2014年6月3日火曜日

まさみの中野ラーメン

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少女はいつものように線路脇の道を歩いていた。その道は駅から遠ざかるにつれ、両側に古い雑居ビルと商店が立ち並ぶ。帽子を深くかぶってはいたが、その美しい顔を見て、ときどきはっとした顔をして振り返る若い男は、この通りを歩くたびに何人かいた。
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年のころ15か16、背の高い髪の短い少女である。その少女の名はまさみという。
故郷の静岡からこの街にひとり、家族を離れてやってきたのは2年前の春、中学2年生になったころだった。
美しかった少女はその1年ちょっと前、まだ小学生だったときに東京の大手芸能プロ主催の大規模オーディションに応募してグランプリを獲得。翌日には新聞、テレビでも大きく取り上げられた。雑誌のグラビアにも出た。
ほどなくして雑誌モデルも始めた。映画にも出演した。

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芸能活動を始めて1年は地元の学校に通っていた。仕事のときは母親と一緒に新幹線で上京した。
芸能活動を本格化させるために、会社の勧めもあって上京することにした。14歳の少女にしては思い切った決断だった。

2001年春、新幹線で東京駅に降り立つと、そこから電車を乗り継いで指定された駅で降りる。
事務所の担当者が出迎えに来ていた。車に荷物を載せ後部座席に乗り込むと車は走り出した。まさみが車窓から外を眺めると、桜の花はもう終わりかけていた。

新宿の高層ビルを遠くに見る雑然とした街の近くの住宅地で車はとまった。まさみは驚いた。これがこれから暮らす東京の家なのか。なんとなくイメージはしていたが、家々がぎゅっと密集して建っている。それに、道が驚くほどに狭い。車1台が通るのがやっとではないか。

磐田つつじ公園そばの住宅地で生まれ育った少女からすれば、この街の数十メートル先も見通せない、ジャングルのような家々の密集振りには、まったく環境が変わったのだと思わずにはいられなかった。

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事務所が借り上げたマンションにはもうひとり、少女と同じオーディションで注目された2歳年上の高校生が一緒に住むことになっていた。

人見知りの恥ずかしがり屋のまさみは「これからよろしくお願いします」と挨拶したものの、「ちょっと怖そうだな」と心の中で思った。

朝と晩ごはんは家政婦の人が週5でつくりに来てくれるけど、掃除や洗濯は自分でしないといけない。母親に甘えて育ったまさみは「やっていけるかな」と少し不安になった。

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マンションからほんの2,3分ほどの区立中学校に編入することになった。すぐに10人ほど仲のよい女子の友達ができた。まさみが芸能活動をしていたことはみんな知っていたが、それほど詳しく仕事の話は訊いてこなかった。周囲から寄せられる好奇の視線から自分を守ってくれる存在にもなってくれた友人たちが、まさみには頼もしく感じられた。

線路の向こう側、北口の商店街を友人たちは案内してくれた。故郷の磐田にも、近くの浜松にもない物を扱う小さなお店がたくさんあった。一緒においしいものを食べたり、安いカラオケ店に行ったりした。この街で暮らすことに希望が見えてきた。
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家から会社まで演技のレッスンに通った。グラビアや取材の現場にはマネージャーが同行することもなく、単身で駅から電車で指定された場所に向かうことも多かった。初めは戸惑うことばかりだった東京の電車にも慣れてきた。

2年後、まさみは中学から一番近い私立高校に入学していた。芸能コースがある高校が都合がよかった。中学で仲のよかった友人たちの多くもその高校で一緒になった。

その間に、まさみは出演した話題作の映画が大ヒット。もう誰もその名前と顔を知らない者はいない存在になっていた。通学途中に物陰からそっと写真を撮ってくる男の人が以前よりも増え始めていた。ちょっと気味が悪いなと、まさみは思い始めていた。

引越しの話が会社から出始めた。数百メートル新宿に近い隣町にある、よりセキュリティの厳重なマンションを会社は借り上げてくれた。引越し作業も終わり、まさみはいよいよその街を離れることになった。
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「もうこの道を歩くのも最後だな」と考えながら歩いていると、まさみの目にふと小さなラーメン店が目に留まった。何処の小さな街にもあるような、なんの変哲もないラーメン店だ。

赤い街頭看板と、白い暖簾に黒い文字で「北国」と書いてあった。

この道は、レッスンに通うためにどしゃ降りの雨の日も、ドラマロケの現場に向かうために凍てつく寒さの早朝にも、何度となく歩いた道だった。

そのラーメン店の前を何度も通りかるたびに、入ってみようかなと思うことはあったが、女子中学生がひとりでラーメン店に入る気恥ずかしさから、この2年間まったくその店に入ることはなかった。

前を通りかかるたびに中をチラっとのぞいて見ると、10名ほどしか座れないL字型のカウンター席には常に客がいた。
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この通りにはホールを併設した大きな区立図書館があり、イベントのある日は満席だったりすることもあった。60代の老夫婦が切り盛りし、たまにバイトの女の人が店に立っているようだ。

まさみはラーメンが好きだった。よく父親に車で故郷の磐田や掛川のラーメン店に連れて行ってもらった。今でもたまに実家に帰ればラーメンを食べに出かけることもある。

まさみには「自分はアイドル」という自覚があった。アイドルとはこうあらねば、という規範が心にあった。真面目に家と中学、仕事やオーディション、レッスンに都心に通うだけの毎日だった。
お小遣いも世間の一般中学生と同じぐらいの額しかもらっていない。
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遊ぶといっても、近くの公園だったり図書館で雑誌を読んだり、というものだった。買い食いはあまりしなかったが、やはり15.16の食べ盛りでお腹はすいた。映画の監督からは「病人の役なのにお菓子をぼりぼり食べるな」と注意されたこともあった。

