2022年10月9日日曜日

谷崎潤一郎「春琴抄」(昭和8年)

谷崎潤一郎「春琴抄」(昭和8年)を新潮文庫で読む。わりと薄い本。この版では本編91ページなので中編小説。
盲目の三味線奏者・春琴を丁稚奉公人の佐助が献身的に仕えていく物語。マゾヒズムを超越した本質的な耽美主義を描く。

高校生ぐらいのときからこの本の存在は知っていた。当時は1ページ目を見ただけでウンザリして読めなかった文語体w 
時代小説とか読むようになってからは苦も無く読めるようになった。句読点がまったくなく改行もなくて読みづらいのだが、慣れればリズムを感じられて読みやすくなる。そして谷崎の耽美文体にひたすら感心する。

物語は墓参りシーンから始まる。墓碑銘を読む。明治19年に亡くなった盲目の超絶美人三味線奏者・春琴とその門人佐助の墓。
「鵙屋春琴伝」という小冊子を読み、2人の生涯を語るというてい。ときに心理を憶測。

大阪道修町の薬種商「鵙屋」の次女琴は幼いころから賢く超絶美少女。両親は兄たちを差し置いて掌中の珠のように可愛がる。
だが9歳の頃に失明。三味線を習い始める。琴より4歳上の奉公人(丁稚)の佐助に手を引かせ通わせる。
やがて佐助も門前の小僧のように見様見真似で三味線。仕事が終わってから夜、押し入れの中で三味線を練習。だがやがてそれがバレて大目玉。だが、みんなの前で弾かせてみたらなかなか上手い。

我儘に育った春琴は難しい性格。家族も女中も手を焼いている。佐助にすべての身の回りの面倒を見させる。やがて春琴が佐助の三味線を指導。丁稚として預かった子なのになぜかガチで三味線を学ぶことになる。

春琴は佐助が泣き出すほど厳しく罵倒しながら指導。家族も周囲もどんびき。
だが春琴(16歳)の妊娠発覚。両親は相手が誰なのか問い詰めるのだが口を割らない。真っ先に疑われるのは佐助だが、琴も佐助も完全否定。でもやっぱり相手は佐助しかいない…よね?

自分の美貌になぜか絶対的自身があり、芸の腕にも自信があって家は金持ちで令嬢の春琴は気位が高い。丁稚の佐助との結婚など考えていない。
父無し児を産むわけにはいかないということで琴は温泉へ行かされる。生れてきた子は佐助そっくりだった。何処か他所へ里子に出される。ふたりとも子どもに何ら愛情もない。(こういうの、大阪の商人たちにはよくあったこと?)

やがて春琴は師匠の死を機に三味線の師匠として独立。春琴の腕前は大阪中に一流として知られる。
見栄を張る性格の大阪娘は暮らしが派手。なぜかグルメ気取り。小鳥を飼う趣味。
だが家の中では吝嗇。佐助も女中たちも粗末な食事。月謝が滞り付け届けもできない門弟は追放。春琴はとにかく気が強いし取り扱いが難しい。性格も悪い。

春琴の美貌が目当ての性悪若旦那弟子の利太郎は家が金持ちで威張ってる。梅見の宴に春琴を誘って口説こうとしたのに袖にされる。
春琴は利太郎をさらに異常に厳しい稽古でイジメるように追い出す。春琴はナチュラルに嗜虐性の強い仕置きをする。

その1ヵ月半後、何者かが春琴の屋敷に侵入。春琴は熱湯を浴びせられ顔に火傷を負う。隣部屋で寝ていた佐助が駆けつけるのだが、「見ないで!」
(これはいわゆるアシッドアタックみたいなものっぽい。傷害罪という軽い罪で相手に一生涯の重い傷を負わせる悪質な逆恨み犯罪。幕末明治期では警察も機能してないので泣き寝入り。)

思い悩んだ末に佐助は自ら両眼を針で突き失明。これなら醜くなった春琴を見ないで済む。そして春琴が死ぬまでずっと傍らで身の回りの世話をし続ける。そんな男の生涯。本人は目が見えなくなってむしろ幸せだという。

春琴は明治19年に、江戸明治期の江戸大阪でよくあった栄養不足の病「脚気」で58歳で亡くなり、佐助はその21年後、明治40年に83歳で亡くなったという。
そんな二人の数奇な生涯を描いた人間ドラマ語り。まるで映画を見た後のような感じ。おそらく大人なら半日で読めてしまう。

盲目の美少女に死ぬまでお仕えするだけの人生。それは男子の夢。読んでる最中、自分はずっとまさみのことを思い浮かべていた。でも、さすがに自分で目を突いて失明するのはできることじゃないと思った。盲人が盲人の世話をするなんて無理じゃないのか。

とにかく谷崎の文体が美しくて格調高くて、さすがの文豪という感じ。

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