がなかったかどうか?医者とアルケル王を遠ざけ瀕死のメリザンドを問い詰めるゴロー。部屋に入ってくる女中たち。ゴローに箴言めいたことを言うアルケル王。この場面がよく意味が分からない。表面上とは別の何かがありそうだ。

兄弟の母親であるジュヌヴィエーヴの存在感がまるでない。

第4幕第2場で病から回復したアルケルとメリザンドが話してるところにやって来たゴローの額に血がついていた意味は?メリザンドを罵倒するほど精神錯乱の原因?

第3場でテラスのイニョルド少年が石を持ち上げたり遠くの羊飼いに注目したりしたあとにパッタリと出番がなくなるのも意味が分からない。なにか意味がありそうでわからないとイライラするw

2021年4月24日土曜日

森川葵「賭ケグルイ双」全8話(2021)

浜辺美波主演ドラマ「賭ケグルイ」はドラマ2シーズンと映画2本にまで発展したが、今回の「賭ケグルイ双」は、テレビドラマ編で蛇喰夢子(浜辺美波)に最初に倒された早乙女芽亜里(森川葵)が主役のスピンオフ。
Amazonプライム独占配信。監督はもちろん英勉。各話毎回のオープニング映像が絢爛豪華。

当初はてっきりイキったザコキャラかと思われた芽亜里だったのだが、実は頭脳明晰でクセの強い難敵だった。後に夢子とバディとなるぐらいだから、それなりにギャンブル強者。
芽亜里は上流階級の通う名門校に憧れての特待生として部外からの編入学。夢子が学園にやってくる1年前の私立百花王学園が舞台。なので浜辺美波はほとんど出てこない。

浜辺夢子と高杉鈴井が新聞部新渡戸九(小野寺晃良)、文芸部戸隠雪見(萩原みのり)から芽亜里がいかに伝説的生徒だったかという話を物語として語り聞かせる形式。なので浜辺と高杉は相槌を打つだけの出演。
すべて過去ドラマからキャラと出演者はほぼ踏襲。今回から花手毬つづら(秋田汐梨)という新キャラが加わった。芽亜里と中学時代の同級生。家は金持ちだが愚鈍で天然。芽亜里はこいつを利用して最初の闘いに勝利する。この子が英監督特有のムダなグダグダやりとりをいい感じで演じてた。

秋田汐梨は今回最大の発見。スターダスト所属の18歳。2003年生まれという事実に驚愕。2015年からニコラ、2019年からセブンティーンで活躍してる雑誌モデル。
最初の敵が親切なふりを装って性悪な愛浦心(福本莉子)。芽亜里をイカサマギャンブルでギャンブル依存にはめて上下関係を見せつける。
だが芽亜里のほうが上手。相手の心理につけこんでつづらを利用し返り討ち。
テレビドラマシーズン2で松村が築いた坂道橋頭保は「賭ケグルイ双」に日向坂の佐々木美鈴と、乃木坂の生田絵梨花を出演させた。
みーぱん佐々木はギャンブル生徒会ヒエラルキーの最底辺であるミケのディーラー佐渡みくら
一方で三春滝咲良(生田)は生徒会役員と見せかけて壬生臣葵(佐野勇斗)らと同志の反生徒会レジスタンス。
生田さんはこれまでにテレビドラマで演技の実績がかなりある。正直見慣れたいつもの生田。生真面目で全力でマジすぎ演技。ほぼ「あさひなぐ」の生田。
こいつも芽亜里の悪い手癖を見抜くも、勝っても負けたことになってしまう。
芽亜里はいつのまにか賭場開設の件で知り合った戸隠雪見(萩原みのり)も仲間に引き入れてる。森川、萩原、秋田の3人のやりとりは「映像研」を想わせる面白さ。
この子は「表参道高校合唱部」や「神様の言うとおり」にも出てた。今もちゃんと女優やってたんだと安心したのだが、若手映像監督と手つなぎデートを写真週刊誌に撮られた。ま、それほど男子ファンはいたとは思われないので無風w

早乙女芽亜里は勝ち方が汚いwのだが、ギャンブル生徒会が支配する学園において、他人と異なった価値観を持っている段階でヒーローと言える。勝ちっぷりと気っ風のよさははむしろかっこいいかもしれない。

