2020年5月24日日曜日

浜辺美波「アルキメデスの大戦」(2019)

「アルキメデスの大戦」(2019 東宝)という山崎貴脚本監督ROBOT製作映画があるので見てみる。浜辺美波が出ているので見る。何も予備知識はない。

映画は冒頭から巨大戦艦が敵機からの攻撃を受けて満身創痍というシーンで始まる。戦艦のシーンはVFX技術によって今後まだいくらでもリアルになっていくだろうけど、現時点でできる最高の映像だ。巨大戦艦が沈むとそれだけで数千の命が失われる。鋼鉄と黒煙と油と血。

ここで撃墜された敵機からパラシュート降下した乗務員を水上艇がささっと救出していく様子を呆然と見送る日本将兵のシーンがある。これが見た直後はなんであるのかわからなかった。最後まで見てその意味がわかった。そこが日米の最大の違いだった。この映画のテーマだった。

戦後を生きる我々がもし歴史を遡ることができるなら、新造艦大和と武蔵の建造はなんとしても止めさせたい。こいつが後々の悲劇の元凶。この映画はそんな想いを乗せたフィクション。
原作もこの映画にも興味がなかった理由が「あったかもしれないファンタジー戦争映画」だから。後になって「こうだったらよかったのにな」は大人がすべきことではない。

山本五十六少尉(舘ひろし)が最初から鷹揚で大物感を出している。フフッと笑う。これからは空母と航空機の時代が来ることを予見。
永野修身(國村隼)は山本と親しいのだが、嶋田繁太郎(橋爪功)、大角岑生(小林克也)といった人々はわかりやすく老害。海軍の偉い人たちの次期主力戦艦選定会議がこんなものだったのか?議事録とか残ってるのか?そのへんは不明。実在しない人物も登場してるようだ。

横須賀には海軍関係者の偉い人が集まる料亭「小松」があった。そこで豪遊してる帝大生がいる。こいつがまるで帝一の國の菅田将暉。変わり者長髪学生。芸者遊びって相当に慣れてないと若者には無理な気がする。

こいつが2年生にして数学の天才。芸者の扇の着地点をキッチリ予想して映画の視聴者をつかむ。養父と仲たがいし帝大を中退しやけっぱち。「軍人は大嫌いだ!」と山本五十六に言い放つ。
数学の天才を魔法使いのように描いている。数学と現実は違う。巻き尺でラフに計測したデータは確率としてしか使えない。(巻き尺キャラでなく計算尺キャラがよかった)
それにこの時代の日本には純粋な数学の分野での天才は稀。(この時代の数学の天才は伊藤清ぐらいしか知らない)
国家予算の4割が軍事費という時代には満鉄中央試験所のようなところが理系エリートの進む道。もしくは帝大生は築地の短期現役士官。見ていてやっぱり違和感。

周囲がすべて分からず屋と言う状況では日本を棄ててアメリカの大学へ。横浜港で翻意し山本五十六の元へ。外部嘱託ではなくいきなり少佐として迎えられる。
海軍の規則やマナーを知らない民間人がいきなり海軍首脳とやりあうのも無理な気がする。

これは戦争映画というより選定案コンペの戦いを描いた話。予告編やビジュアルで見て抱いていたイメージとだいぶ違う。設計図もない状況で別の戦艦を見て見積額を算出し平山案がデタラメであることを暴くというムリに挑む。どうやって?!

これがやっぱりなっとくしがたい。
それっぽいことをやってるだけなら舞台でやってもよいのでは?実際舞台演劇っぽい。
しかし、低い見積もりを出すのは東京オリンピックでも見た要素。今の日本も風刺するドラマだったとは。
ジャンルとしては歴史上実在の人物も登場するファンタジーデタラメ昭和史ではあるのだが、平山造船中将(田中泯)の「大和の役割は日本の依り代」には、おおぉ…と絶句。しかし、そこまで見えていた人はあの時代にはいなかっただろうと思う。
ええ、そういう映画だったの?!と驚きを感じた。結果、見てよかったと思った。昔の映画人では作れなかった戦争映画だと思う。

音楽のセンスがよい。昔なら歌謡曲で抒情的に盛り上げてむしろ鼻白んでただろうと思う。

菅田将暉のがんばりと演技力は最大限に褒めるべき。山本五十六が戦艦に乗り込んでくるときの、軍人になりきって敬礼する菅田の凛々しい軍服姿がすばらしかった。菅田でこの映画はもっていた。菅田は日本映画界の宝。

浜辺美波は三つ編みおさげ髪の財閥令嬢。出演シーンは少ない。体型がリアルに戦前の良家のお嬢様だった。
菅田将暉と柄本佑コンビは鶴瓶社長に部品やら人件費やらの価格について教えを請うのだがけんもほろろ。この時代は軍人は民間人から舐められまくってたのか。

この映画は日本各地でロケをしているようだ。行ったことのある水戸の芦山浄水場と静岡県島田市の北河製品所も出て来た。ほんの短いシーンでしか出てこない。

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