2021年4月15日木曜日

三島由紀夫「金閣寺」(昭和31年)

三島由紀夫「金閣寺」(昭和31年)を新潮文庫で読む。今回で3回目の読了。最初が中1のとき。2回目が20歳ぐらいのとき。久しぶりに読み返した。
今現在入手できる新潮文庫版は表紙装丁がこれと変わってる。たぶん活字も大きく読みやすい。
けど、新潮文庫の三島由紀夫はこの表紙じゃないと受け付けない。この表紙だと中身も美しいに違いないと期待させてくれる。昔の新潮文庫は字が小さくて目がちかちかする。

ちょっと前に水上勉「金閣炎上」を読んだ。そして三島「金閣寺」。このふたつの作品は同じ題材を取ってるけど、水上はドキュメンタリーっぽい。三島は完全な創作。吃音青年溝口の内面独白。

以前は三島を読むときは事前に気合を入れる必要があった。もう今はそんなこともない。
30歳の新進作家の書く文体が格調高く美しい。凡人にはまねのできない天才的精緻さ。意外に読みやすいけど難解な文芸芸術。

父に連れられ初めて金閣寺と対面したときの想い。期待してたものを初めて実際に見たときってこんなものかもしれない。
初恋といっていいかもしれない有為子の蔑みの目と恥辱。有為子と脱走兵の悲劇。なんだか映画を見てるような展開。

そして東京から来てる門弟鶴川と仲良くなる。溝口はネガ、鶴川はポジ。

南禅寺山門から目撃した、派手な振袖の若い妻が出征する陸軍将校らしい夫に茶を飲ませるエロチックなシーンは、初めて読んだ時から強烈なインパクト。襟元を広げて乳房を取り出し、両手で揉み出した乳を茶椀に注ぐ。なんだこれは?!ジャパニーズミルクティーセレモニー?と海外読者に混乱を与えないか心配。

肺を患っていた父の死。思い出される母の罪。戦争でいつか金閣寺も燃えて無くなってしまうのかな…というイケない期待。この辺の内面の描写が超一流。
そして終戦の日に住職がした講話が難解。なんだこれ。

雪の日にジープでやってきた米兵と日本人娼婦が拝観見物中に喧嘩を初めてしまい、米兵が溝口に女を踏みつけるように強要するシーン。それだけでも微妙に嫌なのに、後日女が寺にやって来て酷いことをされたと金銭を要求。これも微妙に嫌な出来事。

大谷大学に行かせてもらえる。これは師から目をかけてもらえてる。大学での論理の授業後に、他の生徒たちと離れて弁当を食べてる脚の不自由な「内翻足の柏木」に思い切って授業の質問をしてみた。初めて話しかけたのにいきなり「童貞を失った話」をされるとか困惑。こいつの話がよくわからない。マラソンの練習をしてる学生を見ては毒づく。めんどくさいw

小僧たちには冷や飯を食わせ自身は祇園へ通う吝嗇な住職への軽蔑と嫌悪。そっと芸妓の写真を朝刊に忍ばせ差し出したり学業を怠けるなどしてるうちに住職からの信頼を完全に失い転落の道へ。
住職が柏木への借金の肩代わり。もう寺からの放逐が迫る。「金閣を焼かなければならぬ」

読むたびに少しずつ新しい発見がある。次に読めるのは何年後か。ひょっとすると人生最後だったかもしれない。

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