2023年9月1日金曜日

井上靖「敦煌」(昭和34年)

井上靖「敦煌」(昭和34年)を新潮文庫で読む。この本は講談社から単行本が出た後に昭和40年に新潮文庫化。
この本は後に日本人にシルクロードブーム、西域ブームを起こした。自分はもうあんまり井上靖を読もうと思わないのだが、以前からこの本は読もうと思ってた。

趙行徳くんは郷里湖南の田舎からの都開封へ上った進士試験受験生の一人。32年間片時も書物を手放さず、優秀な成績で天子さまから直々に質問される最終試験に臨む。「何亮の安辺策」について意見する…という夢を見ていて寝過ごす。これで進士試験は落第。

城外の市場をさ迷っていると人だかり。全裸の西夏の女が売られていた。指を斬り落とされ切り刻まれるというそのときに金を払い女を解放。

「お金をタダで恵んでもらうのは嫌だ。これを持っていけ」と一枚の布片を渡される。見たこともない文字が30字ほど書かれている。これは西夏文字か!
「これがなければイルガイには入れない」「イルガイ(興慶)とは西夏の都だ」
西夏とはチベット系タングート族の建てた国。しばしば中国西辺へと侵攻。

もう完全に進士への夢をくだらないものとあきらめ、行徳は年貢や腑役に関する届け出などを代書などをしながら霊州、涼州を旅する。漢人とは違う顔つきと体型をした異民族だらけ。兵隊の出入りで忙しい。

西夏へ行きたい。そこで回鶻人の隊商にまぎれて西夏へ。しかし、甘州の荒野で西夏と回鶻の戦闘に巻き込まれる。気づいたら、西夏の漢人部隊の兵卒にされていた。
ずっと勉強しかしてこなかった行徳くんは体力も腕力もない。だが読み書きができることで隊長の朱王礼の目に留まる。

甘州を攻略した西夏・李元昊軍は城内へ。行徳はそこに身を潜めていた胡服姿の回鶻の王女と出会う。このときの勇敢な行動から朱王礼の側近のように扱われていた行徳くんは、朱の命令で興慶へ西夏文字を学に行かされる。その間、王女を匿っておいてくれと朱に頼む。

2年後に甘州へ戻ってきたら朱の様子がおかしい。しつこく聞いてみると「女は死んだ」。
だが、李元昊と一緒に馬に乗っている女を見た。女と目が合った。その夜、女は城壁から身を投げて死んだ…。

王女の死は、論語や孟子しか読んでこなかった行徳を変える。西夏と吐蕃の戦闘の傍ら、瓜州で仏典を西夏語に訳することを考え始める。尉遅光という元王族らしい商人と漢語の仏典を求めて興慶へ行って戻る。

尉遅がいつも不機嫌でやたら気位高く短気で怒鳴る。行徳の首飾り(回鶻の王女から受け継いだ)を見て驚く。これは普通の玉じゃない。
その首飾りは対になってるはず。それを朱が持っているところを行徳は目撃。やはり朱は回鶻の王女を自分の物にしていた。

朱は女を死なせた李元昊を強く恨む。瓜州に李の本隊がやってくるという機会を狙って叛乱。瓜州は燃えた。そして朱の隊は沙州(敦煌)へ。
行徳は漢人として西夏と最後の決戦。敦煌の漢人たちは逃げ惑う。僧侶たちは膨大な経典を持っては逃げられない。まだ読んでない者をえり分けて駱駝に積む。国が滅びようとするとき、何世代にも渡って蓄えた富を抱えて逃げようとする。だが、この場合はムダ。西夏の大軍がすぐそこ。沙州は焼かれる。

尉遅光は洞窟に隠し穴を持っているらしい。西夏軍がやってくる前に、膨大な仏典を運び穴に埋める。
西夏軍が迫ってるのに尉遅と行徳は首飾りを奪い合って取っ組み合いのけんか。紐がちぎれて石が砂漠に散らばる場面は「あ、バカ!もったいない」って思った。尉遅光のキャラが強い。いつの時代も強欲な商人がいちばん生命力強い。日本政府は金の亡者の意見を聞くなと言いたい。

正直面白かった。莫高窟に経典が埋められた様子を想像で描いた西域歴史ロマンだった。

以後、鳴沙山千仏洞(莫高窟)に隠された大量の経典は1900年ごろまでまったく手付かずのまま発見されなかった。てか、あのときたまたま見つからなければ西域は今も謎だらけだった。900年タイムカプセルに入ってた古文書って他にも何処かにないかな。

0 件のコメント:

コメントを投稿