角田房子「悲しみの島サハリン」(1994)を新潮文庫(平成9年初版)で読む。BOで110円購入。
角田房子(1914-2010)の著書を読むのはこれが2冊目。このノンフィクション作家の文庫本を探していた。「閔妃暗殺」(1988)という本が力作で勉強になったので。
サハリン残留韓国朝鮮人問題。この問題を知ってる人はZ世代以後では少ないかもしれない。自分もかろうじて子どものころニュースでたまに見かけたぐらいだった。なので自分もよくわかってない。
この本は老齢の角田房子せんせいがハバロフスク、ユジノサハリンスク(豊原)、ホルムスク(真岡)、各地で残留韓国朝鮮人の老人たちを訪ねて聞き取り調査。この本はどちらかというと離散家族たちの悲しいファミリーヒストリーとヒューマンドラマ。
自分としては、この問題発生から解決までの長い長い道のりに何があったのか?歴史解説に関心を持ってページをめくった。
この問題の発端は、戦争によって若い男性が兵士として戦地へ送られ労働力不足となった日本が、内鮮一体のスローガンと徴用令によって朝鮮半島の労働力を半強制的に樺太の炭坑や林業や製紙業で働かせたことにある。
だが日本の敗戦によって状況が大きく変化。日本人は内地へ引き上げたのだが、当時樺太にいた朝鮮半島出身者4万3千人は取り残された。
1951年のサンフランシスコ講和条約で朝鮮人は日本国籍を喪失した。1965年日韓基本条約と請求権協定によって日本と韓国の問題はすべて片が付いたはずだった。なので日本はこの問題に消極的。(てか戦後すぐの敗戦国がソ連に何か要求できるはずがない)
日本の責任が一番大きいという人がいるのだが、この本を読むと、70年代から日本国民にもこの問題が広く知られるようになり、残留韓国人のために奮闘する日本人が出てくる。
残留韓国朝鮮人たちの故郷に帰りたいという要望を叶えるべく、何度もソ連高官たちに伝えるのだが、冷たくあしらわれる。「帰国を希望する者などいない」という態度。国際社会に訴えようとするも第三世界に呼びかけてぶっ潰す。なんだこいつら?
田中角栄は嫌な顔するソ連にこの問題の解決を何度も伝えていた。
この問題に一番取り組むべき当事者の韓国側も李承晩、朴正熙といった大統領たちにとって、この問題の優先順位は低く消極的。引き揚げさせると北朝鮮のスパイがいるかもしれないし、老齢になって帰国した人たちの生活はどうするの?
一番の悲劇の元凶、それはサハリンがソ連に占領されたこと。1948年には島民に移動を禁止した。スターリンは戦後復興に日本人と朝鮮人を労働力として使役した。日本時代より食料供給はよくなったけど、労働の厳しさはむしろ増した。
この問題はほとんどソ連の高官たちに責任がある。サハリンがアメリカ統治下になっていれば何の障害もなく早々に解決していた。話のまったく通じない人の心を持たないソ連人(ロシア人)のものになってしまったことが最大の不幸。
サハリンには朝鮮半島南部出身者が多かったのだが、帰国希望者を反共の韓国に戻すことに北朝鮮が反発してくる。ソ連の友邦北朝鮮もこの問題解決を妨害した一味。
ソ連から現金や資産を持ち出すことはできない。それに老人たちの年金はどうする?樺太で帰国をあきらめ子どももソ連人として成長してる。帰国はまたしても家族の離散をうむ。
それに、ソ連が嫌だからと故郷に帰るというのは反ソ的行為。あまりに反ソが目立った家族は北朝鮮に強制帰国。ソ連当局は悪魔。
「日本の強制連行がすべてなんだから日本が補償金を出せ!」という残留一世の声を聴いた角田房子の感想
「これを聞いて私の気持ちはますます沈んでいった。個人対個人のけんかで、相手の首根っこを押さえつけ『お前が悪いいんだ。だから詫び金をすぐこの場で払え』とつめよるのと同じ筆法で、個人対国家の要求に取り組もうとするズレが、わたしには無謀としか思われなかった。」
「だが、ズレがあるのも当然である。ソ連の国民は一般に外国事情にうといといわれるが、サハリンだけで暮らす一世たちはなおさらであろう。」
「私は、国家とは非情なものと受け止めている。自国の利害を度外視して、他国に貢献する国家などあるはずがない。国家の名による正義や人道的、道徳的な行為も、その裏を考えれば純粋とは言えない何かに気づく場合が多い。」
角田先生がサハリンに取材に行ってた時期はゴルバチョフ大統領時代ソ連の末期。ソ連全体の経済が破綻し治安も悪化。泥棒が増えて車を外に止めておくことができない。朝鮮人たちもソ連を「もう終わりだよこの国」と絶望。それを聴いてる角田先生は心の中で「今がどん底?いやいやまだまだこの国は悪くなる」と突っ込む。帰国して1月後にソ連8月クーデター。
第二十五連隊主力を転用した真岡方面では将校6人を含む105人が戦死、87名負傷。約千人の一般市民も機銃掃射によって犠牲。サハリンからの避難船3隻もソ連潜水艦により撃沈。1700人が犠牲。停戦交渉に向かった軍使も2度までソ連兵によって殺害。
これはもう沖縄と同じレベルの地上戦。樺太では朝鮮人だけでなく日本人も悲惨な目に遭ってる。ソ連とロシアを永久に許すな!
樺太(サハリン)というと日本人にはずっと暗いイメージしかない。あの島の北緯50度線以南には今も日本が権利があるはずだし、千島全島にもあるはず。早く奪還してほしい。死ぬまでに自由に旅して周りたい。ちょっと昔まで稚内からコルサコフ(大泊)までフェリーが出ていたことを時刻表で確認していた。乗る機会もないまま航路は休止になり失われた。
そして、ソ連軍が真岡に侵攻し、ソ連兵による凌辱を恐れた女子9名が自決した真岡郵便電信局事件から今年の夏で80年。露助、許すまじ。
0 件のコメント:
コメントを投稿