2022年5月1日日曜日

正義の行方 飯塚事件 30年後の迷宮(2022)

BS1で「正義の行方 飯塚事件 30年後の迷宮」が4月23日に放送された。放送当日の午後、新聞の番組欄を見て知って慌てて録画予約して見た。

飯塚事件とは1992年2月20日、福岡県飯塚市潤野小学校に通う1年生女子児童二人が通学途中に行方がわからなくなった後に、自宅から30km離れた山中(国道322号線八丁峠付近の雑木林)で遺体(乱暴された形跡あり)となって発見されたという、平成凶悪事件の中でもとくに印象深い残忍な事件。

だがこの事件がさらに注目されたのは、2009年に足利事件が再審請求によって冤罪だったと判明してから。というのも、有罪死刑判決の決め手となったDNA鑑定が足利事件と同じ鑑定方法だったから。
しかも最高裁で死刑が確定(2006年9月8日)してからわずか2年で執行(2008年10月28日)。これはザワザワする。

日本国民が死刑制度を支持しているのは警察と司法を信用しているから。もしも、有罪とされた決め手が不確かなものだったとしたら?無実の人間を死刑にしてしまったとしたら?日本の司法制度が根底から揺らぐ。なので以前からずっとモヤモヤと気になっていた。
事が重大なだけに番組を制作する側も慎重に真面目に調査。当時の捜査関係者、弁護団、西日本新聞社の記者たちに話を聴く。
間にニュースを2回挟んで三部という放送。見る側もどっぷり疲れる。

まず事件当時に小学校で司書をしていた女性にインタビュー。こんな事件に関わってしまったら誰でも人生が変わる。
事件当時の朝を振り返る。この潤野小学校が一目見て「廃校」だとわかるほどに草ぼうぼう。

女性司書せんせいは二人の女子児童が出席していないと聞いて、「どこかで寄り道してるのかな?」と思ったという。校門を出て迎えに出ても二人の姿はどこにもなかった。
「晩ごはんの時間になっても帰らないのは、きっと叱られると思ってるからではないか?二人でどこかで励まし合いながらいるはずだ」という希望を持っていた。だがその希望は打ち砕かれる。
翌日、山中で女児二人の遺体を発見。福岡発のニュースは日本全国を震撼させる。
第1部 逮捕
事件現場の駐在所勤務だった警察官、逮捕された容疑者の主任弁護人岩田弁護士のインタビュー。
さらに当時捜査を指揮した山方福岡県警捜査一課長のインタビュー。この人は犯人が死刑になって良かったと笑顔。「警察が真面目にこつこつ資料を集めれば裁判所はぴしゃっと判断してくれる」と満足げに事件を総括。
坂田元特捜班長「とにかく寒い日だったことは覚えている」関係者はもうみんな老人だ。それにもれなく福岡訛りが強い。

昭和末期から平成にかけて、群馬では1987年に発生した「功明ちゃん事件」が未解決のままだったし、1988年から1989年にかけて宮崎勤事件も起こっていた。狂った時代だった。
山中なのに遺体発見現場で不審な車の目撃者がいた。たまたま昼食のために山から下りて来た林業関係者が八丁峠のカーブで「紺色のダブルタイヤのマツダ車と不審な男」を11時ごろに目撃していた。捜査本部は小躍りしたという。

ダブルタイヤの車の線からたどると、3年前の女児失踪事件の線から久間三千年(逮捕時56歳)が容疑者に浮上。

今回この番組を見て意外だったのが、当時捜査に加わった警察官や刑事、捜査課長らほぼ全員が、久間が犯人だと100%以上の確信を持って断言していたこと。
誰一人として「本当に死刑は正しかったのか?」と迷いを見せる人がいない。それはそれで怖いのだが。
その一方で、久間の妻は夫の無罪を100%信じてるようだ。(食って掛かるような喋り方でアクが強いように感じるが、警察に敵意と不信感を持っているのならそう見えるのも致し方ないかもしれない)

