2022年5月5日木曜日

ヘミングウェイ「誰がために鐘は鳴る」(1940)

アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)によるスペイン内戦小説「誰がために鐘は鳴る」高見浩訳の新潮文庫(平成30年)版上下巻で読む。
FOR WHOM THE BELL TOLLS by Ernest Hemingway 1940
スペイン内戦に義勇兵としてアメリカ・モンタナ州から共和国側に参戦したロバート・ジョーダン(大学でスペイン語を教える講師)は、山峡の橋を爆破する使命を負って、爆薬を背嚢に背負ってゲリラ部隊に合流する。

戦争を描いた小説にしては戦闘シーンや銃撃戦はほぼ皆無。ほぼ会話劇と心の声。英米文学における会話は日本人が読むとずいぶんとおしゃれ。
そこ、予想と違って肩透かしだが、むしろ戦争とはほとんどの時間がこの小説のようかもしれない。

スペイン内戦はその直後の第二次大戦の陰に隠れてしまい、日本人にとってはほとんどなじみがない。ナチスの非道を描いた映画はたくさんあるけど、同じ国民同士が左派と右派、共和国側とファシスト側に別れて殺し合いを演じたスペイン内戦は映画でもドラマでもあまり見たことがない。

スペイン内戦が具体的にどのようなものだったか?それは洞窟内の女戦士ピラールの口から語られる。とある町のアユンタミエント(市役所)で起こった、蜂起した農民たちがファシストたちを一人ずつなぶり殺しにする場面は衝撃的。小作農民が地主を殴り殺して崖から棄てる。経営者や神父を殺していく。人は集団だとここまで残忍になれるものなのか。

日本人は幕末に勤皇佐幕で殺し合いをしたことがあるけど、それは主に武士たち。戦後は左翼が暴力革命を目指したこともあったかもしれないが、同じ町村の顔見知り同士が思想に基づいて殺し合いをしたことはない。スペイン内戦は中国の文革に似てるかもしれない。

上巻ではこの中年女性ピラールが一番いろんなことを語ってる。昔の男が闘牛士。牛に角で突かれた傷が治らず死んでしまった話などを延々としている。
この時代のスペイン人にとって闘牛士とは、日本人にとっての大相撲力士とか歌舞伎役者みたいな存在か?

主人公アメリカ人青年ロバートがスペイン人たちからずっとイングレス(イギリス人)と呼ばれている。「アメリカ人だ!」と何度言ってもずっとイングレス。この当時はスペインの田舎ではアメリカ人は珍しかったのかもしれない。

この青年が洞窟内に匿われていた美少女マリア19歳と恋仲になる。この子がいろいろと酷い目にあってここにいる。髪を刈られて短髪。列車爆破から命からがら逃げて来た。
昔の人はいろいろと性に関して自由だなと思った。年配の女性がわりとしっかりはっきり性教育的なことをする。アメリカ人も戦争で命令を受けてやってきているのに現場で簡単に女の子と寝るとかどうなの。ゲリラ仲間たちもそれを普通のことのように容認。

ロバートは頭がよく冷静。実戦経験も豊富で仲間たちから尊敬と信頼。
一方で、ゲリラのリーダーだったのだが今は腑抜けとなったパブロが何をしでかすかわからない。今後の任務遂行の足をひっぱる可能性があるから殺してしまおうと謀議したりする。内戦はそんなことが日常。

下巻もずっと洞窟会話が続くのだが、敵騎兵が出現してから緊張感が高まる。逃走用の馬を用意するように頼んだ別部隊が、盗んだ馬の足跡を嗅ぎつけられ、丘に追い詰められ敵中隊と銃撃戦。ああ、戦争というものは非情。敵将校も十字を切って生き残った若者(18歳)にとどめを刺す。

ロバートは橋爆破作戦に疑問を持つ。マリアと結婚してマドリードでの生活を夢見る。いつかマリアに乱暴したやつらに仕返しをしたい。

読んでる最中はゲリラの仲間たちがまるで自分と親しい人々のように感じられる。だがそれにしても共和国側の兵士たちの質が低い。これでは負けて当然。

爆破作戦の中止を進言する信書を託された伝令アンドレスが司令部になかなかたどり着けないグダグダぶりが読んでいてイライラした。共和国の将校兵士たちがじゃまでしかない。
フランス共産党からやってきた偉そうで頭のいかれた政治委員マルティの邪魔には怒り心頭w カルコフがやってきてなんとかしてくれたのにはスッキリしたのだが、そいつをその場で射殺しろ!と思った。
物語の終盤になるととにかくイライラする。軍の作戦命令は一度発せられると中止することは難しい。あまり意味のない作戦で多くの同志が死んでいく。

ロバートがずっとかっこよくて感心する。この小説はロバートとゲリラたちの会話。自問自答。それ以外は他の登場人物たち目線での自分語りと戦争。味わい深い。

男による男のための男の小説。瀕死の主人公は仲間たちを逃がし、恋人の無事を見届け、最後に巨大な敵へと立ち向かっていくところで小説は終わる。
この物語はわずか4日間の間に起こったこと。小説の時間の進み方と読んでる時間の進行が同じ。長大であるが、自分も4日間で読み終えた。

映像が眼に浮かびやすい。映画に向いてる小説。とにかくリアルを感じた。機動戦士ガンダムと同質のリアルを感じた。読み終わってぼーっとしてる。一度は読むことをオススメする。

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