2023年1月10日火曜日

ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」(1962)

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」(1962)を木村浩訳の1963年新潮文庫版で読む。(今も邦訳はこの木村訳しかない?)
これが自分にとって初のソルジェニーツィン。

アレクサンドル・ソルジェニーツィン(Александр Солженицын 1918-2008)は北カフカースのキスロヴォツク(現スタヴロポリ地方)出身。世界に名を知られるきっかけは今作。当時は中学教師だった。

自身の収容所体験をベースにしてる。ほぼ自伝。(この人はソ連収容所レポみたいな作品しかないイメージ。)
シベリアの収容所を世界に知らせることはそのままソ連の恥部をさらすこと。よって当局からは弾圧。
クラシック音楽を聴く人は、国際的に有名だったチェロ奏者のロストロポーヴィチがソルジェニーツィンを擁護し自身も苦境にたち亡命…ということは知ってるかもしれない。

読む前に予想がついたのだが、シベリアの極寒の収容所生活を、とくに大きなストーリー展開があるわけでもなく、淡々と描いてる。「髭の親父」(スターリンの隠語)が存命中。
時期的に朝鮮戦争が始まり中国が参戦したことがラーゲリのバラックで噂になってる。たぶん1950-51年にかけての冬かと思われる。

収容所にはエストニア人やラトビア人、ウクライナ人、モルダヴィア人、バプテスト信者などもいる。
少ない食料の配給が唯一の楽しみ。パン1個をめぐって争う。看守が怒鳴る。生き抜くために知恵を身に着ける。そんな小説を読んでも苦行であって楽しいことはない。

閉鎖されたラーゲリという世界。現代日本も似たようなものだなと感じた。これまでの人生における集団行動で起こった嫌な事をいろいろと思い出して不快になった。

日本人はシベリア抑留体験を語り継いで聞かされてる。それほど新鮮な驚きもない。だが、氷点下41度を下回らないと作業は休みにならないと知った。

ロシアや中国では今も政治犯は収容所。この小説は過去のものではない。
日本がちょっと軍事予算増やしただけで批判される覚えもない。日本にはロシア人、中国人スパイを収容するラーゲリ群とかない。

2023年1月9日月曜日

1944 独ソ・エストニア戦線(2015)

「1944 独ソ・エストニア戦線」を見る。原題は「1944」。2015年公開のエストニア戦争映画。監督はエルモ・ニュカネン。ほぼ全編エストニア語。たまにロシア語。

エストニアでは多くの人に見られ高く評価されたものらしい。エストニア国民が共有する1944年にあったできごとドラマ。エストニアについて知るためにお勉強のために見る。ドイツとフィンランドでも公開。おそらく日本では劇場公開されていない。

1939年、ソ連とドイツは不可侵条約を締結。そして第二次大戦。1940年にソ連はエストニアを併合。その翌年ドイツが占領。支配者が変わるたびにエストニア国民は両国軍に動員。そしてソ連赤軍が迫りつつある。

1944年7月25日のタンネンベルク線の戦いの砲弾が爆裂する塹壕の司令部。家族をシベリアに送られたエストニア人たちはソ連と戦う。銃を撃つたびにウラー!と突進してくるソ連兵が倒れる。兵士たちは隠れる物陰すらない。
1回の攻撃で人が死に過ぎ。まるで203高地の繰り返し。地獄の独ソ戦。塹壕で撃ち合って陣地の奪い合い。エストニア人だけでなくデンマーク人義勇兵もいるのか。みんな若者たち。

ドイツ武装親衛隊第20SS武装擲弾兵師団に属するエストニア人部隊の現場にやってくる役人がヒトラーの写真を配って「ハイル、ヒトラー!」とやるのだが、エストニア人はそれには応じない。そりゃそうだ。ヒトラーはエストニア人たちの総統じゃない。

ついさっきまで陽気にふざけあってた仲間が頭打ちぬかれて即死するほどの激戦。ドイツ軍の退却が決定。エストニア人は独ソに別れて動員されている。ドイツへ行くか、その場に残るか。ドイツに向かうエストニア人たちを導く兵士が老人だし私服。
私財を積んで馬車で移動する男を立ちはだかるおばさんが罵倒し降ろす。子どもを乗せよう。だがそこにソ連機が機銃掃射。老人こどもにも容赦なく撃って来る。

兵士たちは指定の場所にいくけどまったく隠れる場所がないので塹壕を掘る。こんな場所でどうやって防御を?
敵がソビエト赤軍第8エストニア狙撃師団。同胞たちが銃撃し合う。その悲劇を戦場の兵士たちがわかってる。双方撃ちたくない。
撃たないと内務人民委員会に報告される。いったいどうすれば?
ここで前半の主人公だと思ってたカールが戦死。狙撃した側である赤軍のユリーがカール(両親をソ連に連行された)の姉に手紙を届ける。良心の呵責。しかもそこに反ソ分子摘発にやってきた上司。

11月、サーレマー島。今度は赤軍のユリーが主人公。ソ連側はドイツの捕虜になったものは裏切り者として子どもも処刑するような人非人。(独ソ戦は降伏した相手はその場で殺してた)
外は赤でも中身は白。そいういうやつも許さない。政治局員ってほんとじゃま。

戦争映画だが残酷なシーンは少なめ。だが、小国エストニアの人々のたどった過酷な運命があまりに残酷。ナチよりもソ連の悪魔ぶりを強調した映画。
地獄を経験してやっと手に入れた平和を今になってぶち壊すロシア人はやっぱりアホだし邪悪。あと、地雷って酷い。

2023年1月8日日曜日

中公新書1768 「物語 バルト三国の歴史」(2004)