刑事からすれば、死刑判決になりそうな重大事件の捜査は特に冤罪を出さないように慎重になるものらしい。車の線から浮かび上がった久間(過去に別の女児失踪事件でも捜査線上に浮上)をマーク。

当時はまだ始まったばかりのDNA鑑定も導入。遺体が見つかった現場に犯人のものとみられる血痕が残されていた。(たぶんテレビ用に表現をマイルドにしている。弁護団は膣内容と会見で言っている。)
血痕と久間の毛髪を警察庁科学警察研究所で鑑定。「ほぼ一致」と判定。

この時点で逮捕状請求したかったのだが、検察はDNAが証拠となるかどうかに慎重。当時はまだDNA鑑定が裁判の証拠になるほどの技術レベルになかった。
DNAがほぼ一致というスクープを西日本新聞社はつかんだ。だが、逮捕が明日なのか来月なのか数年後なのか?という状態では紙面にできない。
事件後に久間が車を売却しようとしていたことも判明。「異常なまでに入念に」水洗いし掃除していたことも判明。近所の談「普段は掃除なんてしてないのに。」
妻によれば「警察に何をされるかわからないという考えが頭にあった」「何もないところにぽんと毛髪があったことにされる」ので自衛のためにしたとのこと。

刑事「シートまで外して水洗いするとかおかしい」
だが、自分もきまぐれにその日のうちに徹底的に掃除したくなることがあるかもしれない…。
売却後に押収した車から微量の血痕が検出されたが、微量すぎてDNA鑑定はできなかったという。でも、長年乗った自分の車なら、自分の血痕があることもあるのでは?

久間は事件当日のアリバイがない。番組では触れられていなかったけど、妻が働きに出ている間、夫はなにもせずパチンコ屋や母の家に行ったりする以外に何もしてなかった?
車で出かける様子が地元マスコミによって尾行され映像として記録されていたっぽい。
DNA鑑定研究の権威・石山帝京大学名誉教授は同じ資料を警察科学研究所と別の方法で鑑定。だが、「被告と同じタイプのDNAは検出されなかった」と判定。

山方捜査一課長は石山に電話。
山方「鑑定試料として照合できないようなものじゃないですか?合わないんじゃなくて合わせられなかったんですね?」石山「その通り」
人は信じたいものに飛びつくという習性を持っている。確証の邪魔になる判断は独自に解釈。これによってDNA鑑定が証拠として復活。

さらに捜査本部は久間の乗ってるワゴン車のシート繊維に注目。女児遺体に付着していた繊維を「東レ・リサーチに持って行って繊維鑑定をやった」。一致することを確かめた。
「DNA型鑑定」「八丁峠の目撃証言」「車内の血痕」「繊維鑑定」と、それぞれは弱いながら4つの証拠がそろった。これで逮捕できる!

第2部 死刑
1994年9月23日、久間は自宅で逮捕される。素直に応じたという。
久間が毎朝庭を気にしてウロウロしていたのが気になっていた山方捜査一課長は庭を掘り起こす。今回の事件の2年前にも「アイコちゃん失踪事件」という未解決事件があった。「庭に埋めてるから心配になったのでは?」だが、何も出てこなかった。
「自供が近い」と期待していたのだが、久間はいっさい自供しない。「妻を妻の妹の住む横浜に子どもと一緒に移住させるために離婚する」前提で妻を面会させた。だが、この日から久間は頑なになり一切話さなくなった。妻によれば「離婚のことで面会を求めたこともない」

捜査本部は3年前の女児失踪事件(同じ小学校の1年生)に注目。久間をポリグラフ(うそ発見器)に掛けた。アイコちゃん失踪事件について絞り込んでいって死体遺棄現場と見込んだ場所を山狩り。わずか25分で女児の衣服の一部を発見。(遺体も遺骨も見つかっていない)

