2021年7月3日土曜日

水上勉「飢餓海峡」(昭和38年)

 水上勉「飢餓海峡」を読む。1962年に週刊朝日に連載され、63年に単行本化。今回は河出書房新社による改訂決定版(2005)上下巻で読む。

水上勉(1919-2004)が亡くなる前年にパソコンに向かって手直した最後の改訂版。
ちなみに自分はまだ内田吐夢監督と三國連太郎にによる映画は見ていない。まっさらな状態で読み始める。

昭和22年9月、台風で青函連絡船が横転沈没した悲惨な事故現場から物語は始まる。浜に打ち上げられた多くの遺体。2遺体だけ身元不明のまま。

海難事故のちょっと前、北海道岩幌町(架空の町)の質店に強盗が押し入り現金を奪い店に火をつけて逃走。燃え広がって市街地に延焼し大火災。多くの市民が罹災。火元を探ると質店の主人夫妻とその息子夫婦4人の遺体。頭を鉈のようなもので割られている。
このへんは昭和29年の洞爺丸事故や北海道の岩内大火がモデルになっている。

目撃証言などもなく捜査が行き詰まるのだが、岩幌署の田島刑事を網走刑務所の看守部長が訪ねてくる。6月に仮釈放になった2人が怪しい。以前に強盗で逮捕されたときの手口に似ている。調査の結果、質屋夫妻は温泉宿でこの二人と一緒になっていた?質屋ということで狙われた?だが、その二人と一緒にいた犬飼という大男の身元が分からない。

凶悪事件を起こし仲間を殺し、函館から下北半島へ渡った犬飼の足取りを、函館署の弓坂は追いかける。犬飼を客にとった娼婦杉戸八重の行方を追う。
上巻の半分ほど読んで、なんとなく構図が見えてきた。

函館や下北半島の地理関係、集落や町、温泉の位置関係がぜんぜんわからない。グーグルで調べた。ああ、大湊ってむつ市か。下北半島の周囲にある小さな湊に今も人々が町をつくって生活している。それらを見て回ることのできるストビューってほんと便利。

上巻の後半は、上京した八重の、終戦直後の焼け跡バラック流転生活。
この本を読むと終戦直後の東京暮らしの厳しさが否応なくイメージできる。食料の配給を受けるために通帳が必要?
池袋の飲み屋で知り合った男はウドン粉横領で指名手配。八重も池袋署の刑事にマーク。逃げるように亀戸の遊郭へ。故郷を同じくする時子も病死し東京で自分を知る者もいなくなった。売春防止法による遊郭廃業も近い。
そんなとき八重は新聞で、刑余社更生事業に3千万円寄付した舞鶴の篤志家の顔写真を見て犬飼を思い出す。八重は舞鶴へ旅立つ。

そして下巻。舞鶴を訪れた八重。地元の名士となった犬飼(樽見京一郎)に会いに行くも、「犬飼じゃないし」「あなたのことも知らない」「覚えてない」
そしてその場で八重は毒殺され、後片付けを手伝った書生もろとも舞鶴湾の岩場に死体となって発見される。

舞鶴東署の味村刑事は関係者に話を聴くうちに八重の年老いた父親から郷里の畑集落を函館署の刑事が訪ねてきたことに注目。退職し剣道師範として暮らす弓坂を訪問。大男の樽見こそ自分が追い求めた犬飼だ!

舞鶴から東京、東京から下北半島の大湊、そして函館。昭和32年の鉄道は蒸気機関車で固い座席の長時間移動。刑事たちは少ない捜査費用しかない。移動だけでヘトヘトなのに森林軌道やバスに乗り、そして歩きメモをとる執念の捜査。

樽見京一郎という青年の、貧しい家に生れ不運に翻弄された哀しい流転の経歴をここまで詳細に創出した水上勉に脱帽。日本の貧しさに絶望。真面目に働いているのに仕事を失っていく様子が淡々と書かれていて怖かった。
フィクションではあるが当時を知る人にしか書けないリアリティーの超大作。松本清張「砂の器」と並び称される社会派推理小説の双璧。読後に哀しみの感情しかない。

この小説を読みながら、下北半島や舞鶴、倶知安や岩内、函館の地図と位置関係を何度もグーグルで確認した。今まで一度も関わったことのない土地の地理を調べた。

真面目な庶民が食糧難と生活物資の不足にあえぐ中、隠退蔵物資を横領して成り上がった経済人は少なくなかったんだろうなとも思われる。

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