中公新書1768 志摩園子「物語 バルト三国の歴史」(2004)を読む。

バルト三国といわれても何も知らない。日本で教育を受けた高校生以上の人はエストニア、ラトヴィア、リトアニアと順番に呪文のように覚えているにすぎない。いずれも第一次大戦後に国家として独立し、第2次大戦でソビエト連邦内の共和国のひとつとなり、ソ連解体後に再び独立し、2004年以降はEUとNATOに加盟したということぐらいしか知識がない。

ただ、自分は首都の名前は答えられる。あと、クラシック音楽を長年聴いてきたせいで、エストニアというと指揮者のヤルヴィ親子や作曲家トゥビンは知っていた。
ラトヴィアというと、ヴァイオリン奏者のクレーメル、指揮者のヤンソンス親子、ネルソンスは有名。美術方面だと画家のマーク・ロスコもラトヴィア出身のユダヤ系。

リトアニアは杉原ビザのエピソードとポーランドとの同君連合時代。リトアニアだけは中世以降に地域の大国だったことぐらいしか印象がない。

これまで読んできた中公新書の物語歴史シリーズで一番読むのに苦労した。どの国もあまり独自の強い個性が感じられない。個性的で強い指導者が見当たらない。
バイキングがバルト沿岸に町を作り始める。ドイツ騎士団領と移民、ハンザ自由都市レヴァッル(タリン)、リガ(スウェーデン時代は帝国第2の都市)、大学都市タルトゥ(ドルパト)。
ポーランド、スウェーデンからロシアへ。ざっくりおさらい。そのへんは何度も読まないと覚えられない。

ピョートルやエカテリーナ時代のサンクトペテルブルク宮廷にはバルト・ドイツ人貴族たちが重用されていたとか、まったく知らなかった。
クールラントのミタウ(ラトヴィア名ヤルガヴァ)はかつてルイ16世の弟ルイ18世も革命期に亡命し逗留。

エイゼンシュテイン監督の映画「アレクサンドル・ネフスキー」の「氷上の戦い」はノブゴロド公とドイツ騎士団の戦いだったのか。現在のラトヴィア東部地域がロシアとドイツの衝突する最前線。

ラトヴィアは19世紀ヨーロッパ革命と民族主義以降になってようやく、ラトヴィア語を話す人々の暮らすあたりをラトヴィアと呼ばね?とまとまり出した地域。

リトアニア人も長年ポーランド人と同居し自身をポーランド人だと思っていた?杉原千畝の勤務していたリトアニア総領事館があったのはカウナス。あれ?なぜヴィルニュスじゃないのか?リトアニアが独立した当時のヴィルニュスはポーランド人が多くポーランドに占拠されていたのか。
ちなみに現在のヴィルニュスがリトアニア領なのはソ連のおかげもある。以後、長らくポーランドとリトアニアはヴィルニュスをめぐって関係がギクシャク。

今この本を手に人は、バルト三国とソ連の関係、そして戦後の再独立とNATO加盟を知りたくてという人が大いに違いない。ボルシェビキ戦争以前のバルト三国地域はわりと親ロシアだった。
しかし、ソ連は悪魔の本性を出してくる。モロトフ・リッベントロップ協定でバルト三国のソ連編入が、国民の意志と関係なく決まってた。ソ連はスターリンの昔から、まず些細な事件で抗議し反ソ的だと非難。今のロシアも同じだなと思った。

1970年代のソ連全体の停滞を経て、80年代から民主化と改革の要求が高まる。
自分、近年いろいろな本を読んできて、西側で人気のあったゴルバチョフという人をそれほど評価できなくなってる。
1990年から独立交渉が始まるのだが、91年1月にはリトアニアとラトヴィアでソ連軍とKGBの特殊部隊がテレビ塔や内務省を攻撃。

1991年8月のゴルバチョフが失脚したクーデターでは沿バルト軍管区ソ連軍が非常事態を宣言し街を占拠。クーデターが失敗するとソ連軍は去った。
ラトヴィアは1993年に1922年憲法をそのまま復活。リトアニアは1992年に国民投票で新憲法を採択。エストニアは1922年憲法を土台として手直し。

エストニアもラトヴィアもソ連時代から生活水準が高かった。だが他地域よりも出生率が低いことが悩み。離婚率も高く、都市部の住宅環境が悪かったらしい。
するとそこには多くのロシア人がやってくる。ロシア語を母語とする多くの人々がいたのだが、もともといた人には市民権を与えたけど、第二次大戦以降に移民してきたロシア人たちには市民権も選挙権もなく無国籍という扱いにしていることを初めて知った。
かつて多くのユダヤ人が暮らしてたリトアニアはホロコーストで9割減。多くが海外に移住して1993年の時点で5000人?!

ちなみにこの本が出た2004年当時はNATOの第二次拡大期。ロシアですらNATO準パートナーだった。時代は変わる。

今回この本を読んでバルト海沿岸の町の名前をいくつか覚えた。ちなみに日露戦争のときにバルチック艦隊が出航したのは現ラトヴィアのリャパーヤ(ドイツ名リバウ)。

2023年1月7日土曜日

西野七瀬「いちげき」(2023)

西野七瀬が出演するというのでNHKの正月時代劇「いちげき」(2023年1月3日放送)をチェック。

小説「幕末一撃必殺隊」を原案とするコミック「いちげき」を原作としたドラマ。宮藤官九郎がさらに脚色してドラマ脚本を書いた本格青春フィクションエンターテインメント時代劇。神田伯山の講談で説明ナレーションというスタイル。演出は松田礼人。
幕末、江戸の薩摩藩士たちが治安をみだすどころか御用盗という無差別強盗殺人テロリスト。物騒すぎる。そんな悪薩摩藩士にに対応するため、農民を集めて結成されたカウンターゲリラテロ部隊が「一撃必殺隊」
人を斬って殺すことを笑いのある軽いエンターテイメントにするってどうなの。