この衣服が遺族によって本人の物と確認されたらしいのだが、事件当時取材の最前線にいた西日本新聞社記者も「5年も6年も雨風にさらされる状態になかったキレイな状態」と語る。
久間の妻によれば「消防団の人も30分ぐらいで見つかるだろうか?」と語っていたらしい。ここが最大の不審な点。
坂田特捜班長はこれまでに何人も死刑や無期懲役になった犯人を捕まえているそうだ。犯人が無実なら「一日中犯人じゃないと叫ぶはず」「ほんとうにパチンコや母親のところに行ってるのなら、誰か見た人を探してくれと必死で言うはず」だが久間はそうしてない。

再審請求弁護団の代表徳田弁護士が登場。再審請求するつもりだったのに死刑執行された。みんな怒ってる。この弁護士もぐずぐずしてた間に死刑が執行されたという自責の念。
警察側が「100%黒」と自信満々な人々ばかりだったのに対し、弁護士たちは「証拠はでっちあげ」だと怒ってる…。
徳田弁護団長「検察は自身にマイナスとなる証拠は隠して出さない」「証拠を消されたことによって争う機会を奪われた」

山方元課長は語る。「考え方の間違えた執念深い弁護士がいる」「積み上げた状況証拠に比べたら大したことない箇所を突いて来る」「死刑確定から2年というスピードで執行されたのは早くしないと因縁をつけられるからとかそんなんじゃない」「こんな重大な凶悪事件の犯人だから早く執行するのも当然」という主張。まったく疑問もないという態度。自信満々。

DNA型判定の権威という押田日大名誉教授(足利事件の再審請求の道筋をつけた法医学の専門家)も「当時のDNA鑑定(MCT118法)は過大評価だった。」「まったく証拠にならない」と断言。こんなもので死刑とかとんでもない!
(DNA鑑定抜きの証拠で裁判をするべきだった。それでも同じように有罪判決だったかもしれないが)

裁判で証拠とされたDNA鑑定ネガフィルムを福岡地裁で撮影する請求がやっと通った。撮影当日、現場には検察官が7,8人立ち会ったという。岩田主任弁護人も「バカか!」と吐き捨てた。
このネガを撮影したことによって、証拠とされたネガが検察側に加工トリミングされた一部であったことが判明。しかも「ここが久間のDNAと一致するところ!」を念を押すような赤い点も勝手に記入してあった。(これは改竄と批判されても致し方ない検察側の落ち度)

しかも、テストのために撮った3枚の内の1枚だというのに、残りのネガは警察庁科学警察研究所の技官が個人でテストのために撮影したものだから「鑑定と無関係で保存していない」。手順を書き記したノートも保存されていない。そして、一滴の試料も残されていない。
押田教授も「処分したことは国家公務員にあるまじき行為だ」「懲罰の対象だ」と憤る。

山方元捜査一課長「科捜研が犯人でないものを犯人にする理由がない」「警察にはしゃにむに犯人を仕立てて裁判で有罪を勝ち取らないといけないという人はいない」「売名行為をする刑事なんていない」

第3部 検証
死体遺棄現場での目撃証言を再検討。八丁峠での目撃証言が1秒にも満たない間に目撃したにしては異常に細かいところまで覚えている。(しかも目撃から17日後の証言)
それ以前に警察が内偵していた情報へ取り調べ捜査官が誘導したものである疑惑もある。
西日本新聞社はこの事件にあまり接していない記者に再調査を指示。この2人の記者は2年83回に及ぶ検証記事を連載。

