2022年8月11日木曜日

最後のダ・ヴィンチの真実(2019)

2020年10月に集英社インターナショナルから出た邦訳版「最後のダ・ヴィンチの真実」ベン・ルイス著、上杉隼人訳(2019)を読む。
THE LAST LEONARDO THE SECRET OF THE WORLD'S MOST EXPENSIVE PAINTING by Ben Lewis 2019
著者は英国の美術評論家らしい。レオナルド・ダ・ヴィンチ作かもしれないとされた男性版モナリザ「サルバトール・ムンディ」が510億円という史上最高額で落札されるまでを詳細で緻密な考証を重ねて書いたノンフィクション。

この絵についてのニュースは、自分はなんとなく斜めから視界に入る程度だったので、経緯を知るために今回しっかり読む。
読むのに時間がかかりそうだと思ったのだが、2日であっという間に読んでしまった。面白かった。

2005年にアメリカの画商アレックス・パリッシュニューオーリンズの競売会社オンライン図録で発見しロバート・サイモンと共同で購入(1175ドル)し、ニューヨークのイタリア系アメリカ人ダイアン・モデスティーニが修復し、ダヴィンチ研究の権威マーティン・ケンプたちの観察眼をパスし、2011年11月にロンドン・ナショナルギャラリーでのダ・ヴィンチ展に展示さる。
そしてロシアの富豪の所有を経て、2017年11月にクリスティーズで4億5000万ドルで落札されるまで、この絵に関わった人々にインタビューし、ありとあらゆることを調べ上げた渾身の大作。

フランス国王アンリ4世の娘ヘンリエッタ・マリアから英国王チャールズ1世の手に渡り、ピューリタン革命後はハミルトン公爵が競売?
以後、250年行方不明。ひょっとするとプーシキン美術館所蔵のサルバトールがそれ?
だが、ヴェンツェスラウス・ホラーによるエッチング図画目録に似てない。

1900年にジョン・チャールズ・ロビンソン卿がクリスティーズで落札。クック卿へと受け継がれ、相続人が競売に掛ける。
1958年に米ニューオーリンズの収集家が45ポンドで購入?(この本には歴代所有者の顔写真一覧も掲載。)
誰もダヴィンチと思わなかったのも致し方ない。損傷が激しく雑な上塗り修復がされていて誰もがそこをスルーしていたのも致し方ない。

美術史に関心のない人が面白いと感じるのは第三部以降だと思う。オリガルヒ肥料王ドミトリー・リボロフレフが登場。「サルバトール・ムンディ」を購入する仲介者としてイヴ・ブーヴィエ(フリーポート王)が登場。こいつらがサルバトールを一気に1億2750万ドルにしてしまうw
だが、サザビーズ、スイス、モナコの司法当局も巻き込んでの美術品取引詐欺事件訴訟へと発展。

たった1枚の絵画でこんなにも多くの関係者について調べることができるものなのか!?という驚き。可能な限りひとりひとり経歴も調査。すごく細かい。
著者は父の遺産をニューオーリンズの遺品処分市競売に出した人物も特定し話を聴いている。すごい。
この人は競売に出す前にクリスティーズの鑑定人も家に読んでいる。その鑑定人が「サルバトール」には見向きもしなかったことに恨み節。この両者間で訴訟が?(絵画骨董は1社だけにまかせるな)

そして2017年11月15日、ニューヨーク・ロックフェラーセンターのクリスティーズ本社での世紀の大オークション。510億円で落札される。
落札者の名前が明かされることはないが、噂から購入者はサウジアラビア国王アブドゥルアズィーズ国王の息子ムハンマド・ビン・サルマーン王子の代理人?
入札額を釣り上げていった競争相手は上海の富豪らしいのだが、サウジの王子は隣国のライバル・カタールが相手と勘違いし意地でも負けられなかった?

所在不明だった時期が長すぎる。この突然現れた「サルバトール・ムンディ」が今後もずっとダヴィンチの真作とすべての研究者がお墨付きを与える日はやってこないかもしれない。もっとそれらしい絵画が出現するとか、クルミ材の炭素年代測定とかないかぎり。
研究者はこの絵の作者はベルナルディーノ・ルイーニだと言うし、この本の著者は描き方から判断してチェーザレ・ダ・セストが近いとも言う。結局は弟子の誰かが描いたものか?

だが、自分はダイアン・モデスティーニが修復したサルバトールを見て、ダヴィンチの弟子たち、ボルトラッフィオ、アリブランディ、カプロッティ作と見られるどのサルバトールよりも、ダヴィンチしか描くことのできない神秘的な霊力と世界の調和のようなものを感じられた。

多少はダヴィンチ作品の雰囲気に近づけようとしたにしても、修復が修復以上なことをしなかったとして、このような名画が無からとつぜん浮かび上がってくるとは思えない…気がする。自分はダヴィンチ研究家でもないのでそう感じるだけだが。
仮にダヴィンチAIが絵を描けるようになった未来ならこんな絵が生まれるかもしれない。

「もしかしたらダヴィンチの筆も入ってるかもしれないね」という状態のままで十分ロマンを感じられたのに、クリスティーズが「ダヴィンチ」として値を釣り上げて販売したのは問題だ。
最初に絵を買った画商も修復と活動によってカツカツになっていったのは同情だが、もっと早い段階で世界中の研究家たちに見せて研究議論する道もなかったのか。

中国人、ロシア人、アラブ人、オフショア取引、マネーロンダリング、節税。欲望にまみれた美術市場の闇。これまでも美術品取引はそうだったのだが、ゲームの参加者が増えた。

自分、昔は絵画展とか出かけて、そこにある絵を全て暗記しないと外に出ないというようなことをやっていた。もうぜんぜん絵画に興味なくなったw
この本の内容が昨年ほぼそのままドキュメンタリー映画になってる。そのうち見る。

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