主人公丑五郎(ウシ)は染谷将太。見た目のこ汚い反骨百姓。こんなヘアスタイルの百姓がいたのか?ほぼ現代人。
松田龍平演じる無表情お侍島田幸之介(合理的思考)は新選組にいたという設定らしいが、新選組って脱退が許されるものなのか?と思ってたら、ゲリラ部隊を組織し教育するために「脱退」というていだったのか。でも島田は新選組にしてはかなりちゃんとしたお侍。
お侍が力自慢の百姓を募集してる。丑五郎は威張った侍が大嫌いだがヤケクソで応募志願。
江戸時代の百姓にしてはみんな体格がいい。

江戸の町娘の田舎者への蔑みが酷い。伊藤沙莉の品のなさが適役…と思って見てたら、けっこう重要な役。紅一点の戦闘員。
勝海舟(尾美としのり)がまるでふざけた佐藤二朗みたいな軽いバカとして描かれてる。6日間の即席訓練の戦闘員で対処とか、どうみても使い捨てにしようとしてる。
御用盗の大ボス相楽がしそんぬじろうという意外性が良い。この人、お笑い芸人だがすごく芝居が上手い。

一撃必殺隊が女郎屋で派手に騒いで自身の秘密をべらべら話すとかなんなん?
百姓なので人を斬るメンタルがない。酒飲んで不安をまぎらわす。ある意味、現在のロシア人がウォッカ飲むしかないみたいな感じ。

身バレするとやっぱり一撃隊は捨て石。隊員たちの村を焼き討ちする薩摩浪士も酷いが勝海舟の人間性が酷い。
で、このドラマを見た主目的が西野七瀬。主人公丑五郎の百姓娘妹チヨ役と、女郎屋井村屋の人気女郎役の二役。

人気女郎って現代で言えばアイドル。時間を買うのに相当な大金が必要なのでは?薩摩の伊牟田がどすどすやってくるシーンで「またあ?」って愚痴ってて、あ、落語で見たやつだと思った。
怖いお侍さんもなだめる女郎の手練手管。ほぼ握手アイドル時代の経験とテクニックを今になっても存分に発揮。
この西野七瀬がとてもかわいいしキレイ。もう自分としてはまさみと並ぶぐらいに好き。
顔のコンパクトさと首の細さ、体型の華奢な可憐で薄幸そうな感じ。同年代女優で他にいないタイプ。
NHK総合がお正月3日目のゴールデンタイムにもってきたドラマで田舎娘も江戸の女郎も同時に演じるとか、もう完全に西野は女優として独り立ち。もう二十代若手女優で先頭を走ってる。
丑五郎の妹チヨを無残に殺した伊牟田(杉本哲太)は許せん!そして仇討へ。これぞ時代劇。雨の金杉橋で奇襲に出るのだが失敗。
敵将相楽は逃げたが伊牟田と直接対決。決着のつき方が一瞬の居合い抜刀術。

結果、ほぼ傑作。クオリティが高い。感心しかしない。
最後のシーンの西野七瀬はとくにキレイ。28歳の色気がすごい。

そんな西野の二十代も残り1年ちょっと。どんどん映画とドラマに出演してほしい。この可憐な美しさをたくさん映像に残してほしい。なんなら写真集も出してほしい。

2023年1月6日金曜日

二階堂黎人「地獄の奇術師」(1992)

二階堂黎人「地獄の奇術師」(1992)を1995年講談社文庫版(2001年14刷)で読む。
この作家を読むのはこれが2冊目。「聖アウスラ修道院の惨劇」がそこそこ面白かった記憶がある。

この「地獄の奇術師」が二階堂黎人(1959 - )のデビュー作。そして女子高生探偵二階堂蘭子の初登場作。「私」に相当する黎人(蘭子と同年の義理の兄)がストーリーテラー。

昭和42年11月、東京国立の住宅街にある実業家暮林家の邸宅「十字架屋敷」周辺にエジプトミイラのような顔を包帯でぐるぐる巻きにした怪人が出没。

そして暮林家を皆殺しにする犯行予告を残し、主人公仲良し高校3年生トリオの蘭子、黎人、暮林家の暮林英希に謎の小箱を渡して去っていく。
ミイラ男の跡をつけて行くと精神病院裏に防空壕。英希が止めるのに聴かず蘭子と黎人はよせばいいのに潜入。頭を殴られ気絶。
自分、まったく予想してなかったのだが、ほぼ江戸川乱歩の少年探偵団の延長戦といったテイスト。

2人は目を覚ますと防空壕の中に暮林家の当主暮林義彦氏の次女清美(高3)の逆さづり惨殺死体。ミイラ男に顔の革を剥がされる場面。英希が間一髪駆け付け二人は無事。

だが、長女広美が風呂場で怪人に襲撃。これも英希が駆けつけ軽傷で済んだ。だが、屋敷建て替えのために立川のホテルに仮住まいしていた義彦の妻と息子が毒殺。義彦も部屋で刺殺(密室殺人)されているのが発見。
やはりミイラ男が目撃されていた。さらに、暮林家の老執事も書斎で射殺(拳銃自殺?)。これで5人が殺害。

二階堂蘭子が英米日の名作古典ミステリーオタク。警視正である父のコネで事件現場に介入。こんな女子高生がいるとは思えない。(高校3年生の12月だというのに受験勉強をしてる形跡がまったくないw)

蘭子は父や地元紙記者から情報を得て推理。屋敷の地下にも防空壕があることを発見。
そして犯人を指摘するのだが、まだ本は3ぶんの1ページも残ってる。ここからがまだまだ長い。蘭子の指摘は完全な間違いで恥をかく。

そして真犯人と対峙。展開が映画やドラマのよう。
江戸川乱歩に90年代新本格の要素を加えた意欲作。戦争中のフィリピン・ルソン島での舞台全滅エピソードなんかは横溝正史っぽくもある。