今シリーズも面白かった。テレ東深夜でも放送してほしい。全8話では足りないぐらい。
映画最新版「賭ケグルイ 絶体絶命ロシアンルーレット」は4月29日から全国公開。(後記 3回目の非常事態宣言により26日に公開延期が発表)
このドラマで役を勝ち取った若手俳優たちは長く続く仕事を得てラッキーだったし名誉。

2021年4月23日金曜日

古河足尾歴史館のトロッコ機関車

足尾で最後に立ち寄った場所が古河足尾歴史館。車道から見上げると腕木信号機が見えたので何だろう?と寄り道してみたらそこにあった資料館。

古河市兵衛に始まる古河鉱業の歴史、足尾の歴史、日本の近代産業への貢献の歴史を学ぶ。ゆっくりじっくり展示を見て回った。明治以来の貴重な品々を見て回った。
だが、この資料館で一番楽しかったのはトロッコ機関車の展示。どれもが貴重。蒸気機関トロッコ車をT型フォードエンジンで改造整備して動くようにしたりしてる。機構が簡単で修理しやすくむしろ壊れないんだそうだ。


3人しかいない客のためにエンジンを動かし我々を乗せて、ぐるっと2周回ってくれた。こんな楽しいアトラクションは初めて。童心に帰った。
日本輸送機(ニチユ、京都)の昭和35年製10t電気輸送機EL-103が見れるのは日本でここだけ?!以前は福島で石灰石を運んでいたものらしい。
腕木信号機を切り替える体験もできる。なにもかも素朴で素晴らしい。コロナ禍が終わったら多くの人が訪れてほしい。お金のある人は寄付をしてここを守ってほしい。
足尾からの帰り道、ロードサイドに昭和レトロ自動販売機でうどんを売る小屋があったので立ち寄った。この場所はとても有名らしく観光地化していた。小屋の内部がライダーたちでギッシリ密になっていた。ゆっくり写真を撮れなかった。
うどん販売機のタイマー表示ランプとか今ではまったく見かけないタイプ。故障したときの交換する部品があるのか心配。

2021年4月22日木曜日

海街diary 「すこし登りますけど近道なんで」のロケ地

是枝裕和監督の映画「海街diary」(2015)で、香田家の次女佳乃(長澤まさみ)は三女千佳(夏帆)と一緒に、母を棄て別の女の元へ走った父の訃報を聞いて、山形にあるという「かじかわおんせん駅」に降りる。

そこには初めて会う母を別にする妹のすず(広瀬すず)が立っていた。「香田さんですか?」
すずの案内で父親の終焉の地である温泉旅館へと向かう。その途中にその坂はある。
すず「すこし登りますけど近道なんで」
かじかざわおんせん駅のロケ地は、群馬県桐生市から栃木県足尾まで走る「わたらせ渓谷鐡道」の足尾駅。
そして、この坂道シーンは足尾を貫通する122号線から小滝抗へと向かう293号線の庚申ダム管理所の手前にある橋のたもとにある。
この場所に行ってみた。5年前に足尾銀山平キャンプ場に行った時にここを通っていながら、映画ロケ地と気づかずスルーしていた。帰ってからこの場所に気づいた。

2014年撮影時のときと国有林看板の色が違うようだが、2016年ストビューでも現在のように青い。ひょっとすると映画撮影用に白くマスキングしたのかもしれない。
このワンシーンの次のシーンではこの場面になる。
佳乃まさみはヘロヘロになる。(実際のまさみは体を鍛えているので、これぐらいの山道もたぶんぜんぜん平気)
だが、このシーンはもうこの場所ではない。実際の坂道の上にはかつて小滝集落に住んでいた人々の墓場。

おそらくたぶん、映画ロケの山道は旅館ロケ地となった岩手県花巻市の鉛温泉のあたりではないか?と思ってはいるが確認はしていない。この画面からだけでは特定ができないから。
そして、すずは鉛温泉藤三旅館へふたりを案内して去っていく。映画というものはたった数十秒のシーンで長距離を移動している。
それにしてもこのシーンの長澤まさみは着衣エロス。
いちおう足尾駅にも行ってみた。「かじかざわおんせん駅」のロケ地。この駅はいつ行っても数人は観光客がいる。わたらせ渓谷鐡道終点の間藤駅には人がほとんどいない。
海街diaryにはまだ未踏のロケ地がいくつかある。あともう一か所行きたい場所があるのだが、そこに行けるのはいつの日になるかまったくわからない。