2021年12月18日土曜日

吉村昭「漂流」(昭和51年)

吉村昭「漂流」(昭和51年)を新潮文庫で読む。これは吉村昭の本の中でもわりと上位の人気作。

天明年間に土佐国赤岡村から田野・奈半利村へ御蔵米を運んだ帰りに天候が急変し鳥島に遭難漂流した長平という青年が主人公。
航海技術がほとんど進歩しなかった江戸時代。米や木材を運ぶための江戸時代の和船は底が浅くて楫(かじ)が壊れやすく難破遭難しやすい。
天気が急変。土佐沖から北西の季節風に流されてしまうと黒潮に乗って太平洋の真ん中まで持っていかれるという恐怖。それが吉村昭らしく淡々と描かれてる。壮絶。

水もないし食料も米だけがわずかにある。たまに雨が降ったら上を向いて口を開ける。航行不能に陥り太平洋を漂い絶望する4人。もう自殺してしまおうか…。

だがやがて陸を発見。なんとか上陸するも絶海の孤島。湧き水も沢水もない。岩に張り付いた貝や海藻を生で食べ、アホウドリも羽根をむしり取ったら海水で揉んで生で食う。
火種がない。江戸時代の人って火種がないと火を起こせないの?

やがて島の洞窟で、かつてそこで人が暮らした痕跡を発見。そして白骨死体を発見。さらに別の岩屋でも死後20年は経っていそうな仏も次々と発見。自分たちもいつかそうなる…という絶望。

もしかしてアホウドリは渡り鳥では?と気づいた4人は鳥を干物にして保存食にすることを思いつく。そのことを思いつかなければ餓死してた。

ずっとお腹が痛いとうったえていた水主頭の源右衛門がどんどんやせ細って最初に死んでしまう。胃潰瘍?胆石?土佐に再婚した若い妻と子を残してきた無念。
食料が尽きかけていたころアホウドリが再び島に戻ってきたときは救われたと思った。卵を生ですする。卵の殻に雨水を溜められる。

これで一安心と思いきや偏った食生活により栄養不足で間接が痛い。アホウドリの生肉か干し肉、生貝しか食べてない。
若い音吉も長平も体が痛くて這うようになる。食欲も失う。長平よりも若い音吉も寝てる間に冷たくなって死んでいた。最年長の甚兵衛も同じような過程をたどって死んだ。漂着して2年で主人公以外全員死亡。絶望に次ぐ絶望。

そこから1年半ひとりぼっち。死者を弔い祈り、たまに嗚咽。3年間まったく船影を目撃すらしていない。
だがある日、山の上に人がいるのを目撃!?ここ急展開すぎて怖かったw
最初は幻覚か心霊現象かと思ったのだが、新たに大坂船11名の遭難者が加わった。

鳥島は黒潮の流れ上にあるらしい。その歴史上、何度も漂流者が到達してる。だが、そのほとんどが島で死に絶えた。
こんな悲惨な事態にならないように定期的に無人島を周回して見まわるべきだと思った。でも江戸時代なら仕方がないか。

無人島サバイバルの先輩として新参者に知識を伝授。だがやっぱりメンタルをやられて無気力になり寝そべったまま動かなくなる者が続出。長平は経験から動かないとやがて死んでしまうと諭すのだが聞き入れてもらえない。うるさそうな顔をされる。でも、他人の事だし、言うべきことは言ったし。そしてまた死者。
自殺者の発生がいちばん怖い。さらに三味線を弾く遊び人男が崖から身投げ。みんな何も喋る気力を失う。

そしてまた薩摩からの漂流者。島にいる生存者たちを見てビビッて逃げ戻ろうとするが必死の呼びかけが日本語らしいから島に上陸。仲間が増えるとやっぱ嬉しいのだが、5年もそこで暮らしてるという話をするとみんな絶望して落ち込む。
今度の新たな仲間は髪結い道具を持っていた。なので長平は5年ぶりに髪を整え月代と髭を剃る。

この薩摩人たちが有能で結果的に長平たちの運命を好転させる。火山岩質で雨水を溜めることのできなかったのだが、漆喰のようなもので底を固めた貯水池をつくることで飲み水の心配がなくなった。
こういうの映画とかだと派閥をつくって仲間割れの殺し合いとかなりそうだけど、昔の日本人はみんな仲良く協力してくれてよかった。
薩摩船は全員40代で島に居続けることに危機感。残してきた妻も心配。狼煙をあげてみたり、渡り鳥にメッセージを書いた木札をつけてみたり、新しいことを試す。

そして、大工道具を持っていることで、島を脱出する船を作る決意。
だが、船を作る材料がない。島に漂着した難破船由来の木材などを数年かけて少しずつ集める。帆は衣服を大切に保存して出航の日に備える。だが、漂着した木材から引き抜いた釘では足りない。それに錆びている。

だが、岩場にイカリが沈んでることを発見。それを何とか引き上げ、鍛冶知識のあった者が釘を製造。やがて生き残った14名と水食糧を乗せ、一か八かの決死の航海へ。この時点で長平は遭難から13年。

ラッキーなことに出航してから嵐に出会わなかった。シケに出会えば手作り船はひとたまりもない。島を出て8日目の朝、島が見えた!
これが青ヶ島。青ヶ島も流人の島。惨めな暮らし。だが八丈島はすぐそこ。

そしてついに八丈島へ。ここまで長かった。読んでいて涙。
お役人の厳しい取り調べの連続。この時代、漂流民の帰国は切支丹禁制下なので、まるで犯罪者のように扱われる。
やがて疑いも晴れ、長平たちの悲惨な体験にお役人たちも同情。その都度、様々なものを下賜してくれる。江戸では大名屋敷など方々に呼ばれて体験記を語って聞かせ金品を贈られる。そしてついに故郷の土佐赤岡へ。24歳の青年は37歳になっていた…。

吉村昭の本は何を読んでも読後にぼーっとしてしまうような感動と満足感。中でも「漂流」は人気作だが、評判通りの壮絶で壮大な感動作。まるでアポロ13号。
すべての世代の人に強くオススメする。

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