事件後に黎人と蘭子はそろってすぐそこに見えている地元の一橋大学に進学。
黎人は法学部だが、蘭子は理工学部・数学科?!え、一橋って商科と法科の単科大だと思ってたけど…と調べてみたら、やはり理工学部なんてなかった。ファンタジーか。

最後にとってつけたような真の動機が、エラリー・クイーン「十日間の不思議」を読んだことがある人は新鮮味さを感じないかもしれない。自分は密室トリックとかあまり好きじゃないし興味もない。

あと、こういった美少女ミステリーは人気イラストレーターや漫画家に任せた方がもっと売れる可能性がある。90年代の文庫作品の表紙はダサイものが多い。この文庫表紙では売れないと思う。

2023年1月5日木曜日

未解決事件 File.09 松本清張と帝銀事件

NHKスペシャル 「未解決事件 File.09 松本清張と帝銀事件」が放送された。12月29日にドラマパート、30日にドキュメンタリーパートを放送。夜9時からというゴールデンタイム。NHKは攻めてるなって感じた。

昭和23年1月26日、東京都豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店で、日本のみならず世界を震撼させた超凶悪事件が発生。それが帝銀事件。
保健所所員を装った何者かが赤痢の予防薬と称して行員他に毒物を飲ませ12名を殺害。

作家の松本清張は「小説帝銀事件」などでこの事件を追及。なにせ発生時の日本は連合国(米軍)占領下。とてつもなくきな臭いどす黒い謎。
警察の捜査は途中で軍関係者から日本画家平沢貞通に急旋回していた。以後、軍関係者の捜査は一切できなくなってた。

それは怪しい。行員を手中に統制把握しコントロールしながら毒を飲ませた犯人の手口に、軍の臭いと硝煙の臭いを感じる。日本画家にできるような犯罪じゃない。
そもそも警察内の誰一人として捜査方針に異議を唱えないっておかしい。なにやってんの?誰にでもできる簡単なお仕事なの?

物的証拠がなく自白供述だけで犯人とするなら、平沢以外に誰もこの犯行ができたものがいないことを示さないといけない。当時は誰もそこを攻めなかったのか?
ドラマパート(安達奈緒子脚本、梶原登城演出)で松本清張を演じたのが大沢たかお。すごく寄せててびっくり。ここというカットでは口の中に綿かなにか詰めてるの?

松本清張は北九州小倉の極貧家庭に生れ小学校しか出ていない。朝鮮で衛生兵として応召し、復員した後に印刷工から朝日新聞で広告図案を描くようになり、40歳で「西郷札」でデビュー。44歳のときに「或る『小倉日記』伝」で芥川賞。社会派ミステリー作家として社会に影響力のある人気作家に。ドラマではそんな清張の半生も描く。

そして「日本の黒い霧」で知られるノンフィクション作家。占領時代の闇と権力へ怒りの追及。文芸春秋の田川博一編集長とのコンビで事件関係者へと接触していく。

もう今の若者は帝銀事件を知らない。(いやオマエだって知らないだろ)事件の概要を説明しながら、やがて帝国陸軍と石井四郎731部隊、そしてそれを隠ぺいしたGHQ(ほぼアメリカ)へと繋がる壮大な暗黒の深淵。いや怖い。
清張せんせいは、服部卓四郎や有末精三といった帝国陸軍の参謀本部からアメリカ諜報機関の手先になった人からも話を聴こうとして、田川編集長から止められてたってびっくり。
下山事件現場を取材する松本清張…というシーンを見て、あ、この写真見たことあるって思った。(「日本の黒い霧」を初めて読んだとき自分も五反野や椎名町に行ったよね)
あと、「黒地の絵」で描かれた小倉基地からの黒人兵大量脱走シーンも再現してた。

今年は「エルピス」も盛り上がってた。そして松本清張と「帝銀事件」。テレビ業界にも今の状況に危機感を持ってる人がいるんだと。この国の権力は一般国民から厚い壁で遮られていて監視ができていない。
そして、30日よる9時から放送された「74年目の真相」。たぶん、何か新しい証拠がアメリカ公文書館から見つかったか公開されたんだと思ってた。期待して見る。

平沢貞通が逮捕された理由。それは以前その近辺に住んでいて土地カンがあった。生存者の面通しで「平沢が犯人だ」「似ている」とされたから。
だが、生存者のひとり竹内正子さんの証言では、「犯人の顔は卵型。平沢はほお骨が出ていて印象が違う。それに平沢のほうが年をくっている」というものだった。
竹内さんは事件のことをほとんど家族にも話さなかったが、娘さんの話だと「あの人ではないと思う」と一貫して語っていたという。

そして、帝銀事件で犯人が使用した「厚生技官 医学博士 松井蔚」名刺。この松井氏が平沢と名刺を交換したことを覚えていた。
犯人に似ている。松井名刺を持っていた。現場から盗まれた小切手の筆跡。出所不明の大金を持っていた。などなどの線から逮捕。自供に追い込まれる。
終戦直後の警察がどのように取り調べをしたのか?容易に想像がつく。平沢も公判でそれをほのめかし自供を覆して否認に転じた。

今回、番組で門外不出とされていた再現フィルムが登場。警察で再現映像が撮影されたことは「小説帝銀事件」で知っていた。初めて実物を見た。(平沢の目の前に突っ立ってる無表情無言男は何なん?)

