池宮彰一郎「事変 リットン報告書ヲ奪取セヨ」(1982)という本をもらったので読む。池宮彰一郎(1923-2007)を読むのは初めて。この作家は軍隊生活後に脚本家を経て92年に59歳で作家デビューという経歴。
この本は昭和57年に祥伝社より「幻の関東軍解体計画」という題で刊行。後に加筆改訂され新潮文庫化。そして作家の死後、平成19年6月に角川文庫から「事変 リットン報告書ヲ奪取セヨ」というタイトルで刊行。
松岡洋右を主人公にした、松岡から見た満州事変と、国際外交の裏で進行していた謀略を描いた小説。
東京に生まれた著者は幼少期を静岡県沼津市で過ごした。プロローグで、沼津には戦前まで御用邸があり、要人がやってくると市内の小中学生が出迎えに動員された想い出が語られる。
東海道線(当時はまだ丹那トンネルがない御殿場回り)で沼津に降り立った松岡洋右を地元要人が出迎える。興津の西園寺公を訪ねるのかと思いきや、そのまま松岡の故郷の山口・三田尻へ直行するという。
満州事変で欧米から非難された日本は国際連盟を脱退。大国に屈せず堂々と颯爽と国連から去った松岡は国民的英雄として迎えられた。筆者によれば松岡は思ってたより背が低かったという。
満洲で入隊した筆者はソ満国境で斥候に出される。そこで知り合った三浦から、自分は松岡からの指令でリットン調査報告書を盗み出したという…。
この三浦公介は上海の東亜同文書院で学んで松岡の元で働いていた。
上海事変を収めなくてはアメリカと戦争になると危惧する松岡。白川大将を懸命の説得。
リットン調査団は東京で犬養首相や日本政府首脳と面会。このとき、荒木陸相が調査団に「こいつ頭おかしい」という悪印象w
財界人にも話を聴こう。だが、三井の番頭・團琢磨は血盟団により暗殺。さらに日本のイメージを悪くする。
舞台は上海。リットン卿VS.松岡洋右。苦学して外交官となった政治家の松岡の論旨は明確。満洲は漢民族の土地ではない。張作霖が支配してたとき欧米列強は何も言ってなかったのに、なぜ満洲が独立するのが悪いのか?
だが、リットンは煮ても焼いても食えないしたたかな貴族外交官。
松岡は明治法律学校で半年だけ同級生だった光行次郎と再開する。光行は検事長になっていた。諜報機関のない日本がリットン調査団の報告書を事前に盗み見ることはできないだろうか?関東軍の暴走を阻止するためにも、なんとか報告書の内容を先に知っておきたい。
光行は検事として知りえた人材を紹介。なんと泥棒の常習者、東京一円の掏摸組織の親分・吉五郎を紹介。この人が声をかければ、錠前破り、贋作師、女掏摸、その道のプロが集まる。
ここから先がまるでルパン三世だしスパイ大作戦。調査団のたくさんのトランクの中から必要な書類、メモを抜き出して複写し、知られないように元に戻したい。
欧州は諜報活動と工作の本場。英国の警備担当がどうやら唯者じゃない。実に念入りだしプロフェッショナル。そんな欧州の大国に、国家としての諜報活動の伝統のない日本が、まして松岡の子飼いのような三浦が対等に渡り合えるのか?日々外交で鎬を削る松岡は不安。スリルとサスペンス。
報告書を盗み見る作戦はある程度までは成果があったのだが、5.15事件によって犬養首相が斃れ政権が変わり、おそらく吉沢外相は留任できない。となると、作戦は中止。
だが、三浦はソ連の諜報部員を見かけ、重大な文書を奪取に成功。この文書が日本の運命を変える。だがそれは松岡の手に渡るのでなく、関東軍の首脳たちに渡ってしまった。
日本と中国、外務省と関東軍、英、米、ソ連、国際連盟、の謀略と腹の探り合い。満洲をめぐる国際政治のチェスゲーム。
西園寺公望、牧野伸顕、板垣征四郎、石原莞爾、土肥原賢二、甘粕正彦、片倉衷、永田鉄山といった人々も登場。
これ、読んでる最中、史実なの?!とずっと疑問だった。吉村昭のようなノンフィクション歴史小説なのか?ほぼ創作な司馬遼太郎のような娯楽作品なのか?
これは満洲をめぐって、日中と英米各国との諜報工作と情報戦を、史実とフィクションをまぜあわせた硬派なスパイ小説の雰囲気も持った満州事変時代小説だった。
池宮彰一郎は池上金男というわりと知られた脚本家だった。そしてペリリュー島から生還した兵士。直に戦争を見てきた老作家が現代人に「満州事変とは何だったのか?」「日本は中国大陸で何をしたのか?」を教えてくれる一冊だった。池宮彰一郎は戦後、東京裁判を傍聴し、肺病で痩せ細った松岡を見たという。
もらってきた本って、それほど面白ものに当たる確率は高くないのだが、これは最初から最後まで面白かった。元脚本家なだけあってまるで映画。それでいて満州事変への理解も進む。強くオススメする。てか、松岡洋右でNHK大河ドラマをつくるべき。
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