まず女児連れ去り現場に注目。なんと、事件当日の朝に紺色ワゴン車を目撃したという目撃証言者をたまたま探し当てて話を聴いた。
普通なら「今頃何しに来た?」と警戒されそうなものだが、そういうことはまったくなく嘘を言ってる様子はまったくなかった。
なんでそんな些細な朝の風景を覚えてたの?「自分が購入しようと思っていた車種だったから注目して見た」。それは今回初めて出てきた説明だが、ま、それもそうだなと納得…。
そして石山帝京大教授の証言から、DNA鑑定結果について圧力ともとれることを警察幹部から言われたという証言を得る。それは警察幹部として穏当を欠く発言だ。
石山教授に「これは本当か?」と取材すると、「先生の鑑定が出ると困る」と言われたということだった。これがなんと当時の警察トップ國松孝次長官からだったと判明。大びっくり。
当時の國松長官はDNA鑑定導入促進のための予算案などで国会答弁したりする役回り。これは話を聴いてみないといけない。

取材を手紙で申し込むと、文面からも不機嫌を感じ取れる返信メールが来たとのこと。再度申し込む。「石山さんの言ってることが本当かどうかだけ確認したい」と言うと「私としても言い分があるから取材を受けよう」と返答メール。

國松元長官は圧力をかけたことについては否定。「ひょっとしたら飯塚事件について妥協してくれと言ってるように受け取られたかもしれない」ということは認めてる。
その風貌から想像できなかったのだが、インタビュー取材をした記者が見た国松元長官の印象が「べらんめえ口調で率直な物言い」というものだったのも意外。
子煩悩な久間に小児性愛傾向があったか?粗暴で残忍な性格があったのか?そういう証言があったのか?
家宅捜索でそういう証拠はあったのか?なぜ夫の異常な性向に妻は気づかなかったのか?あそこまで強く無罪を信じられるのか?二重人格の疑いは?そのへんはこの番組では一切触れられなかった。
あと、何と言いくるめて二人の女児を車に乗せたのか?そのへんは久間の死刑が執行された今となってはわからない。

ドローンカメラで高精細に街を上空から撮影。まるで1本の映画を見るような150分大力作長編。

状況証拠だけでかなり黒いイメージはあるのだが、死刑判決を出すに十分だったとは自分を納得させられない。
これを見た所で久間が本当に真犯人だったのか?そういうことはわからない。事件について知らなかったことの多くを知れたのだが、モヤモヤは晴れない。
だが、当時捜査した老刑事が「(久間を逮捕してから)もうこの手の事件が起きてないよね?」という問いかけには返す言葉がない。

だがそれでも「犯人ぽい」やつを犯人にしようと思えば、こんな状況証拠がつくられる可能性はある。現場や科学警察研究所技官が警察トップの考えを敏感に感じ取って忖度して結論にあった証拠だけを採用してしまう可能性は捨てきれない。
かえすがえすも「現場に残された血痕」試料がまったく残されていないことが惜しい。なぜ試料をすべて使いきった?それさえ残っていれば問題の答えは出るのに。

1 件のコメント:

  1. はじめまして。突然のコメント失礼します。
    目撃証言の信ぴょう性についてですが、実は目撃者は警察に事情聴取される前に同僚に不審車両について詳しくを述べており警察が誘導した線は薄いかと思います。(同僚は法廷でもその旨を証言している)
    何故かテレビではこの同僚の証言は取り上げられることはありませんが…

    またネガについてですが、
    オリジナルネガ自体は第一審で証拠として提出されており、証人尋問でもそのオリジナルネガが使われていますので検察側は隠蔽する意図はなかったでしょう(再審請求でも隠蔽か否かが争われましたが隠蔽の意図はなしと判断されました)
    また重要部分にマークをつけるのは検察官だけでなく弁護側もよくやる行為で裁判では割とあります。そのことを弁護士は知らないわけはないですから意図的にミスリードを狙っているのでしょう。

    冤罪事件は許されないことです。検察も警察も時に暴走します。しかしそれは弁護団も同じであると思います。
    自分達に都合のいいように、被告に都合の悪いことはあえて視聴者には伝えないという手法を彼らは取っています。
    もし飯塚事件にご興味があるのでしたら、一度判決文をお読みなられることを強くお勧めします


    乱文失礼いたしました。。

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