この平沢の供述と犯行手口の再現が、公判のものとまるで違っている。生存者が目撃した駒込ピペットの持ち方と違うし、飲み込み方の説明しぐさも違う。A試薬を飲んでB試薬を飲むインターバルも違う。
当時はなかった「テキストマイニング」という手法で立命館大学の稲葉教授が取り調べ調書を分析。犯行に使われた毒物が「青酸カリ」とされたのは、取り調べ2日目で高木検事が「青酸カリ」という言葉を切り出したから。

コルサコフ症という虚言癖妄想癖のあった平沢は、犯行自供後は「塩酸」という言葉を使っていたのだが、検事の「青酸カリ」にひっぱられて、以後に青酸カリという言葉を使って供述説明していく。
(今後は何か冤罪をでっちあげないといけなくなった刑事や検事は、後世の分析に耐える文書にしないといけない。大変な世の中になった。)
警視庁の甲斐文助捜査一課長が事件から平沢逮捕までの7か月の2289ページにおよぶ捜査手記を残していた。これを明治大学の山田教授が読み解く。

松井名刺や目撃証言を重点的に当たっていた捜査員たちはやがて、松井博士が南方防疫給水部に関わっていて、その線から731部隊と、第九研「登戸研究所」に行き着いていた。早々に日本軍の秘密部隊が捜査線上に浮かんだ。
捜査員は石井四郎元隊長の居場所を突き止めて話を聴きに行く。石井「それ、俺の部下な気がする」
さらに、登戸研究所幹部だった伴繁雄の証言によって遅効性の毒薬「青酸ニトリール」の存在を把握。
厳重に管理されていた青酸ニトリールがどうやって外部に流出した?戦後すぐのころは元所員が自決ように持ち出すことを容認していたらしい。それは元登戸研究所の北沢隆次氏がそう証言してる。(番組ではその肉声テープも公開)

だが731部隊に関する捜査はタブー。細菌戦や人体実験に関するデータはアメリカ軍が接収し保護。部隊関係者は末端に至るまでGHQ(アメリカ軍)が戦犯訴追を免訴し保護。(石井部隊は中国・ソ連にとっては憎む敵だが、アメリカ人からすると有用な人物)
これにより、元隊員たちは固く口をつぐむ。それは取引。
帝銀事件の闇を調査研究してるアメリカ人ジャーナリストがいる。ウィリアム・トリプレット氏はアメリカ公文書館から帝銀事件に関するGHQの文書を発見。
秘密部隊731部隊を帝銀事件と関連付けて警察が捜査してることを知らせるような記事の掲載を止めさせていた!日本国民は最初から知る手段がなかった。

新聞記者の証言によれば、このころに警視庁の刑事部長から「取材をやめてくれないか?権威筋からの命令があるのでやめてくれ」とくぎを刺されたらしい。
さらに、番組は元GHQ諜報員アロンゾ・シャタック氏(96歳!)にインタビュー。「当時のGHQは石井部隊の研究データを得ていた」「全容を把握していた」

帝銀事件の8か月前のトップシークレットの判が押されていた書類に、石井部隊にいた隊員たちの「免責」が書かれていた!そのことは口外が固く禁じられていた。石井部隊の存在が世に知られることをGHQは望んでいなかった。
石井四郎部隊長の自宅には「GHQ関係者が年中来ていた」「アメリカとソ連が父を取り合いしていた」「どうしてもデータがほしかった」と娘さんが証言する肉声テープも公開。

松本清張が聴き取り調査したくてもできなかった有末精三と服部卓四郎の元へも捜査員が行って話を聴いている。
有末「軍の秘密を聴くのは無理。似寄り写真などから捜査すれば?」
服部「石井部隊にはGHQがついてるってことを忘れるなよ」
軍という組織はセクションごとに秘密は他に漏らさない。それは戦争が終わっても絶対。

警察が最重要容疑者としてマークしていた人物がいる。満洲で中国人やソ連人の反日スパイ活動を取り締まっていた元憲兵A氏だ。「反日活動家を毒殺したことがあるらしい」「帝銀事件のような犯行をやりかねない」「目撃証言のモンタージュ似顔絵によく似ている」と捜査手記に書かれている。
戦後にまとめられた「全国憲友名簿」という名簿書籍にその憲兵Aの名前は確認できる。昭和49年2月24日に亡くなっているという情報を得た。Aの実名を知りたければそこからたどれそうだ。

もし昭和20年代30年代にFOCUS編集部の清水潔氏のような人物がいれば、このA氏の写真を撮影することも可能だったろうに。この人物がどれぐらい目撃似顔絵に似ているのか知りたいのだが、その写真がない。

青酸ニトリールという名前を出してしまった登戸研究所の伴繁雄は、公判のための意見書で犯行に使われた凶器を「青酸カリ」と変えてしまった。結果、平沢の死刑判決に加担。
だが、登戸研究所資料館に伴の手記が遺されている。これによれば、GHQ・G2(参謀二部・諜報部門)に召喚。威圧的に「巣鴨プリズンに収監する」と脅されたらしい。「ギブアンドテイク」の約束をしたらしい。その後は一切事件に関して口をつぐんだ。それは怖ろしい。GHQの占領が終わって日本が独立国になった後も一切喋れないとか怖い。

秘密部隊に所属していた元隊員が、わが身可愛さと身の安全のために口をつぐんだのはわからないでもない。だが、多くの捜査員が軍関係者を捜査していたのに、日本の警察は上からの圧力でいっせいに末端に至るまでが方針を変えた。気骨のある警察官はひとりもいなかったのか?恥ずかしくないか?

無辜の市民12名の命が奪われたのに、真犯人が別にいる可能性があるのに、知らん顔で平沢に罪を押し付けた司法も警察と同罪。(歴代法相はたぶん何かを知ってて死刑執行命令に判を押さなかった)
「慎重に判断した結果死刑が相当である」と判決を下した江里口清雄裁判長以下、裁判官たち全員も同罪。青酸カリ飲んだらすぐ苦悶して絶命するだろが。目が節穴なの?
あと、記者クラブ制度で警察と協力共存してる大手マスコミ。自分の仕事を子どもたちに胸を張って言えるのか?

今現在20回目の再審請求中。検察は取材に対し「個別の事件には答えられない」という回答。
じゃあ何なら答えられるんだ?検察って何のためにあるんだ?国民から何を隠してるんだ?検察は国民の敵なのか?もっとオープンに裁判や証拠を論議できないのか?改組する必要はないか?