まさみは子供の頃から骨格は発達していたが痩せていて、それほどダイエットに気を使ったことはなかった。食べ過ぎるとお腹がぽっこりしたり、あごにちょっと肉がつくぐらいだった。
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10代半ばから急に母親に似てきた。まさみの母はどちらかとゆうとふくよかな体型だ。急に胸が大きくなってきたのもこのころだった。

そのラーメン店の店先のウィンドウにサンプルがある。ラーメンは510円。16歳のまさみも安いと感じた。ダイエットのことが一瞬頭をよぎったが、意を決してのれんをくぐった。

手書きのメニューをみると、どのラーメンも700円台のものばかりだった。どちらかというと濃い味のこってりしたラーメンがすきなまさみは「味噌ラーメン」を注文してみた。店主がすぐ目の前でチャーシューを切り始めた。

店の奥の角にある14型ブラウン管テレビでニュースをやっているのを何となくぼんやりと眺めて待った。まさみはその間にこの街に住んだ2年間にあったことをいろいろと思い出していた。

「憧れの先輩」のような存在を友人たちと話すようなことはあっても、恋の思い出のようなものはなかった。男子と約束して何処かへ出かけるようなことは磐田で一度二度はあったが、この街ではなかった。それほどいい思い出もなければ悪い思い出もない。

遠慮なくなんでも言い合えるクラスの友人も何人かできた。だが、ルームシェアしてる同じ事務所の女優とはそれほど気が合わなかったな……、などと考えていると、
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ラーメンができた。スープをすすってから麺をいただく。「!」

「普通だな」とまさみは思った。

この2年間、なんとなくイメージしていた味と自分の想像が異なっていたことを悟った。
おそらく、家庭でラーメンをつくるとすればこんな感じになるだろうなとも思った。偉大なるスタンダードだな、うん。ついにこのラーメンを食べたことで、もうこの街に思い残すことはなくなった。

店を出るとまさみはケータイでマネージャーに引越しがすべて終わったと電話をした。
明日も朝から学校があるし、放課後はドラマの撮影でいそがしい。まさみは振り返ることもなく駅へと歩いた。
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以上はおよそ半分は空想を交えたフィクションです。(参考資料:SPACE SHOWER BOOKs TOmag 中野区特集号)

PS. 中野は自分にとってもわりとよく行く街だった。今回、取材とラーメン目的で中野駅で降りた。
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まさみが中野で最も愛するラーメンは 味噌一 だ。そのことは前出のTOmagに書いてある。
自分はあまりラーメンにこだわりがないので、ほとんど知らなかった。
まさみが好きなラーメンということで初めて行って見た。夜は酔っ払いだけになる狭い路地にある。
なかなかの人気店でいつも客がいる。入り口に券売機がある。店主が一人で注文、調理、配膳をこなす。
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味噌ラーメン(太面と細麺を選べる)を太麺で注文。
中野時代のまさみはこの店まで来てたんだねえ。と感慨に浸りながら麺をすする。5月の店内は蒸し暑かった。汗をかきながらいただいた。とても個性的で濃厚でおいしいラーメンだった。

中野のラーメンと云うと「青葉」が有名らしいが、まさみは青葉には入ったことがないという。
おそらく、まさみは中野ブロードウェーに行ったついでに「味噌一」だったのではないか。中学生が酒場だらけのあの道を歩くのは望ましくない。「味噌一」なら、ブロードウェーを出て左に行けばそこにある。

そして、まさみは今日、27歳になった。自分はまさみを14年に渡って見続けてきたことになる。こんなにも人を好きになったことはない。愛してる……。

5 件のコメント:

  1. 川崎鶴見U2014年6月3日 20:27

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    うーむ。気持ちの入ったいいフィクションですね。
    ジーンときますね。ブロガーさんの14年分の想い。ついつい真剣に読んでしまいました。
    でも・・・
    でもなんで、ここまで書いて(写真も入れてるのに)PSが「味噌一」なんですか?
    ここは、是非とも、ラーメン「北国」でやってほしかった。
    なんか惜しい気がします。すごく。

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    司馬遼太郎ふうに書き始めてみたのだが、そんなワザは自分になかった……。
    まさみが「北国」にそんなに思い入れがなかったのが原因。本文中のまさみに自分の感想も代弁させている。まさみも「拍子抜けするほど素朴で普通でした」って。
    六本木の「n.g.g.f」終わりの「味噌一」おいしかった~
    って自分の想いも込めてこんな終わりになってしまった……。

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  3. 広島風お好み焼き2014年6月4日 8:25

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    yuiさん来ましたね!!!!
    4曲もっ…
    アルバムも作ってる(?)みたいですし、そりゃ時間かかりますよね
    タイヨウのうたの監督さんの主題歌みたいですが、タイアップしてますね…
    yuiさんがいいんならいいんですけどね!!

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  4. 川崎鶴見U2014年6月4日 9:05

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    「夏」は力強いミディアム曲、
    「秋」は物寂しいミディアムスロー
    「冬」は寂しさと冬の厳しさが同居するスローテンポ曲
    「春」は春の匂いを感じさせるアップテンポ曲
    やっぱ期待は「夏」でしょうか 

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    突然だな、おい。
    「アップテンポ曲」にも期待。

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