2021年2月9日火曜日

陸秋槎「文学少女対数学少女」(2019)

北京出身の陸秋槎(りくしゅうさ Lù Qiūchá 1988-)は2018年に「元年春之祭」という小説が日本でも翻訳出版された話題の中国人ミステリー作家。この人は90年代以降の日本新本格推理小説に強い影響を受けた人らしい。

2020年12月にはハヤカワ・ミステリ文庫から稲村文吾訳の「文学少女対数学少女」という注目の一冊が出た。
表紙イラストを見た感じだと、中国色をあまり前面に出さないことで、日本の若者たちに読んでもらいたいという早川書房の意図を感じる。

自分、第二外国語で中国語を選択したにもかかわらず、これまでの人生で手に取った現代中国人作家はせいぜい魯迅、巴金ぐらいw この「文学少女対数学少女」で80年代生まれ中国人作家の本を初めて読む。自分と合うのか不安なまま読むw 

当たり前だが登場人物たちの名前がすべて中国人。慣れていなくてちょっと戸惑う。だが、登場人物をそっくりそのまま日本人に置き換えたら、誰も外国人が書いたものだとは思われない。中国人らしさがほとんどない。(たとえ話で一か所だけ中国で教育を受けた人でないとわからない歴史故事はあった。中国高校生の受験事情なども出てくる。)

4本の短編からなる一冊。順に読んでいく。

「連続体仮説」
高校2年生でミステリー小説を校内新聞に発表している文学少女陸秋槎(りくしゅうさ)は、校内の変人で孤高の天才数学少女韓采蘆(かんさいろ)に自作の推理小説を読ませる。すると、数学的論理学で推理小説における「犯人当て」について解説する。

これは新本格ムーブメントで盛んにオタクたちの間で議論されてきた推理小説作法に、数学者としての見地から物申すメタ短編。陸秋槎は作者と同じ名前。作者は男だが、小説の中では女子高生になってる。そこ、ちょっと戸惑う。

「フェルマー最後の事件」
陸秋槎と韓采蘆はなぜかフランス・トゥールーズに来てる。引率の先生と数学オリンピックメンバーと。
フェルマーが死の直前に宿泊したという宿に泊まる。その宿でフェルマーの古い友人の数学好き将軍が殺された…という話を韓采蘆が陸秋槎に語って聞かせる。
だが、現実でも同行生徒が噴水のそばで頭を殴られ倒れている事件に遭遇。

韓采蘆が数学で使われる論理で現実の謎を解く。かつ、フェルマーが事件を捜査する小説の犯人は?という二重の謎解き。かつ、フェルマーの業績を讃える。これもとても面白い。

「不動点定理」
韓采蘆が家庭教師をしているお屋敷の少女も推理小説マニアで、そのお屋敷を舞台にした小説を自分で書いていた。なので陸秋槎も呼ばれて高速バスで向かう。
中国は夏休み後に新学年が始まる。中国ならではの高校生大学生の事情が出てくる。日本とはだいぶ異なっている。そこは興味深い。

これも推理小説の技法と評論に満ちていてマニアックな話題に終始。最後はヒューマンドラマで他の3作と毛色の違う作品。

「グランディ級数」
大学生になったヒロインたちが喫茶店で推理小説の結末なんかを話し合っていたら、上の階でマスターが撲殺されていた事件。
だが、真相も結末も簡単にアッサリ会話でそれらしいことを明かしてバッサリ終わる。

エラリークイーンや日本の新本格を相当に読んでいないとついていけない。とても学生たちのレベルとは思われない。

前2作は文句なく面白い新本格のマニアックな力作。ただ、表紙のイラストに釣られて手に取った一般の高校生大学生にはかなり難しいかもしれない。「後期クイーン的問題」とか知ってるような推理小説マニア向け。理屈っぽい本読み向け。

だが、とても面白かった。日本の90年代新本格とラノベの流儀をわきまえた新鮮な作家だった。

この本を読んでいると、確かに中国が舞台だけど、まったく共産党独裁の社会主義国という感じがしない。
若者たちがほぼ2000年代以降の日本のアニメの雰囲気。中国の学生は日本の旧制高校時代のような感じ。教養的な話題が好きらしい。

もう若者の誰も人民服着てイッちゃった目をして毛主席万歳!とか造反有理!とか米帝打倒!とか言ってない。誰もマルクスレーニン主義とか政治の話をしていない。若者たちはもう共産党一党独裁体制なんてぶっ潰しちゃいなよ。

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