新田次郎「孤高の人」(昭和44年)を新潮文庫上下巻で読む。わりと状態の良い新潮文庫版(昭和47年)の平成19年第63刷を各110円で見つけたので確保しておいたもの。
昭和初期、不世出のサラリーマン登山家・加藤文太郎(1905-1936)の青春と死を描いた山岳ロマン小説。「山と渓谷」誌に連載されたもの。
日本海に面した美方郡浜坂町に生れ、15歳より神戸へ移り神港造船所の技術研修生として給金をもらいながら勉学に励む加藤文太郎少年は怖ろしく足が速い。日曜人なると神戸の高取山に下駄で登る。
第一次大戦後の不況、そして関東大震災。仲間の脱落と結核による死。馘首に怯え、「主義者」の勧誘、陰湿な教官に不安を感じながら技師を目指して勉強の毎日。途中で無口で孤独を愛する。いつも単独行動。
そんな加藤文太郎を陰ながら観察していた優しいサラリーマン指導教官がいた。外山教官の目に留まる。この人が登山愛好家。加藤を登山に誘う。だが加藤はそっけなく断る。
主義者の検挙で刑事が加藤のところにもやってくる。主義者の勉強会に強引に誘われ2回行ったことを密告したやつがいる。陰湿な教官影村も冷たい目で嘲笑う。警察署の取調室で殴られる。こういうの想像しただけでしんどい。
やっと研修生を卒業し給金を得るようになると休暇を取って単独で山に登る。夏は信州上高地へ。燕岳、槍ヶ岳などの頂を異常なスピードで踏破していく。貧弱な装備でありながら準備と計画はしっかりしてる。だが、山の気象に詳しくないために冷たい雨と風に打たれる。
3千mの世界に魅せられた加藤はヒマラヤへの夢を抱く。同僚たちが酒宴に金を浪費するのを冷めた目で見る。周囲は加藤を変わり者を見るような目で見る。
文太郎は東京の登山家たちにも異常な健脚ぶりが目撃されその名を知られるようになる。
冬になると、八ヶ岳山麓で寒さに慣れるために鍛錬と、自分なりの工夫と実験で知識を得ていく。
雪の中で寝ても死なないだろうか?極端な断食などセルフ人体実験で自分の能力に自信をつけていく。
意外だったのが冬山で出会った他の山岳パーティーたちが単独で近づいて来る加藤を無視したりなんだかギスギス感じ悪い。昭和初期の登山家はこんな感じだったのか。あまり愛想もないから冬山へ行くのか。
だが加藤自身が口下手無口でコミュ障。無意味で不気味な微笑で相手にむしろ反感嫌悪を抱かせる。結果、人恋しいのに単独で冬山という、山を知ってる者からすると無謀に見えるチャレンジを繰り返す。
神戸から日本海の実家まで歩いて帰るなどいろいろなチャレンジをしてるうちに、厳冬期の富山から北アルプスを越え長野県大町へ出るというさらに無謀な計画を実行。慎重なのか命知らずなのか?
吹雪の中10日間もかかって電力会社の駐在所に到着。気づいたら加藤は遭難した?とニュースになっていた。神戸に帰り着いたら新聞記者に囲まれる…というところで上巻終了。
そして下巻。有名人になった加藤には講演の依頼や押しかけてくる弟子の少年も。立木海軍技官や会社役員たちから気に入られ、大卒でも数年かかる技師に昇進。雪洞で粉雪が吹き込んでくるのを見て思いついた噴射弁アイデアも会社に採用などサラリーマンとして順風。そして事務員の女がモーションかけてくるようになる…。
かつて自分を特高警察に売った陰湿教官だった影村もやたら自分を買ってくれるようになった。加藤のアイデアで新設された第三課の課長になる影村は加藤を自分の課に移動させようとする。もう以前のように山に行けないかも…。
陰湿なのに上手く上層部の偉い人に取り入って立ち回る影山は自身が関係を持った女事務員を加藤に押し付けてくる。強引に結婚を取り持とうとしてくる。これがかなりのストレスだし、結果的に加藤をさらに人間不信にさせる。(この陰湿上司は加藤と15年に渡る付き合いの宿痾。しかも加藤の最期となる山行きの原因もつくる)
加藤は故郷浜坂で淡い恋を抱いていた花子との縁談が進む。加藤は30歳で結婚。職場では加藤は変わったと評判。無口でコミュ力ゼロだった加藤が同僚たちと会話するようになる。
加藤の冬山単独登山弟子の宮村がいつのまにか、かつて加藤も好きになりかかった園子に熱を入れてしまう。加藤の横須賀出張中の宮村と園子のハイキングの末に二人は関係を持つ。昭和初期のモダンガール園子(魔性)に童貞宮村はいいように弄ばれる。そしてフラれる。園子は金川(かつて主義者の面影なしのヤクザ)と満洲へ渡る。
結婚し子どももできて順風満帆な加藤。だが宮村が自暴自棄で心配。宮村の父からもお願いされ、単独行主義を頑なに貫いてきた加藤はついに宮村とザイルパートナーとなり北鎌尾根へ向かう。新妻と赤ん坊を残して。
宮村がハリキリバカなだけならまだよかった。現地でたまたま出会った神戸山岳会(年長だが技術体力で劣る)の2人もパーティーに巻き込む。
吹雪と食料、燃料が不足する事態になっても自分を曲げないし意志を押し通す。冬山において最悪な存在。加藤はパーティー登山初体験で何も言えない。
結果、雪崩に巻き込まれた加藤は宮村の面倒見ながら雪原をさ迷い歩く羽目に。宮村に自分のペースを完全に乱された。超人的な体力を持ってしても疲労凍死。
こういうバカと行動を共にしてはいけないという教訓。(小屋に残してきた2人はどうなった?)
下巻はずっと男女の話が続いて「なんだかなあ」と思ってたら、冬季の富士山に登ってコミュ障を発動してしまう加藤エピソードも挿入。
新田次郎は富士山測候所勤務時代に加藤と一度会っているらしい。さらに花子未亡人にも直接会って取材。外山のモデルとなった上司にも取材。
昭和初期サラリーマン登山家の日々を描いた小説。日常と職場風景が多い。わりとサクサクページをめくれる本ではあったのだが退屈に感じる部分が長かった。結末を知ってるだけに終盤は長く感じた。
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