とても素晴らしい番組だった。あと、この未解決事件Fileのテーマ曲で聴こえる女声ボーカルが、今年亡くなったおおたか静流さんだったことに今回初めて気づいた。

2023年1月4日水曜日

鮎川哲也「太鼓叩きはなぜ笑う」(1973)

鮎川哲也「太鼓叩きはなぜ笑う」を創元推理文庫(2003年初版)で読む。これが安楽椅子バーテン探偵譚「三番館シリーズ」の第一集。1972年から73年にかけて雑誌に掲載された短編5本を集めた一冊。これは昨年3月にBOで110円で購入。では掲載順に読んでいく。

春の驟雨(小説サンデー毎日1972年1月号)
突然の驟雨、雨宿りで入ったデパートでスカートを斬りつけられたと婦人から冤罪を掛けられた青年はショックで仕事を休んで鎌倉へ行ってぶらぶら。だが、その婦人が殺害され容疑者になってしまう。アリバイを証明できるのはトタン屋根を塗っていたペンキ職人だけだが、鎌倉を探しても該当する屋根の家が存在しない。

弁護士から依頼された探偵が無実青年のアリバイを証明するべく奮闘するも行き詰まり、銀座の三番館のバーテンにヒントをもらう。

これがこの本の中で一番面白かったかも。このシリーズの探偵は毎回最後が突破できずにバーテンを頼るけど、わりと有能な気がする。

新ファントム・レディ(小説サンデー毎日1972年9月号)
製薬会社課長がゴロツキ探偵に艶文の件で強請られそうになるのだが、課長夫婦は双方で浮気公認で強請りを追い返す。だが、その探偵が後日殺害。
容疑者になった課長は夜な夜な女漁りをしていたのだが、行きずりの女性と行った中華料理店の従業員がそろって「そんな人は来ていない」という。

そして探偵さんの奮闘もむなしく、課長のアリバイを証明できない。だがバーテンさんがヒントを出す。「アイリッシュの『幻の女』を読んだことある?」
ま、そんなことだろうと思ってた真相だが、バーテンさんの論理の確かさと知識の豊富さに驚く。

竜王氏の不吉な旅(別冊小説宝石1972年9月爽秋特別号)
スーパーで万引き容疑を掛けられた夫人の夫からの依頼。夫人を強請ろうとしたスーパー主任が殺害されて容疑を掛けられている。探偵はもう一人の容疑者(作詞家)が怪しいと踏んでアリバイ崩しにいどむ。
これは鉄道アリバイ崩しを含むのでちょっと古さと時代を感じる。
小岩のキャバレーは土地を売って大金を手にした東武鉄道沿線の農民とその倅が客としてやってくる場所?そのへんの事情は大正生まれの著者ならではの知見。

白い手黒い手(小説サンデー毎日1973年3月号)
楽器店にかかってきた電話で幕張までおびき出されたピアノ販売営業が殺人事件の容疑者にされる話。
ここまで読んだすべてで動機があってアリバイがないだけで、もれなく警察に逮捕されている。すべて真犯人の思う壺。いくらなんでも警察はこんなにアホじゃないと信じたい。
本来なら警察がやるべき裏取り調査をすべて探偵がやってる。こんなの誰だって「警察、ちゃんと仕事しろ!」って思う。

太鼓叩きはなぜ笑う(小説宝石1973年5月号)
これも恐喝されてる被害者が、恐喝者が殺されてさらに容疑者にされる話。とにかく警察がアホ。
この短編に収録されている5本どれもおなじテイストで味に変化がない。「またあ?」って思わずにいられない。ただ、バーテンさんの着目ポイントには感心する。

これで個人的に鮎川「三番館シリーズ」3冊目だったのだが、今までで一番刺さらなかった。どれも似た要素の作品。ユーモアが足りない。松本清張短編と似た雰囲気。

2023年1月3日火曜日

岸辺露伴は動かない シーズン3

今年もまたまた「岸辺露伴は動かない」が帰ってきた。この企画が3年に渡って製作されるとは思ってもなかった。第3弾が2022年の年末12月26日、27日の2夜連続で放送。
小林靖子の脚本。渡辺一貴の演出。菊池成孔の音楽。キャスト(レギュラーは高橋一生と飯豊まりえの2人しかいないが)はずっと変わらない。NHKエンタープライズの制作。

今回は第7話 「ホットサマー・マーサ」第8話 「ジャンケン小僧」 という回なのだが2話独立したものでなくシリーズのようになってる。
ホットサマーマーサというキャラが丸が3つなのか4つなのかという点でこだわりが強すぎる岸辺露伴が巻き込まれた出来事。

ともに四つ辻で辻神に惑わされ思いもよらぬ騒動に巻き込まれる。一体何と戦っているのか?という回。

時間を飛び越えてしまった露伴。ホットサマーマーサのキャラ設定やグッズで判断を誤る。神社の境内にある御神木の祠にあった古鏡によって時間が飛んだ?どうやら陰に相当する自分が自分のあずかり知らぬところで勝手に振舞ってる?
露伴邸にまで押しかけてくる自称ファンというずうずうしい女とラブラブな時期を過ごしていた?!
このイブというキャラを演じた古川琴音という女優がすごく荒木飛呂彦マンガに出てきそうな顔で感心した。
背後から迫って首に薬品を注射してくるキャラが怖い。Sキングのミザリーみたい。
自分のせいでそうなったんじゃないのにホットサマーマーサのキャラが気に食わないと絡んでくる小学生も四つ辻の憑神か何かに取りつかれてた?

ジャンケンのガチ真剣勝負ってアメリカ横断ウルトラクイズかよ!って思った。
今回の2エピソードは各話54分はちょっと長いと感じた。じっくり時間を取りすぎて冗長に感じた。
そして、泉京香(飯豊まりえ)とのやりとり。次回作は初の海外?という含みをもたせて2022年岸辺露伴を締めくくった。次回は2023年の年末?

