2019年7月31日水曜日

吉村昭「平家物語」(1992)

「吉村昭の平家物語」を読んだ。平家物語にとくに関心があったわけではないが、大人として一度は読んでおきたいと思って手に取った。
3年前の秋、2008年講談社文庫版が100円で売られていたので買っておいたもの。

この本は中学生向け講談社少年少女文学館 平家物語として書き下ろされたものの文庫化。吉村氏が原文の味わいを失わない程度にわかりやすく口語訳したもの。しつこくくどい仏教解説っぽい箇所をカットすることで一冊に収めている。権勢を誇った平氏一門の運命の流転を描いている。

巻末の解説によれば吉村氏は訳を進めるうちに平家物語の作者たちに申し訳なさのようなものを感じてしまったという。以後、吉村氏はこういった仕事を二度と受けなかったそうだ。

増長し恨みを買う清盛が描かれる。白拍子の女を自分のものにしては捨て去ったり、反旗を翻えそうとしたグループを殺したり島流しにしたりする。
謀反の疑いがあると誣告し高倉の宮と支援した三井寺の僧兵たちも殺す。
こんなことをすればいつか手痛い目に遭いますよ…という教訓。

数多くの人々が登場するのだが、印象に残る人物といえば平清盛、後白河法皇、平重盛、俊寛。

頼朝と木曽義仲が挙兵して以降はただひたすら多くの武者が首を斬り落としたり取られたりの羅列。
平氏もただ一方的にやられていったわけでない。源氏も多くの犠牲者を出している。

この時代の武者たちがピンチや逆境に非常に淡泊。すぐに「もはやこれまで」と悟って「討ち死に」 、もしくは自害を選ぶ。
吾妻鏡も太平記も多くの武者が死ぬのだが、源平合戦はあっさり討ち死にが異常に多い気がする。死屍累々。
源平合戦はとにかくウチジニ!戦国時代ならもうちょっとありとあらゆる手立てをつかって悪あがきして逆境を跳ね返そうとする。

17歳の若武者敦盛の死ほど儚いものはない。あっけなく若い命を散らす。みんな生への執着が薄い。
「平家物語」が後々まで、主君のため天皇のために命は捨てる兵士の規範になったかもしれない。卑弥呼以前の倭国大乱からそうかもしれないけど。
こういう軍記物は子どもたちに潜在意識として、潔い死は尊いかのように植え付けるかもしれない。注意したい。

壇ノ浦以後は平氏一族の生き残りを探し出して一人ずつ殺していく。生き残った者への人々の眼差しが冷たい。恥知らず?よく言う。
色白で上品な感じがするというだけで密告され殺されていく子供たち。ヘロデ王なみの犯罪。

現地司令官源義経は日本史のヒーロー。だが、帝国陸軍のイっちゃった将校たちと大差ない。局地戦に勝つことのみが目的のサイコパス軍人だと感じた。
安全な鎌倉で書類にサインだけしてて活躍した軍人たちを殺していく頼朝。北朝鮮の金親子と大差ない。

平家物語の作者たちはさすがにまずいと感じた?殺される平氏残党を目の前にして源氏方武将たちが「哀れだ」と涙するシーンが挿入される。それ、本当か?
「こうなったのもすべて清盛が悪い」で長い物語は終わる。本当にそう思ってる?

あのとき頼朝を斬っておくべきだった。後に頼朝に加担した鎌倉武士たちも、頼家も実朝も、北条を除いてほとんどすべて不幸な最期と滅亡。因果応報。

現代日本も「討ち死に」の伝統を忠実に受け継いでる気がする。AT車で歩行者に突っ込む。包丁を振り回したあげくに死ぬ。ガソリンまいて死ぬ。日本はそれを本気で防ぐ気あるの?

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