2022年9月23日金曜日

菊池寛「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」(大正8年)

菊池寛「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」を新潮文庫版(昭和45年)で読む。人生で初めて菊池寛を読む。
初期短編の中から歴史ものを10編集めた短編集。どれも初出がいつどこでか書かれていない。おそらくすべて大正から昭和にかけて書かれたもの。巻末解説が吉川英治。

これも無償配布で手に入れた図書館リサイクル本。まず表題作2作を読んだあとに、掲載順に読んでいく。

藤十郎の恋
元禄の世になって十数年の京都。人気役者の坂田藤十郎は江戸から上ってきた中村七三郎の人気と実力に危機感。
そこで難波の近松門左衛門に新作「大経師昔暦」を書いてもらった。傾城買の濡事などではない、不義の末に刑死するような命がけの恋の狂言。

だが、40代半ばの藤十郎にも人妻との道ならぬ恋の経験はない。演じるプランが思いつかない。そこで、鴨川近くの茶屋宗清の主人清兵衛の女房お梶に「二十年来ずっと好きだった」と嘘の告白。酷い。

お梶に恥をかかせた結果、藤十郎の迫真に迫った密夫(みそかお)の狂言は洛中洛外で大評判。
だがやがて、楽屋の片隅の梁で首を縊った中年女が見つかって…という、とても暗い酷い話。おそらく女性読者のほとんどが嫌悪感を抱く胸糞短編。
それにしても菊池寛の文体が古くて格調高くて読みづらかった。初めて見る言葉が多くて読むのに時間がかかった。自分が歌舞伎に関する知識が不足していたせいかもしれない。

恩讐の彼方に
浅草田原町の中川三郎兵衛旗本屋敷。主人の寵妾お弓とできてしまい手打ちにされそうになった市九郎は返す刀で主人を殺してしまう。そして江戸から逐電。人目を忍びながら東山道を上方へ逃げる。この二人があさましい強盗殺人を繰り返すようになる。昼は茶屋、夜は強盗。

ある日、茶屋に立ち寄った旅の若い夫婦を追いかけて殺害。金品と衣服を奪う。女の髪にあった玳瑁の頭飾りを取ってこなかったことで罵られた男はもうこんな女は嫌だと、女を置いて逃げる。

そして大きな寺に駆け込んで懺悔。僧侶了海となる。諸人救済の大願を起し諸国雲水の旅に出る。筑紫の山の中、鎖渡しの悪路から転落死した馬子が憐れだと回向。岩山に隧道を開鑿する大業に当たることを決意。嗤われながらも一人で槌と鑿で岩を掘り始める。数年かかってもほんの少ししか掘り進めることができない。

掘り進めること20年。ようやくゴールが見えて来た。そこに市九郎を父の仇と探し求めて来た三郎兵衛の子実之助が現れる。父の仇!と斬ろうするのだが、相手はすでに視力も失い老い痩せ衰えた老人だ。トンネルを掘り終えるまで殺すのを待ってやることにしたのだが…。

これもとてつもなく味わい深い短編だ。重厚な人間ドラマ。自分も市九郎のように現実を忘れるために日々読書してるところある。

恩を返す話
島原の乱の戦場。甚兵衛は敵兵にやられそうになるのだが、日ごろから好かない惣八郎の助太刀で命が助かる。以後、同じように戦場で「恩を返す」ことのみを考え続けるのだが、そのチャンスがやってこない。やがて平和な世になってしまった。だが、主君から惣八郎を放打する上意が…。
これもヘビーなお侍人間ドラマ。

忠直卿行状記
大坂夏の陣で大活躍して祖父家康に褒められ意気揚々と北の庄へ戻った松平忠直。自信満々の21歳は自分の能力に酔う。
だが、酒宴のさいに家臣が仕合で忠直に手加減していたことを話しているのをたまたま立ち聞いてしまう。そして以後、勝負ごとから遠ざかり酒に溺れ勘気を起こす。主君の孤独と猜疑。これも佳作。

ある恋の話
作者が妻の祖母に江戸の昔の話を聴く。祖母は若いころ美人だったのだが、家が傾いたために30歳も年が離れた夫と結婚させられ不幸なものだった。だが夫は安政のコロリですぐに死んでしまい、以後は向島で裕福な後家として芝居見物。守田座の染之助という役者に恋をするのだがすぐ冷めてしまう…。

極楽
永遠に平穏無事な蓮の台の上で過ごさないといけない極楽の絶望的な退屈さ。

槍の名手中村新兵衛は初陣の若武者にお願いされ、自身の唐冠の兜を貸し与えてしまう。すると、戦での勝手がだいぶ違う…。

蘭学事始
杉田玄白と前野良沢。千住骨ヶ原で腑分観臓の会があるというので目を輝かせて参加。ターヘルアナトミアの通りだ!そしてゼロから始まる翻訳。

入れ札
代官を斬り赤城山から信濃路へ逃亡する国定忠治と仲間たち。子分の中から一緒に逃げる3人を選ぶための投票が始まるのだが、人望の無い年長者の九郎助は気分がよくない。

俊寛
鬼界ヶ島でひとりぼっちの俊寛。泣き疲れて心機一転、サバイバル生活の末に地元民娘を嫁にして幸せに暮らしました…という超絶展開w 爽やかな後味。

自分、今まで菊池寛をナメていた。どれも傑作。表題作2本は日本文学における重大な短編。「恩を返す話」「忠直卿行状記」「俊寛」も好き。

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