2022年8月23日火曜日

梁石日「夏の炎」(2003)

梁石日「夏の炎」(2003)を読む。幻冬舎文庫で読む。これは2001年に朝日新聞社から出版された「死は炎のごとく」を改題したもの。524ページ長編。

今回これを読もうと思った理由はやはり山上徹也。大物政治家を暗殺した男は本人が意図しようがしまいが歴史に名を残す。この「夏の炎」は1974年の韓国・朴正熙大統領暗殺未遂事件(文世光事件)をモデルにしたフィクション小説。

以前から文世光事件には関心があったのだが、この本はあくまでフィクションなので、一度手に取ったものの元に戻した。今回やっと読む気になった。
梁石日(ヤンソギル 1936 - )の小説を初めて読む。梁は大阪出身の在日朝鮮人作家。

主人公・宋義哲(21)は妻里美と子どもができてから結婚して1年。毎晩飲んだくれて長屋に帰ってくる。生活能力がない読書家。「消防署のほうから来た」と言って消火器訪問販売で日銭を稼ぐ。千里ニュータウンで主婦に売りつける。1年ぐらい何もせずに暮らしていける金が溜まった段階で商売をスパッと辞める。

以後は在日韓国人青年たちと左翼運動の活動家。朴正熙軍事独裁政権打倒と南北朝鮮の統一を夢見るも、同志たちが日和見野郎。組織と支部の主導権争いを垣間見てウンザリ。主人公は独自の行動。
金大中事件に激怒。こうなったら在日本韓国大使を拉致し金大中と交換し日本かアメリカに亡命させ臨時政府を樹立させよう!と言いだして周囲から危ないやつ扱い。しかも支部組織を飛び越え、手紙をしたためて東京の在日組織に訴え。

その手紙が大使館一等書記・李慶仁(KCIA)に伝わり、日本の公安外事課、さらにアメリカ大使館にも伝わる。「この宋義哲って誰だ?」と調査と内偵、尾行。
尾行したエージェントが「あいつやべえ」ってなる理由が宋の「無表情」だった。感情を表に出さないやつは決意を実行する可能性が高いものらしい。(たぶん山上もそう)

李はアメリカ大使から「我々も宋義哲という若者に関心を寄せている」と警告も受ける。李も本国に召還され殺されそうになって政権に忠誠を示す。軍事独裁政権はみんなつらいよ。

宋義哲が出入りする小島商店って何だ?KCIA李の部下が必死で写真を撮って東京へ。日本公安外事課町に見せたら「アジア解放民族戦線」幹部の小島義徳(阪大理学部卒でアル中)だ。さらにラブホテル経営者・高達成(情報通で宋に資金も提供)とも知り合う。そこにいた金淳子(美人)とも知り合う。話し合いはこのラブホテルを利用。

そして左翼運動活動家たち。同じ高校だった門脇律子(人妻)には夫名義パスポートを取得させ偽造パスポートを用意。このパスポートで出国入国ができるか確かめるために律子と香港へ旅行(新婚旅行というてい)。妻子がありながらこの女とも何度もセッ○ス。
この主人公が今まで読んだどの本の主人公よりも性欲に限りがなく絶倫。金淳子にも「やりたい」と要求。妻とも一晩に何度も。律子とも求め合う。性風俗店にも行く。

やがて一命を賭して1974年光復節式典で朴正熙を暗殺するしかないという決意。手段はどうする?「警官の銃が欲しいんです。」「日本の権力の銃弾を使って殺りたいんです。」

大阪中の交番の中から盗み出すのに都合がよさそうな1交番を選らび、毎日ずっと交番の警察官たちの行動パターンを観察し研究。まんまと盗み出す。
東京の病院に入院し夜に抜け出し奥多摩で試射。(実はその様子はずっと日本公安部によって観察されている。泳がされてる。)

韓国に入国後、ウォーカーヒルのキーセンでも毎日のように女を買う。こいつの性欲は異常。これが韓国人か?
ソウルのウォーカーヒルは調べてみても今では華やかなカジノリゾート情報ばかり。ここはアメリカ第八軍司令官W.H.ウォーカー中将の名前を取ってUN軍兵士と外国人向けに1963年に作られたリゾートエリア。

梁石日氏はウォーカーヒルを朴正熙政権が外貨獲得のために作った「最も汚辱に満ちた場所、国を特定の外国人に売り渡した場所」と断罪。(朴正熙はベトナム派兵でも自国の若者の命と引き換えに外貨を獲得。)
日本の戦後経済成長に朝鮮戦争の軍需もあったのは確かだが、韓国の経済成長はさらに闇。

そして運命の光復節。宋義哲は現地で金淳子から拳銃と式典の座席を与えられ、その瞬間を迎える。
文世光事件とはだいぶ違う。小説として脚色。暗殺者が暗殺に失敗するノワール小説。
F.フォーサイス「ジャッカルの日」のようなラスト。「夏の炎」も十分に面白く満足度が高かった。
日本の子どもたちは見た目だけに惑わされ、韓国の恐ろしさを知らなすぎる。

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