2025年5月7日水曜日

マーガレット・ミッチェル「風と共に去りぬ」(1936)

マーガレット・ミッチェル(1900-1949)の畢生の大作「風と共に去りぬ GONE WITH THE WIND」をついに読む。
2015年鴻巣友季子訳新潮文庫全5巻で読む。そろそろ読まないと残りの人生で読むこともないかもしれない。最初で最後のつもりで読む。とりあえず3巻まで。

自分、ミッチェルがいつの時代の人かも知らなかった。てっきり南北戦争と同時代の人かと思ってた。この作家唯一の長編が1936年に出版されるやベストセラー。ピュリッツアー賞を受賞。世界中で翻訳。1939年には映画化。
自分、まだ映画を見ていない。見ようと思っても長編すぎて足踏み。結果、先に原作を読むことになった。

「風と共に去りぬ」のタイトルは19世紀英国詩人アーネスト・ダウスンの「シナラ」の一説を引用。北軍合衆国連邦軍(ヤンキー軍)がジョージアを荒らして去って行ったことと掛けている。(このことに触れてる箇所は一か所しかない。)

この本、ざっくり説明すると、ジョージアのタラ農園主ジェラルド・オハラの令嬢スカーレット・オハラ16歳の恋と結婚と南北戦争。

スカーレットのキャラがいい。黒人奴隷たちに身の回りの世話すべてをまかせて一人では何もできないように育ってる。一代成り上がりアイルランド移民父のように異常に気が強い。心の声が常に怒ってるし不平たらたら。「全員しね!」とかw
19世紀南部でこの性格を表面に出すと相当に浮くと思われる。なので心の声。1930年ごろのアメリカ女性作家ならではのキャラ造形。

十代中ごろ少女たちは結婚が主要な関心事。といっても農園と農園の距離がある。結婚相手を探すとなると選択肢の多くない周辺農園の男子。この時代は15歳少女が30代40代と結婚もあたりまえ?!

子どものころから好きだったアシュリが自分でない女と結婚?許せん!好きでもないチャールズ・ハミルトンとすぐに結婚。え、スカーレットはアシュリを心の中で好きなだけで気持ちを伝えたこともないのに?
このへんは現代日本のJKコミック・スウィーツ映画のようなテンポと会話。
チャールズはすぐに戦病没。スカーレットはすぐに未亡人。だがその後男児も生まれる。この時代は未亡人は未亡人として生きるように周囲が強制。

この本を読もうと思った理由。それは南北戦争を描いた小説だから。たぶんきっと南北戦争を知らないと今のアメリカがわからない。
アメリカ南北戦争(1861-1865)はアメリカが関わったそれ以外の戦争すべての死亡者合計よりも戦死者が多い。未曽有の惨劇。

南部連合の南軍は奴隷制で大規模プランテーションをやって白人地主たちは優雅な暮らしをしていたので南部の敗北はザマミロと思われている。マーガレット・ミッチェルはアトランタ出身。南部から南北戦争を描く。戦中戦後の南部人たちの荒廃した悲惨な運命。北部ヤンキーへの憎悪の眼差し。

この小説でいちばん目立つ男がチャールストンの荷抜け船長レット・バトラー。たぶん30代半ば。なのに17歳少女にちょっかいかけてんの?
この人も19世紀アメリカ人としてやっぱり浮いてる。物事の考え方が合理的。

南部人は一戦二戦勝利すればヤンキーたちはしっぽ撒いて逃げていくと思ってた。戦争はすぐ終わると思ってた。だがそれは希望的観測にすぎない。
南部の綿花がなければ英国の工場は止まる。だから英国は南部を助けてくれるはず!と無邪気に考えてる。だがバトラーは一蹴してたしなめる。
「イギリスは南部連合国に加勢することはありません。イギリスは間違っても劣勢の味方はしない。それがイギリスのイギリスたるゆえんです。それに、あの女王の座についている太ったドイツ女は信心深い教徒ですから、奴隷制を認めるわけがない。綿が入ってこないんだったら、イギリスの紡績工場の労働者たちは飢え死にさせよ。彼らが飢え死にしようと、奴隷制度擁護の攻撃など決して決してしない。そんなものです。それからフランスにしても、あのナポレオンの劣化コピー見たいな皇帝は目下、メキシコにフランス国をうちたてることに忙しく、われわれにかかずらっている暇はありません。それどころか、あの男は今回の戦争を歓迎しているんですよ。」
バトラーみたいに世界情勢が分かってる人はまれ。このへんは現代の読者も世界史知識がないと意味が解らないかもしれない。
バトラーはイギリスを見抜いている。(イギリスやEUがウクライナに加勢するのだから、ロシアの敗北は確定に違いない)

スカーレットは十代なのでまったく学がない。大人たちの会話がよくわかっていない。南部の農園主たちも市民も遠方の戦場がどうなっているのかわからない。
そもそも南部農園主たちは本も読まない。だから知的なアシュリに惹かれた。

