2024年5月17日金曜日

上原善広「発掘狂騒史」(2017)

上原善広「発掘狂騒史 『岩宿』から『神の手』まで」(2017)を読む。
これは新潮社「石の虚塔 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち」(2014)を改題し新潮文庫化(2017)したもの。
著者は1973年大阪生まれで大阪体育大卒のノンフィクション作家。2010年に大宅壮一ノンフィクション賞、2012年に雑誌ジャーナリズム大賞を受賞という経歴。

この本では3人のレジェンド考古学者を扱う。相澤忠洋、芹沢長介、そして藤村新一。日本における旧石器時代を語るうえでこの3人はセット。ただし、藤村は業績のほとんどが捏造で日本の考古学と史学に大迷惑。

冒頭で著者が福島県南相馬市で名前を変えひっそり暮らす藤村の自宅をアポなし訪問する場面から始まる。「相澤と芹沢さんの話を聴きたい」と何度も訪問し自宅に上がらせてもらう。藤村の趣味がクラシック音楽鑑賞だったって初めて知った。訪問したときにレオンカヴァッロ「道化師」DVDを見てたり、電話でベートーヴェン第九を聴かされたり。

昭和20年台に桐生市在住のアマチュア考古学研究家・相澤忠洋岩宿遺跡を発見するまで、日本には石器時代はないと信じられていた。中央の学閥とつながりのない青年の発見が学会の常識を覆す。それはまさにドリーム。

相澤の家族が一家離散してたり孤独な少年時代だったことを知った。浅草の履物店の小僧として引き取られ、勉学などもってのほか。子ども時代から土器や石器に強い興味。だが戦局の悪化。艤装員だったので実戦経験のないまま復員。桐生に移り住む。そして石器を掘り出す。

旧石器時代研究ゼロ年。今も学者先生方は性格悪い人多いが昔はもっと多い。学問上の名誉の先陣争いと縄張り争いと牽制。みんな相互に批判しあってる。日本に石器時代があったことを誰も信じないし、新聞記者たちも冷めた目。

芹沢長介は結核で入退院を繰り返した後、人より10年遅れて明治大学に入学。(父は染色家で柳宗悦と民藝運動を進めて後に人間国宝・芹沢銈介)
「登呂の鬼」杉原荘介(気分屋でアル中で短気)の下で苦労して考古学の現場で学ぶ。当時はまだ考古学をやってる大学は東大京大以外の私学では明治か国学院しかない。
相澤忠洋が認められたのは芹沢のおかげ。後に東北大教授。かなりできた人。軽く見られてた相澤を芹沢は賞賛。

手柄を明治の杉原に奪われたと思い込んだ相澤は以後、明治を毛嫌いし、明治の考古学学生にも冷たく対応。
明治大から国立の東北大教授となった芹沢はふさわしい業績のために焦る。芹沢の仕事は評価されず次第に孤立。前期旧石器時代をめぐる論争は膠着状態。

宮城県古川市に藤村新一という大柄な青年が現れる。仙台育英高を卒業後に東北電力の下請け計器会社で働くサラリーマン。石器に強い感心を持つ。
捏造事件発覚後の藤村はかなり変な人に見えるのだが、この当時を知る人の証言でも藤村は最初からヘンな人で嘘つき?!芹沢はこの青年に、死んだ相澤に代わる何かを見出し、愛弟子としていく。高齢になった芹沢には藤村石器を見分ける力を失っていた。

藤村ばかりが石器を発見することに疑問を持った人々が現れる。明治から東京教育大(筑波大)大学院、フランス留学をした竹岡俊樹が藤村の捏造を暴く。

しかし、すでに「神の手」を批判することは許されない。批判論文を発表すれば罵詈雑言。
そして藤村石器に疑問を持っていた毎日新聞北海道支社取材班が結成。張り込み取材の末に決定的映像の撮影に成功。

あとは藤村に証拠を突きつけるだけなのだが、藤村は取材をドタキャンすることで知られていた。だが若い女性の取材は受けるらしいw その若い女性をエサにおびき出し、「魔が差した」と自供させた!
このへんはドキュメンタリー番組や特集ニュース、解説ネット動画などで何度も見たやつ。

周囲は藤村が自殺するのでは?と心配したりもしたのだが、藤村はそんなタマではなかった。やはり目立ちたいからやったし自慢げ?著者の質問にも肝心な箇所では覚えていないとはぐらかす。

しかし、この本は多くの関係者証言とか情報量が膨大。簡潔に説明することは不可能。教科書を書き換えるまでの事態に発展したこの捏造事件に関心のある人は一度読むべき。著者あとがきにも心を打たれた。
学問の世界は怖い。もうこれからは大学へ行くのは学者を志望する人だけにしてほしい。ほとんどの人はその学問を一生の仕事にする気などない。

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