2014年2月11日火曜日

大岡昇平 「ながい旅」(1982)を読んだ

大岡昇平「ながい旅」(1982 新潮社)がそこにあったので読み始めた。自分は13歳ぐらいのときに「野火」という本を読んだことがある。おそらくほとんど理解できていなかった。それ以来の大岡昇平の著作。戦犯裁判に関するドキュメンタリー。自分は普段避けている戦争犯罪という人間の極限状態がテーマ。

太平洋戦争末期に起こった27名の米軍捕虜処刑事件の責任を負わされた東海軍管区司令官岡田資中将の戦犯裁判と判決後のスガモ・プリズンでの様子と信仰が描かれている。絞首刑というものがどういうものか教えられる。重い……。

捕虜殺害という非人道戦争犯罪への復讐に燃えるアメリカと、無差別爆撃こそ非人道的な殺人でジュネーブ条約の「捕虜」にあたらないと主張する弁護側。正直言って自分はどちらの味方もしたくない。

軍施設を狙った空爆にたずさわった者は捕虜収容所に送られた……というように、両者は明確に区別されたという。

米兵の命を1人でも救うために、日本の戦意喪失をねらって、銃後の無辜の民を火の海に逃げ惑わして何万人も殺す……。これってどうなの?大人は誰もこの疑問に答えてはくれない。それは言っちゃいけないのが日米暗黙のルール?

撃墜された爆撃機の乗組員は降下投降するのだが、家族が殺され火の中を逃げ惑った人々に敵国兵士を思い遣る気持ちの余裕はない。「人をたくさん殺しておいて自分が生きようという考えは潔くない」と証言した主婦がいたように、当時の日本人は戦争だから無差別空爆されるのも仕方がないが、捕虜でなく「戦犯」が処刑されるのも仕方がないと考えていた。日本人は戦国武将とかの講談とか聞きすぎていた。そう考えるのも当然だったかもしれない。

自分は大岡昇平というと兵士としての戦争小説というイメージがあったのだが、裁判をテーマにした著作もあるって今回初めて知った。この本はほとんどずっと国際戦犯法廷での弁護側検察側の証人質問が続く。ここは読んでいてなかなかイメージが難しい。処刑という判断の陸軍内部での手続きや意思決定のされかたが焦点となった。被告に有利不利な証言かどうかがはっきりとはわかりずらいものがある。自分には難しかった。

B級C級の戦犯容疑を掛けられた人の中には、普通の市民として生活していて兵士に召集され、不運にも捕虜虐待に関わってしまった人が多かった。誰かが責任をとらなければいけないが、不運だった。手を下した兵士たちも上官からの命令を拒めるかどうか……。連日の空爆で余裕を失っていたにしても、死刑という重大な決定は可能な限り慎重になるべきだった……。

池袋サンシャイン60の傍にある公園、あの場所は怖ろしい。

2 件のコメント:

  1. 川崎鶴見U2014年2月11日 22:10

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    頭の中で大岡昇平と火野葦平(「麦と兵隊」)と火野正平(人生下降線)がゴチャゴチャに(笑)
    大岡昇平は戦記文学の印象だけど、最初はスタンダール等の仏文学をやっていた。臨時召集された社会人だから、軍隊や捕虜収容所で、上官たちの愚かさや未熟さを冷静に見極められたのでしょう。
    英語・仏語OKなので、ミンドロ島で、捕虜になっても米軍と意思疎通できる。
    「俘虜記」では年若い分隊長が、部下に任務を押し付けることに責任を感じていつも先頭だったから好きだったと書いてある。(実際に最初に死んだそうだ)
    きっと、自分一人で罪を背負う覚悟で、正論で裁判に臨む岡田資の姿には、感じるところがあったのでしょう。結局、上が責任取れば、沢山の下の人たちは救われるのに雲の上の人たちは、いつでも醜く責任を押し付けあうばかりだから。(と想像する。「ながい旅」は読んでません)
    大岡の本も、いまや、簡単に手に入るのは「武蔵野夫人」ばかり・・・。
    皆様より遅れましたが、やっとCDJのフラフラの映像を入手しました。
    か! かっけー! 
    ��ui様あ!  あ・・・涙が出る!

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    たしかに火野葦平とごっちゃになってる。
    大岡もエリートだったので従軍していて無能な上官に相当腹が立ったことだろう。でも、ごくたまに立派な人もいた。責任を押し付ける上司ほど醜いものはない……。
    CDJのyuiは開始早々に「やっちゃった」という笑みを浮かべている。

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