松本清張「火と汐」を文春文庫(2009年第32刷)で読む。昭和42年から43年にかけてオール読物に掲載された4本を収録した一冊。
これもワクチン3回目を打ちに行った近くのBOでわりとキレイな個体を見つけたので購入。110円購入。では掲載順に読んでいく。
「火と汐」オール読物 昭和42年11月 120Pの中編
8月16日、京都「大文字」送り火の夜、見物客で混雑するホテルの屋上で不倫カップルの女が突然姿を消す。劇作家の男は不安なまま部屋で待つが女は帰ってこない。この短編はずっとこの男の不安な心の声。
書置きもないし電話もない。スーツケースも部屋に残したまま。男は女の荷物も持って1人でチェックアウト。東京へ戻る。
一方その同じ時に女の夫は、三浦半島・油壷から三宅島の間で行われているヨットレースに参加。ヨットの同乗者が海に転落する死亡事故を起こしていた。
そして劇作家の自宅のある目黒の雑木林で土中から女の腐乱死体が見つかる。
これはもう犯人は、ヨットレースに参加し同乗者の遭難救助をしていたという絶対のアリバイのある夫しかいない。
あとは「点と線」のように刑事二人組によるアリバイ崩し聞き込み旅行と現場を見て歩く検証。容疑者の行動を予想して同じ道をたどって確かめる。
大胆で綿密な犯行とアリバイ工作の壮大な計画だが、こんなの絶対どこかで失敗する。ヨットから泳いで上陸するのも簡単じゃない。
それ以前に夫が真っ暗で人の顔も識別できないホテル屋上で妻を見つけられるのか?そもそもなんで妻が屋上にいるとわかった?もしも妻が疲れたからと部屋から出てこなかったら?窓から見るだけにしたら?予定を変更して別の場所で見物してたら?
それに犯人を追い詰める証拠が不十分。ラストはいつもの清張スタイル。便利な方法で読者を放置w
だがそれでも清張らしい作風でページをめくる推進力があった。ヨットではワイルドジャイブという事故が起こることを初めて知った。
「証言の森」オール読物 昭和42年8月 55P
昭和13年に中野で起こった主婦強盗殺人事件というてい。捜査、夫の逮捕、供述調書、裁判、刑の確定、戦後のエピローグ。社会派清張の徹底リアリズム路線フィクション。
清張は警察、司法の欺瞞に対して批判的で強く嫌悪していた。戦前の刑事がまともな仕事をしてなかったことを確信していた。「腕時計、紙入れ、ネクタイピン」が2回目の捜索で見つかる件は狭山事件における「鴨居の万年筆」を連想。
ビターな味わい。真相をふわっとぼかす。この終わり方は清張ならでは。
「種族同盟」オール読物 昭和43年3月 55P
多摩川上流の渓谷(青梅?)で水商売女の溺死体が発見され、近くの旅館の雑夫が逮捕された事件の国選弁護を担当した弁護士の話。有能な女性秘書のアシストもあって、一審二審ともに無罪を勝ち取る。身寄りがなく他に行き場がない男を事務所で雇ったらだんだんと本性を現し始め……という、胸糞悪い展開。
さらにもうひとつ意外などんでん返しが欲しい。有能な弁護士なら意外な反撃ができそうなもの。国選弁護で実は有罪の男を無罪にしたのなら弁護士として超有能で引手あまたになるはず。それに悪いのは無罪判決を出した裁判官もだし、だらしのない検察も批判されるし。社内窃盗と社内痴漢を繰り返す雑夫男のほうが社会的に抹殺される瀬戸際のはず。なにやってんの?と突っ込まずにいられない。
「山」オール読物 昭和43年7月 61P
会社の金を持ち逃げした青塚は長野県南部のひなびた山間の温泉宿で無聊をかこつうちに、不器量な年増女中キクとできてしまう。ある日、崖の下から上ってくる中年紳士を目撃。気になった青塚は後日崖の下へ行ってみると女の死体を発見。キクにも見せる。だが男は逃亡者。警察とは関わりたくない。
その後、青塚はキクと一緒に東京へ出る。やがて男は元新聞記者の経験を活かしてレストラン業界紙(広告と強請り)記者となる。最近業績が好調のレストランチェーンの社長市坂がどこかで見たことがある。あ、こいつはいつぞや温泉宿にいたころに崖を登ってきた男だ。
青塚はレストラン社長を強請り文芸誌を発行する編集長に。だが販売が思わしくなく市坂もお金を出さなくなる。
やがて原稿を依頼された作家。山の表紙絵を描いた画家。姉が行方不明だという四国の読者からの手紙。編集部社員の男。予想外の外からだんだんと真相が見えてくる。
清張の短編はだいたい全体像は読者に見せておいて予想通りに進めて、細部で予測できない展開を持って来る。これだとページをめくる推進力がある。その点で感心。
以上4本すべてが男女の情欲の果てに見る業のようなもの。「火と汐」はアリバイが崩れて行く爽快感があるが、残り3本はどれも嫌な話。
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