2022年1月24日月曜日

江戸川乱歩「蜘蛛男」(昭和5年)

江戸川乱歩「蜘蛛男」を読む。「講談倶楽部」昭和4年8月号から翌年5月号まで連載されたもの。昭和4年というと10月に世界恐慌が始まる年。

もう乱歩作品はどれを読んでもそれほど感心することもないので必要を感じなかったのだが、そこにとてもキレイな状態の春陽堂江戸川乱歩文庫(昭和62年新装初版)が100円で売られたいたので買わざるをえなかった。いちおう有名作品は読んでおきたい。

これ、小学生のときにポプラ社少年探偵団シリーズで読んでいた。当時も異常に残酷な犯人だと感じた。今読んでも同じ。何の罪もない少女が殺され、バラバラにされ、目立つ場所に捨置かれる。これは探偵小説でなくサイコパス連続殺人を描いたサスペンスホラー小説。

美術商の事務所を開設し事務員を募集する中年男の犯罪。行き先を家の者に知らせないでやってきたモダン娘を採用。男はこの娘を言いくるめてタクシーを2回乗り継いであばら家へ。

そして、妹が家を出たきり帰らない…と姉が犯罪心理学者畔柳博士の事務所を訪れる。この義足の探偵の機転で犯罪が露見。
バラバラにされた遺体は石膏像にされ、神田の額縁屋、高校や美術学校やに配布されていた。これも美術商が広告で募集した青年たちが配布。犯人はまったく手がかりを残さない。
そして、相談にきた姉も犯人におびき出され、江ノ島の水族館の水槽の中から死体となって発見。世間は騒然。

で、犯人の次のターゲットは被害者姉妹と似ている映画女優。映画女優が撮影スタジオから拉致される場面で、もう自分は真犯人と物語の全体構造がほぼ見え見えだった。やっぱり江戸川乱歩の通俗もの長編は想像の範囲を出ない。乱歩はいつも乱歩。

憐れ惨殺される…かと思われた女優が隠し持っていた短刀で反撃し相手に傷を負わせる場面は予想外で爽快。

そもそもアイツは犯人がいる場所にいないし、ゼッタイに邪魔するなとか言っておいて失敗したときの言い訳とオッチョコチョイ具合が酷い。現代のスレた読者なら、鋭い刑事なら、早々にアイツが怪しいと気づくはず。何か確かめる罠をしかけるはず。

空中で大捕り物とか乱歩らしい。刑事と博士で女優を監視してたら、いつの間にか人形と入れ替わっていた…とか乱歩らしい。

後半になると名探偵明智小五郎が登場。海外から帰国。警察の偉い人たちの前で「犯人はアイツです」。
そして罠をしかけて捕える…かと思いきや、直前に逃走される。やっぱり明智もおっちょこちょい。
せっかく女優を奥多摩の田舎の家に匿ったのに、またまた明智の脇の甘さを露呈し最悪の結末。被害者側が殺人鬼に魅入られたように自分から身をゆだねていく展開は幻想怪奇。

美少女を49人さらってきて裸にして、ガス室で殺して地獄パノラマを作って、批評家や偉い人に見せようとした自称芸術家極悪サイコパスの犯罪。こんなのばかり書いてると発禁になって当然。
この犯人と対峙する名探偵明智も酷い。敵を予想外の罠にキレイにはめて恥辱を与えたい欲が強い。ニヤニヤ笑ってる場合か!早く身動きとれないように犯人の両足を撃て!読んでてひたすらイライラした。

以前から乱歩作品に出てくる「パノラマ館」ってやつがよくイメージできなかった。明治大正の縁日に出てた「のぞきからくり」の発展形?テーマを持った展示の見世物?

やっぱり予想の範囲内の乱歩だった。昭和初期の読者はこの程度のスリラーで満足してたとしたら、みんな無邪気。まだ法医学も発達してないので仕方ないかもしれない。
こういうの、時代小説だったら現代も読み継がれる名作扱いだったかもしれない。しかし、子どもに読ませてはいけない。

大正昭和の小説など読んでいるとたまにまったく知らない表現に出くわす。今回「蜘蛛男」を読んだおかげで「咫尺の間(しせきのかん)」という言葉を知った。乱歩や横溝、芥川などを読んで得られるものはこういった表現。

PS. 小説はその時代の雰囲気に影響される。昭和5年に実際にあった事件について調べていたら、「板橋岩の坂もらい子殺し事件」というやつを知ってしまった。理由があって育てられない子を養育料目的に預かっておきながら食事を与えず30人以上を殺害していた事件。村人全員逮捕?
この事件現場は板橋本町にあるのだが、ストビューで見ると事件現場の長屋は今ではマンションになっている。

横溝正史とかによく出てくるような、未婚で生まれて育てられない赤ん坊をよそに預けるって…こういうことだったのかと知った。
東京はいろんな場所を歩き回ったけど、かつて貧民窟があった場所へ行くという考えはなかった。民俗学に関心があったとしても、嬰児殺しの歴史とか調べないほうがいいかもしれない。帝都の暗黒は調べないほうがいいかもしれない。

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