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2016年11月29日火曜日

遠藤周作 「王の挽歌」(1992)

「王の挽歌」(上・下巻 新潮文庫)という本を手に取った。

遠藤周作の本を読むのはこれが2冊目。遠藤周作らしくキリスト教信仰についてがテーマ。九州豊後の戦国大名・大友宗麟について書かれた歴史小説。

関東地方に住んでいると中国・四国、さらに九州の戦国時代のことがまるっきりわからない。
大友家は九州六カ国の守護という名門。宗麟は切支丹だったということぐらいしか知識がない。

血塗られた事件によって大友の当主となった病弱な青年が宗麟。
陶晴賢に追われ最期を遂げた大内義隆のニュースを聞いた宗麟は、「自決に臨んだ境地」に想いを廻らす。
自身にはまだ無念夢想の心は持てていない。禅宗への疑問も芽生える。

地域の安定を図る為、政略結婚で迎えた正室は神社勢力。ザビエルと出会い、すこしずつキリスト教への関心を深めていくものの、寺社勢力の反発から国衆の謀反、血みどろの抗争が起こって悩みを深めていく青年・宗麟。気の強い正室との軋轢。

北に毛利元就、肥前には竜造寺、南に島津。毛利との戦いでは大内家を継いだ弟を失い、島津との激戦では多くの有能な家臣を失う。そのたびに信仰と向き合う。
切支丹大名とはいっても、大友宗麟が切支丹に改宗するのは度重なる内紛と裏切り、戦乱に疲れ果ててから。

孤独で冷酷な王の視点から描きつつ、フロイス視点、現存する修道士からの手紙に描かれた宗麟の客観的人物像が交互に描かれる。ヴァリニャーノ神父、天正少年使節といったエピソードも挿入される。

この本は宗麟の死後、嫡男・義統のたどった運命について、わりと長く続く。この終章が自分としては印象深い。

切支丹禁令の発令。そして文禄の役。
平壌付近で明の大群に囲まれた小西行長軍の救援に向かわず逃亡したという理由で「大友勘当」の朱印状が秀吉から発せられる。

現場のちょっとした誤解と行き違いの不運。小早川も黒田も小西からの救援を無視してるのに、大友義統にだけ厳罰。宗麟は秀吉から好かれた。だが、凡庸な義統は第一印象から秀吉に嫌われた。
そして名門守護・大友家は滅びた。なんと哀れな人生…。

大友宗麟は元亀天正の時代にあって国を切り取る野心を見せずに、ただ領国を守ることだけに苦心した。
武将というよりも貴族的。冷酷な一面も見せるし、それほど人物としての魅力があったわけでもない。

今後の大河ドラマの主人公として取り上げられるかどうかは難しいかもしれない。だが、自分はわりと興味深く一気に読み終わった1冊だった。

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