スカーレットの「なぜ志願して入隊しない?」の問いに対してバトラー
「自分をつまはじきにした社会システムを維持するために、なぜ戦わないといけないんです?」
バトラーはチャールストンの一族から勘当されていた。北軍の封鎖を突破して贅沢品を南部に運ぶ海運商人。機を見るに敏。南部連合の負けを最初からわかってる。
日本も戦争が迫ってきて慌てて徴兵制を復活させても無駄。若者たちから「なんで自分たちを重税と社会保障費という負担で酷い目に遭わせてきた国を護る必要が?」と声が上げ拒否するにきまってる。

あと、バトラー「大儲けのチャンスというのは二回ある。ひとつは国を建立するとき。もうひとつは国が崩壊するとき。建国時には金はゆっくり動くが、崩れ落ちる時の金の動きは速い。」
ということは、自公政権とその支持者は今金を動かして儲けようとしてるに違いない。

北軍は戦力で南軍を圧倒。工業力と金で傭兵も雇える。南部は兵員になれる成年男子が不足。スカーレットの周囲の若い男子たちもつぎつぎ戦死。そしてついにアトランタも炎上陥落。

スカーレットは今も恋心をひきずるアシュリーの妻で亡き夫チャールズの妹メラニーが出産間近で身動き取れない。メラニーの世話をアシュリーに託されたので逃げれない。
黒人使用人少女を叱咤(ほぼパワハラ)してなんとか出産させるのだが、生まれたばかりの子と弱り切ったメラニーを連れてアトランタを脱出。行くところはタラしかない。
無理を言ってバトラーの力を借りて故郷タラ農園へ。しかし、バトラーに途中で置き去りにされる。

粗暴なヤンキー軍(シャーマン部隊)がジョージアで略奪と非道。金品、宝石、家具、絵画、そして食料、馬や牛や豚やアヒルまで根こそぎ奪って行く。通りがかった豪邸を燃やしていく。収入と税金の原資となる綿花に火をつけていく。まるでウクライナのロシア軍。
ここから先が餓えとの闘い。馬を奪われると食料買出しにも行けない。南北戦争も独ソ戦を描いた映画のように悲惨。

スカーレットがタラにたどり着く前に母エレンは腸チフスで死亡。父ジェラルドはボケ老人。19歳スカーレットは農園の女主人になるしかないが、妹たちとメラニーと幼子と、自分の子ウェイド(スカーレットはこの子が好きでない)と、残った黒人奴隷使用人たちをどうやって食べさせていけばいいのか?毎日がサバイバル。そこに再びヤンキー軍。生きることは大変だ。

タラ農園を護るためには税金300ドルが必要と知ったスカーレット。アトランタにいるバトラーに会って金を借りよう。だがバトラーはヤンキー軍本部で殺人の冤罪で拘留中。もしかすると縛り首かも?!
金策の最終手段としてバトラーにプロポーズさせよう。だが、バトラーにお見通し。「あなたに今も300ドルの価値があるとでも?」
スカーレットは怒り心頭。この場面のふたりの会話が読んでて面白い。悲劇と喜劇は裏表。この女の思い付きと心の声に読者はツッコミ入れながら読むことになる。
で、金目当てで妹の婚約者ケネディを篭絡して結婚。いやこの女すごいわ。
夫の商売とは別に製材所をバトラーから金借りて買収し、女社長としてきりもり。これには夫も呆れる。この時代の女性が外に出てそんな仕事をするなんて。
スカーレットはどんどん敵を作ってく。夫が何か言えばものすごい剣幕て言い返す。いつもイライラしてて短気で当たりが強い。このへんは新潮文庫だと第4巻だが長い。

クー・クラックス・クランが出てくる。世界史では悪の組織だが、南部の人々からすれば、戦後の混乱を招いたヤンキーたちと解放奴隷で治安が悪化したことへのカウンター。ヤバイやつらじゃなく、南部の真面目な白人も参加してた。そんな争乱の末に夫の死亡…。スカーレットは未亡人2順目。しかも2人目の子どもも生まれた。

でもやっぱりスカーレットはすごい。さらに金を求めてレット・バトラーと婚約。これには周囲の人々も呆れる。それはアトランタのスキャンダル。
もうとにかく気が強く野心的でたくましい生命力の女スカーレット一代記。読んでも読んでもスカーレットの他責と利己的な行動。悪態と罵倒の心の声。

南北戦争の悲惨さと戦後の混乱。南部の人々が北部を憎む理由がわかった。黒人奴隷を解放せよと勝手に攻撃して南部の暮らしを粉砕し、その後のケアを何もしてくれない。

そしてレットとの夫婦喧嘩と悲劇。そして、あの有名な台詞でとつぜん「完」。

しかし、1巻を読んでいる段階でもう面白いし傑作だし名作だと強く感じていた。アメリカを理解するために必読の名作大河ロマン小説。一度は読むことを強く勧める。読め!

「風と共に去りぬ」が戦争文学だったとは知らなかった。歴史は戦勝国がつくっていくものだが、敗戦国側一般市民目線の小説を読むと、歴史の解像度が上がる。
巻末で訳者鴻巣友季子氏による翻訳でとくに注意したことなどの解説。

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