ユーゴ内戦中に制作されたセルビアの映画「アンダーグラウンド」(1995)を見る。初めて見る。BSプレミアムでやってたので。
フランス・ドイツ・ハンガリー・ユーゴスラビア・ブルガリアによる合作。監督はエミール・クストリッツァ。カンヌ国際映画祭パルム・ドール作品。
自分がこの映画の存在を知ったのは今年になって岩波新書「ユーゴスラビア現代史」という本を読んで。それまでまったくこの映画を知らなかった。
馬車が夜の街を走る。ブラスバンド隊が走って追いかける。酔っ払いに拳銃を持たせるな。危ない。
このイッちゃった男二人。共産党員マルコ(詩人)と元電気工のクロ。夜のベオグラードの街がカオス。明らかにこの映画はふざけた感じ。中年男女が下品。独特のテンションが受けつけない。
第一章「戦争」
1941年4月6日、ナチスドイツのベオグラード侵攻。
マルコの弟イヴァンは動物園飼育員。空襲で動物たちも街を逃げ惑う。人間も動物たちも死傷。都市は爆弾で瓦礫。
イヴァンは無事だったチンパンジーを連れて退避。空爆って人間も動物も無差別。
マリボル、ザグレブ、ベオグラードの人々はナチ入城を歓迎してるけど、ナチはスラブ人を奴隷にする気だぞ。
人々は瓦礫を片付ける以外することもない。ナチスによる共産党員・パルチザン狩りが進む。マルコはお尋ね者。
マルコはクロと家族たちを地下室(アンダーグラウンド)に退避させる。退避したその日に息子が生まれる。
そこから3年。地下室に人が多すぎる。なんで酒がそんなにある?
ヒッチコックとかクリスティとか英国人たちもドイツ人も、この時代のバルカンの人々はやたら酒飲んでダンス踊ってるイメージを持っていたようだけど、それはあながち間違いじゃなかったようだ。
女優ナタリアは弟(知的障害で車椅子)を守るためと自身の保身のためにナチ将校フランツに接近。
劇場でナチス相手に芝居してる女優とマルコとクロのシーンとか、そのセンスがぜんぜん日本人にはなじみがなくてよく分からな過ぎた。
クロがナタリアを衆人環視下から奪還。船上でいきなりクロと結婚式。またしても音楽、酒、踊り。これがバルカン。やたら拳銃を撃つな。危ない。パルチザンってこんな自由でゆるくてカオスだったのか。ほぼアウトローヤクザ。
そこにフランツ率いるナチス部隊。ナタリアは再びフランツに強奪。クロは逮捕拷問。
マルコは医師に変装しフランツを殺害。ナタリアと弟、クロを奪還。クロは大怪我。
ドタバタしてるけど、もう何が何だかでそんなに面白くない。ナチ占領時代のセルビアという時点でなじみなさすぎ。
マルコはパルチザンとして祖国解放戦争を戦い抜き、チトーの側近となる。そのへんを記録映画と雑な合成。ある意味、セルビア版「フォレストガンプ」だったのかもしれない。
第二章「冷戦」
連合国がベオグラードを開放。だが、マルコは地下室の住人には「まだ戦争は続いている」とダマして武器の密造を続けさせ利益を得続ける。そしてナタリアもクロから奪う。
これだけ多くの人が15年も戦争が終わったことに気づかないとかありえるか?