2023年1月2日月曜日

新ヤング・インディ・ジョーンズ①「魔海の伝説」(1993)

新ヤング・インディ・ジョーンズ①「魔海の伝説」(1993)レス・マーティン作、富永和子訳の偕成社版で読む。表紙イラストはアメリカの少年向けのそれだが、日本語訳の本編さしえイラストは北殿光徳。日本の子ども向けテイスト。
Young Indiana Jones and the Titanic Adventure by Les Martin 
Copyright© 1993 by Lucasfilm Ltd.(LFL)
自分「ヤング・インディ・ジョーンズ」というシリーズが存在することを、この本を見るまでまったく知らなかった。
アメリカではテレビドラマ版も放送。そいつはVHSビデオテープとかでしか見ることができないらしい。なので自分はヤング向け小説版で読む。

実はこれ、2年ほど前に図書館で廃棄するリサイクル本としてそこに置かれていたのでもらってきたもの。8冊あったすべてをもらってきた。「新」とあるからには前シリーズがあるはず。調べてみたらアマゾンにも古本が出品されている。さらに読みたくなったら古本で買うか図書館を頼るだろうと思う。では新シリーズ第1巻から読む。

1912年4月8日、13歳のインディ少年はロンドンにいる。シャーロック・ホームズのファンだったインディはコナン・ドイルにファンレターを書いたら返事が来た!家庭教師だったミス・シーモアは親類から莫大な遺産を相続してイギリスの屋敷に住んでるお金持ち。ミス・シーモアの費用持ちで英国へ。(インディ少年は考古学者の父と世界を何度も旅してて、すでに語学もできる)

優しいアーサー・コナン・ドイル卿とクラリッジェス・ホテルでの面会後、なぜか一緒に占いの館へ。このころのドイルはオカルトに凝っていた。そこで占い女から不吉な予言。「船旅で危険と大惨事に遭う」
だが、インディ少年は意に介さない。

4月10日水曜日、帰国するインディはミス・シーモアと一緒に世界一の豪華客船タイタニック号の1等室に乗り込む。こんなにも巨大な船が沈むわけない!

そこには自称元近衛騎兵隊の女たらし紳士、スコットランドヤードの刑事、怪しいドイツ人二人組、密航者の少女、アイルランド独立派、ワーグナーオペラ歌手、国の宝のダイヤを取り戻そうとするインド人、などなど、怪しい人々でいっぱい。
婦人参政権運動も過激化。インディ少年は国際的な陰謀と危機に巻き込まれる!

敵と味方、正体を隠した人々との騙し合い。中学生以下を対象にした本であっても正直面白かった。
「魔海の伝説」はジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」(1997)よりも前。タイタニックは昔からクリエイターたちの想像を刺激していた。

スピルバーグ監督の映画シリーズにも負けない面白さ。この本を脚本にすれば必ず面白いものができるに違いない。映画かドラマシリーズとしてリメイクするべきだと思う。
たぶんヤングインディジョーンズに大人のラブコメ要素を足したものがインディジョーンズ。

2023年1月1日日曜日

長澤まさみ「エルピス」(2022)

長澤まさみ主演ドラマ「エルピス -希望、あるいは災い-」(全10話)を完走した。初回からずっと、ほぼリアルタイムで見ていた。

2022年秋ドラマとしては「Silent」には及ばなかったかもしれないが世間の注目も高い話題作。脚本の渡辺あや氏とカンテレの佐野亜裕美(東大卒)が6年温めてた企画。たぶんだがふたりは2000年代に出版された清水潔氏の調査報道ジャーナリズム本に触発されたに違いない。
第3話まで脚本ができた段階で主演を長澤まさみにオファー。まさみは即快諾だったらしい。
演出に大根仁の名前がある。長澤まさみと大根仁といえば「モテキ」。この監督はほれ込んだ女優がブスに映ることを許さない。今回のドラマもまさみシーンがどれもビシッとまさみの表情が決まってた。それと日本の民放ドラマらしくないカットがさすがだ。じっくり時間をかけて撮ってたのかもしれない。
音楽は大友良英が担当。そこも話題。
長澤まさみ演じる浅川恵那は元人気ナンバーワン女子アナ。路上キス写真を撮られて報道ニュース番組から深夜情報バラエティに左遷され人気女子アナの座から転落…という役どころ。
えなーズアイというコーナーを持ってるのだが、アイドル女子アナに徹して笑顔を振りまきテキトー投げやり。

そんな満ち足りない日々を過ごしてると、一流大卒だがテキトーぼんやりAD岸本拓朗(眞栄田郷敦)がもたらした冤罪死刑囚の問題。こいつを調べてみると県警がかなりずさん捜査をしていたことが判明。何かにとりつかれたように調査開始。
人気失墜女子アナの逆転を狙った大博打。というか冤罪被告と被害者遺族への同情と真実のための戦う決意。情報番組のコーナーでゲリラ放送。世間の反応もかなりいい。

従来のまさみ地上波ドラマにはなかったシリアス路線。フザケまさみを封印。
まさみは日本映画でも多くの受賞歴があって真面目に真剣に演技に取り組んできた人。だがその一流の演技力がまだお茶の間に浸透してなかった。長澤まさみの真剣シリアス演技と力量に多くの人が驚きと賞賛。
この女子アナがずっと水しか飲んでいない摂食障害。そして睡眠障害。(なのにキレイ)
だが、健康管理のために日々ランニング。トレーニング姿で出社。

写真週刊誌の件で一度は破局した報道部官邸キャップの斎藤正一(鈴木亮平)とまたいい感じ。すると食事も採れるようになるし、眠れるようにもなる。
かつての男がまた部屋に出入りするようになると女子アナはでかいベッドを買っていた。「じゃあ、なんでベッド買ったの?」には視聴者からツッコミと悲鳴w この男が女の部屋に自分の居場所を作っていく。
今回驚いたのが女子アナまさみが上司チーフプロデューサー村井(岡部たかし)から「ババア」だと徹底的にセクハラパワハラされてること。まだ32歳なのに。どうしてこんなやつが社内コンプライアンスに引っかからずクビにならない?

