2022年12月5日月曜日

内田康夫「棄霊島」(2006)

内田康夫「棄霊島」(2006)を2009年文春文庫上下巻で読む。

自分は内田康夫(1934-2018)に長年ほとんど関心を持っていなかったのだが、今年になって「信濃の国殺人事件」を読んで「こういうのでいいんだよ」と感じた。
内田康夫は娯楽刑事モノ小説として深く考えずに、わかりやすい文体の流れに身をまかせ、さくさく読んでいけばそれでよい。
数年前に「贄門島」を読んだとき「そこそこ面白い」と感じた。で今回、島つながりでこれを選んだ。オビによれば「名探偵浅見光彦、百番目の事件」とある。

代打で急きょ長崎五島に取材に行くことになった浅見光彦。フェリーの中で五島出身の元刑事の老人後口と出会い意気投合。そのまま一緒に五島を案内してもらう。年寄りでひとり暮らしで心配なので、島を出て長野に住む娘夫婦と一緒に暮らすことに決めたという。
そして、長崎端島炭鉱(軍艦島)の話を聴く。高島と端島の間にある島は焼き場だったらしい。そこに水死体が流れ着いたこともあったらしいのだが、老人はあまり語りたがらない。

この老人が後に御前崎の海岸で死体となって発見される。長野在住の娘によれば東京で人と会うことになっていたらしい。だが、島暮らしが長く島を出たことのない父に東京の知人なんていないはず。

そこで浮上したのが浅見光彦。静岡県警の刑事から容疑者扱い。こういう冤罪警察官は読んでるだけで怒り心頭。なぜ疑ってしまって悪かったと土下座謝罪のひとつもできないのか?
だが光彦の兄は警察組織のトップでエリート。それが判明すると水戸黄門の印籠を前にした悪徳商人と代官みたいに驚きハハーっと控えてしまうw そこも浅見光彦シリーズが好きになれないところ。

この本、上巻の真ん中あたりで事件の全体像がだいたい見えてしまった。戦争中に空白期がある教育界(政界)の大物と、その人物の昔を知る老刑事が松代大本営跡で30年ぶりに出会ってしまったことで起こった事件らしい。しかも、老人が殺されたその日に御前崎で講演会を行っていた…。

光彦は後口刑事とつきあいのあった元端島島民にも話を聴きに行く。その島民夫妻の娘は五島で高校教師。光彦はちょっと恋してしまってるw

下巻ではいよいよ問題の大物と直接対決。もどかしいほどゆっくりと、光彦は多くの人物と会って、終戦の年から端島炭鉱が閉山した昭和48年、そして北朝鮮との拉致問題、靖国参拝への中韓からの干渉、朝鮮人強制労働などの、執筆当時に連日新聞紙面をにぎわせていた話題をすべて盛り込み、壮大な人間ドラマへと結集。

そして浅見光彦の人間としての魅力。100作目だというのにまだ33歳独身?!ケータイも持っていない?!
警察の高級官僚の兄夫妻家族と北区西ヶ原の平塚神社近くにあるという自宅(官舎?)で同居してるのだが、光彦の自家用車ソアラは光彦のもの?それとも兄?東京23区で2台ぶんの駐車ができるのか?

旅行雑誌にルポを寄稿しているフリーライターが時間がどうにでもなるのはわかるけど、ぜんぜん仕事してる様子がないw それに、東京と長崎を何往復もしてるけど、その交通費を工面できるのか?

あの怪しい姉弟は警察組織を動員してもらって尾行とかつけたらいいのに。
あと、真の真の刑事殺害犯を野放しにして切なく爽やかに終わるっていいのか?

33歳ってまだほんの子ども。帝大卒エリートとして戦中戦後を生き抜いた80歳の大物と、自分が生まれる以前の疑惑と真相で緊迫の対決とか、考えただけで無理!

読書が好きという人は内田康夫をあまり話題にしない気がするけど、長崎、御前崎、長野、舞鶴と各地の旅情を盛り込んで、これほど壮大に時事ネタへの私見を絡めつつ、フィクションドラマを創出する作家としての力量がすごい。

松本清張「砂の器」「ゼロの焦点」、水上勉「飢餓海峡」みたいな作風。
内田康夫はかなり寄り道脱線的な説明セリフが多くて冗長。そういった知識の説明箇所はさっさと読み飛ばした。

この本は端島炭鉱で朝鮮人の強制労働があった前提でこの物語は描かれている。他人の読書レビューなど読むと「軍艦島にそんな悲しい歴史があったのですね」的な感想を述べてる人がいて「おいおい」と思った。これ、あくまで内田康夫の想像に基づくフィクションだから。
ただ、舞鶴に朝鮮人が多い理由を自分は知らなかった。あと、戦後の日本には北朝鮮系と韓国系とそれぞれの工作員が活動していたことを改めて考えた。

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