こういう設定のドラマとか映画とかあまり他に知らない。「グッバイレーニン」も同系統か。
マルコはボロボロの衣服でゲシュタポに追われて地下室に逃げ込んできたていで偽装工作。同志チトーからの偽の伝言。空襲警報やらヒトラーの演説やら戦争が継続している演出もする。
ユーゴ共産党政府幹部マルコとその妻ナタリアは武器密造をさせているクロたちを気にしつつ、マルコはクロを死んだことにして祖国解放戦争の英雄として銅像を立てる。記念映画の製作にまで企画。かつて船上でのあの日を再現。
ナタリアは地下室に降りてセリフをしゃべるように指示されるも、あまりに滑稽な欺瞞と良心の呵責。
クロの前で瀕死の演技をするのだが、明らかに肌の血色良くてキレイだろ。
ヨヴァンの結婚式でまたまた酒と踊りでカオス。バルカンの人々は踊りが好きだな。
ナタリア悪酔い。マルコとの関係をクロに知られてしまう。マルコは自殺を装う。チンパンジー戦車の主砲が火を噴く!w
クロは息子ヨヴァンと地上に撃って出る。川原でマルコが企画したプロパガンダ映画の撮影班に遭遇。よりによってナチス兵エキストラやフランツ役の俳優のシーン。みんな年を取ってないとかおかしいだろ。戦前にも映画はあっただろう。いやもうハチャメチャな殺戮。カメラを止めるな!
映画撮影現場襲撃事件の犯人追跡にヘリコプターを投入。
地下室で生まれたヨヴァンは地上の風景を初めて見る。父は息子に地上を教える。夜明けを見る。クロは川で泳ぐ。息子に泳ぎを教える。
ヘリからの銃撃を受けたヨヴァンは溺れ水中で新婦エレナと再会。水中で息子を探すクロは猟師の網にかかりもがく。
マルコとナタリアは自宅を爆破し失踪。そしてチトー大統領の死。祖国ユーゴスラヴィアは混迷の中。
第三章「戦争」
1992年、マルコの弟イヴァンはベルリンの精神病院。新年を祝う花火を見て「ユーゴに帰りたい」と泣く。担当医は「戦争はもうとっくに終わっている」「ユーゴは内戦中」「マルコとナタリアは国際指名手配」と教える。
イヴァンはマンホールから地下へ。地下には大戦中に掘られた通路。国連軍の車両と難民が行き来。
ボスニアから来た兵士にどこへ行くのかと訊かれたイヴァンは「ユーゴスラヴィアへ」。黒人兵士「ユーゴはもうない」
イヴァンは地下を彷徨いチンパンジーのソニとあの地上に出た日以来の再会。ソニに導かれて戻ったユーゴでは激しい内戦と虐殺。
戦場でイヴァンはクロを見つける。まだ生きてたのかよ!クロは息子ヨヴァンを探し続けそのままユーゴ内戦を戦っていた。
イヴァンは取引中の武器商人マルコとナタリアと出会う。イヴァンはマルコを撲殺。イヴァンは教会で首を縊って自殺。
戦場で処刑されたマルコとナタリアのパスポートを見つけたクロ。「何と言う事だ…」
これがユーゴスラヴィアという国の見た地獄。みんな死んだ。
「ユーゴスラヴィア現代史」という本を読んで、チトー死後に真っ先にチトーが軽んじられていったのはセルビアだったと知った。自国の歴史を寓話として滑稽にブラックに描く。
地下室の国民に何も教えず騙してるシーンは中朝ロシアだけを笑ってもいられない。日本の若者たちもずっと自民党政府と財務省に騙されむしり取られて若さを浪費してないか?
この映画を見たことで第二次大戦中のユーゴの雰囲気は感じられた。見てよかった。こういう映像とドラマでも見ないと歴史は活字だけでしかイメージするしかない。
自称ユーゴスラヴィア人のセルビア人監督(サラエヴォ出身、父セルビア人母モスレム)が描いた我が祖国ユーゴスラヴィアの惨めな末路。
かつて存在したユーゴスラヴィアに関心がある人は一度見ていい映画だと感じた。監督の現在の政治的立ち位置は置いといてたぶん名作。見終わって余韻が深く濃い。
だが、ナチスとチトーとパルチザンをもっとまじめに硬派に描いた映画はないのか。
たぶんユーゴスラヴィアについて何も知識がない視聴者は見ててちんぷんかんぷんじゃなかったか?
この映画が作られていた時期のセルビアは国際世論によって悪者扱い。コソヴォはアメリカとEUが認めたから独立も正義。だが、ロシアが同じことをするのは許されない。そのへんをずっとプーチンは見ていた。
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