佐木隆三「小説 大逆事件」を読む。別冊文藝春秋2000年春号と夏号に掲載されたものを大幅加筆して2001年に単行本化されたものの2004年文春文庫で読む。これは2018年にBOで108円で購入した6年積読本。今になってようやく読む気になれた。
明治43年(1910)の「大逆事件」は小学生でも名前は知ってるけど、日本近現代史の闇の中の闇。読むのには相当に覚悟がいる。
佐木隆三(1937-2015)はオウム事件の100人の被告たちの公判を傍聴し続けるうちに「大逆事件と似てるな」と感じ始め、資料を集め、この事件について執筆を開始。
自分、「大逆事件=幸徳秋水」という中学日本史レベルの知識だけしかない状態で読み始めた。まったく結末を知らない「無」の状態。
この本は「小説」ということなので、前半は明科製材所の宮下太吉と屋代町の新村忠雄の爆裂弾の製造とテストをめぐる会話、幸徳秋水と菅野スガの自由恋愛や千駄ヶ谷の自宅に集う人々のやりとりが断片的に続く。たぶん、ほとんどの読者が「?」ってなる。
しかし、本の後半では逮捕された人々の供述調書と予審の記録が列挙される。ここを読むに至って、ようやく事件の全貌がなんとなく見えてくる。なんとなくだが。
幸徳秋水とその他25名。なんと24人に一審非公開の大審院で死刑判決(その後に12名を無期徒刑に減刑)。
実際に爆裂弾の製造とテストをしてた宮下太吉と新村忠雄は有罪なのはゆるがないが、ちょっと言動が過激だったにすぎない菅野スガと古河力作の死刑判決も重すぎる。具体的な計画立案もしてない。こんなの実行できると思えない。
ましてや幸徳秋水はリーダー各でもなんでもない。弁護人に充てた手紙を読めば至極まっとうな意見を述べている。
世間にはほとんど詳しい情報が明かされなかったこの事件に、新聞の校正係でしかなかった石川啄木が高い関心。
啄木が平出修弁護士に聴いた話だと、「自分が裁判長なら宮下、新村忠雄、菅野、古河は死刑、幸徳秋水と大石誠之助医師は無期、内山愚童は不敬罪で懲役5年ぐらいが相当で、あとは無罪」という意見だったらしい。
幸徳に爆裂弾の製法を教えたとされる奥宮健之はまさかそんなことだけで死刑になるとは思ってもいなかっただろう。
爆裂弾のブリキ缶を作っただけで事件に連座してしまった新田融の懲役11年、薬研を借りてきただけの新村善兵衛の懲役8年も重すぎる。このふたりはほぼ巻き込まれ事故のようなもの。痛恨。
社会主義や無政府主義を吹聴するけしからん危険なやつだから死刑!という方針に従って行動した検事と予審判事の罪は重い。それにスピード結審すぎる。
明治憲法下の刑法73条「(皇室に対して)危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」を適用しようと結論ありきの決めつけ。容疑者を広げて、シャカリキにやらんでいい冤罪事件を創出した検事たちの名前を記憶するべき。大審院判事で裁判長の鶴丈一郎、検事総長の松室致、司法省刑事局長の平沼騏一郎といった名前はしっかり記憶するべき。
あと、宮下の死刑執行に立ち会った看守が、宮下が「無政府党万歳」と大声を発したその時、とっさに床を落とすハンドルを引いた…というのも悪質。そんなこと看守がシャカリキに得点稼ぎするようなことじゃない。
大逆事件は日本史の暗黒冤罪事件。陰惨なあまりテレビドラマや歴史教養バラエティ番組などで取り上げられない。なのでこの本を読むまでまったく事件について具体的イメージがなっかった。もっと早く読むべきだった。
だが、あんまり上手くまとまってる感じはない。文庫で463ページだが、このボリュームでは足りないなとも感じた。
明治時代が江戸時代とたいして違わないレベルの人権意識だということは長年いろいろな本を読んで感じていたのだが、明治政府の社会主義者、無政府主義者への苛烈で断固とした態度は今読んでも異常。こんなに簡単に人を死刑にしちゃうんだ…という衝撃。司法関係者は何やってんの?
平沼騏一郎というと、後に首相や枢密院議長にもなった人物。独ソ不可侵条約で内閣総辞職し、戦後はA級戦犯に指名された人物としか自分は知らなかった。今回この本を読んだことで、A級戦犯として死刑になればよかったのになと感じた。
菅野を取り調べた東京地検の武富済、小原直といった30代の検事たち。桂太郎政権の社会主義者根絶方針をしっかりアシスト。結論ありきで調書を創作して、ろくに証拠も調べず証人も呼ばず簡単に12人を刑場に送り、後に議員になったりして出世してるの胸糞悪い。
(裏金議員の不起訴を決めてポストを得た畝本直美検事総長もそうだが、私利私欲検事は人権の敵。)
0 件のコメント:
コメントを投稿