仕事ができるのか?いや、そんな感じじゃない。偉い人に媚びへつらう処世術がありそうにもみえない。自分にはこの人が初回からリリー・フランキーに見えていた。
スナックでのカラオケ打ち上げ飲み会シーンが酷い。なぜに選曲が「ガラガラヘビがやってくる」なん?
テレビ局報道と政治、警察の上層部、司法、検察、そういった一般庶民にはまったく目に見えないどす黒く渦を巻く闇。よほどの覚悟がなくては冤罪を扱えない。

調査するにつれ明らかになっていく不審な点。情報を持って接近してくる刑事、岸本が脅迫したからと圧力をかけてきて岸本を解雇させるシーンには多くの視聴者が怒りと困惑。
視聴者もそのへんの脚本に釘付け。

第1話で安倍晋三首相の映像が流れたときちょっと世間でザワついた。だがこれは死者を揶揄した意味合いはまったくない。
ハリウッド作品でも当時の雰囲気を表すために大統領テレビ演説画像を入れたりすることはよくある。
テレビ報道は政治家の言葉を無批判に伝えるだけの公報機関になってはいないか?という自己への問い。
自分からするとやはりフィクションの限界も感じた。ストーリーに無理がないように整えられた感じ。固有名詞はすべて仮名。
現実リアルのほうがもっとフワッと謎や矛盾や闇があって得体がしれないし怖い。

警察が批判の矛先が向かないように、被害女性が一般市民と違う派手好き風俗嬢のように情報操作リークしてくるとか、過去に警察が実際にやった所業。それぐらいこの社会は腐ってる。
弁護士六角精児もいかにも国選弁護人っていう蛇のような目をした感じがぴったり配役で感心。
だが、偽証した目撃証人が逃亡した件で浅川に怒りの電話をしてて「?!」って思った。あいつの顔を見れば被告側のために偽証を認めてくれるようなタマじゃないだろ。どこかでひっそり処理されてるのがオチだろ。むしろ浅川岸本チームに感謝すべきだろ。

その一方で岸本の母筒井真理子弁護士がまるでバブル時代のマダム。息子を甘やかして育て「冤罪と再審請求」に質問してくる息子に対して「そんな難しいこと考えないでいい」とか、とても司法関係者母が言うようなことじゃない。意識低すぎ。
このドラマの主人公は途中から眞栄田郷敦岸本になっていた。はあぁ、この俳優はいままで軽い役しか見てなかったので衝撃を受けた。序盤の軽薄さが嘘のように激変していった。ひとつの事件を追うと人生が狂う。そんな役をドラマにはもったいないぐらい立派に演じてた。

斉藤鈴木亮平とまさみのシーンがいままでドラマで見たことないぐらい大人のシーン。仕事も充実、恋にも希望。小料理屋で指輪…というシーンでのまさみの笑顔は見るのがつらかった。(インスタの写真もしゃれになんないぐらいつらい。実生活でこんなことがあったりしないか心配)
まさみは結婚とか興味を持ってほしくない。できれば男が嫌いでいてほしいぐらい。
浅川は冤罪の証拠をつかんで世間の注目をあびて報道部のメインキャスターへ返り咲く。だが官邸と強いパイプを持つ斉藤は窮地。局を退社しフリーの評論家へ。三十代の女にとって男が去っていくって泣き叫ぶほどの事態なのか。

岸本主役回ではむしろ浅川も体制側の人間のようで怖いし困惑だった。「現場はもっと複雑」とか言うやつには聞く耳をもたなくていいが、みんな家族を養わないといけないとか言われると言葉がない。
今回のこのドラマ。事前から話題作になると聞かされていた。その通りだった。
政権スキャンダル報道とテレビ。今までになかったドラマだった。最初から最後まで面白かったし次回も見ようという推進力がストーリーにあった。
最終回もよかった。日本の闇は誰も全体像を見ることはできない。水戸黄門や遠山の金さんみたいにスッキリと悪人を成敗なんてしてくれない。こんなラストがふさわしい。

実際の過去の政権スキャンダルと報道の現場も最終回みたいなギリギリの取引があったのかもしれないなと思わされた。これをみればロッキードやリクルートで秘書が何人も自殺したり、証人喚問でブルブル震えて宣誓署名できない事態も理解できた。

2時間の映画でできないことを、全10話でできる適切な配分で過不足なく伝えていたように感じた。脚本と演出、そして出演者。みんなの献身努力ががっちり噛み合ってた。2022年を代表するドラマだった。
中学生のときから見ていた長澤まさみがすっかり大人の女性になってしまっていることを思い知らされた。このドラマを見るまで、自分はどこかまさみを「プロ大」や「ラストフレンズ」のころのまさみのままで見ていた。もうまさみのほうが自分よりも完全に大人。

なにせ出演作がすべて話題作になるという国民的女優。仕事とキャリアの積み重ねがさらに女優としての高みへ。もうはるか先を進んでる。もう手に届かない距離にいる。もうまさみちゃんなんて気安く呼べない。ちょっと哀しい。

このドラマはエンディングも楽しい。ノリノリで明るく楽しく料理してたら、途中からダークな雰囲気になっていく。ドラマを象徴するシーン。
主題歌Mirage Collectiveの「Mirage」。まさみは歌唱でも参加。MVにも登場。
まさみは2022年も映画とテレビドラマを両輪にして活躍。すごい女優だよまったく。