2021年2月23日火曜日

辺見庸「もの食う人びと」(1994)

辺見庸「もの食う人びと」を手に取った。友人の本棚にあったから。これは1994年に共同通信社から単行本化されたものを定本に、平成9年角川文庫化されたもの。

辺見庸(1944-)を読むのは初めて。この本は発表当時から衝撃的だったのだが、今読んでも衝撃的。グルメ情報があふれる飽食の時代、あえて逆を行くような内容。たぶん「美味しんぼ」アナザーサイドの極北。

1992年年末に取材へ旅立ち、世界各地のギリギリな「食」を取材した一冊。1992年から1994年、世界の人々は何を食べていたのか?を記した貴重な記録。もっともっと若者に知ってもらいたい読んでもらいたい一冊。

全5章と31のチャプターから構成されている。どれもが衝撃のルポルタージュなのだが、すべてが短編小説のような味わいですごく感心する。文体に味わいがある。
  • 国民が食えてない国バングラディシュでは残飯が取引されていた。ムスリムは木曜金曜に結婚式が多いから、その日に食べ残しを集めてさらに底辺の人々が買い求めて喰らう…。
  • 働いてないのに自分たちよりも良い食事をしてる…と周辺住民に思われ苦悩するロヒンギャ難民。
  • ピナトゥボの大噴火によって山を下ったアエタ族の長老が支援物資のネスカフェのインスタントコーヒーの味にハマる話。
  • マニラ南西280キロにあるブスアンガ島では、当局の取り締まりがあってもこっそりジュゴンが食べられていた。他に食べるものがあっても牛よりも美味いので食べるという。
  • ミンダナオ島ガヤンデオロ市南東90キロのキタンラド山中、かつて抗日ゲリラだった長老が語る。1946-47年に残留日本兵が組織的に地元村人38人を殺害し人食していた事件。
  • バンコクの猫缶工場で辺見さんは女工につい「やめておけばよかった」という失礼な質問をして後悔。これもまるで短編小説のような味わい。
  • バンコク郊外のロイヤルドラゴンレストラン
  • ベトナム・ハノイでのフォーを食べ終わる時間と経済発展の関係
  • ハノイからホーチミンへ向かう48時間鉄道の旅。90年代になっても客のほとんどがホーチミンをサイゴンと呼んでいるしサイゴンへ向かう鉄道を「上り」と認識していたのが驚き。それにベトナムはこの時代から泥棒が異常に多い。
  • 旧東ドイツ刑務所の統一ドイツ前後の変化。西側が送り込んできた法務官と、東ドイツのままの意識の看守。
  • トルコ人の多いベルリン・クロイツベルク地区を取材。ここを読んでドイツにトルコ人が多い理由が1961年西ドイツとトルコの労働者派遣協定によるガストアルバイター(出稼ぎ労働者)であることがわかった。統一ドイツ後は旧東ドイツ市民を優先に雇用したためにドナー・ケバブを開店するトルコ人が増えたらしい。そして同時にネオナチが増えた。ネオナチは東ドイツの貧しい家庭出身者が多い。だが、スーツを着て皮の椅子に座るエリートたちの心のなかのネオナチが怖いという。ちなみに、トルコ人はドネルケバブを代表的トルコ料理と思われてることが不愉快。これはドイツ風にアレンジしたファストフードにすぎないんだそうだ。
  • ポーランド・カトウツェ郊外のビエチョレク炭鉱をレポ。ポーランドでも石炭は斜陽。そしてこの頃はワレサの連帯も落ち目で統一労働者党系労組が主。辺見氏は坑道に降りて石炭掘り。その後に食べた田舎風スープ「ボグラッチ」を世界一美味い!と絶賛。さっそく調べてみたのだがどこにもレシピがない。ボグラッチに言及してる人はみんなこの本を読んで興味を持った人っぽい。
  • ワレサに敗れ、清貧の元大統領となったヤルゼルスキ氏との単独会見。
  • 国営から民営となったポーランド・サーカス団員たちの夢。
  • クロアチア・カルロバツ市郊外のトゥーラニ村を取材。この取材時にはクロアチアはユーゴ(セルビア)と内戦中。ひとりぼっちの孤独に泣く老婆が憐れ…。ナチス時代のクロアチアファシスト組織をウスターシャということをこの本を読むまで知らなかった。
  • 難民であふれるザグレブ
  • 魚が食べたくなった辺見氏はアドリア海のウグリアン島へ渡りイワシ漁船に乗り込む。セルビアの軍艦に怯える。
  • コソボ州のセルビア正教デチャニ修道院へ体験入門。コソボではセルビア人は少数派。修道士に「隣人を愛せというなら、なぜ殺すなと唱えて歩かないのか」と質問をぶつけてしまう辺見氏。
  • ウィーン・プラター遊園地の大観覧車。これもすごく短編小説文芸っぽい。声に出して読みたい作品。
  • この本の最大の驚き。ソマリア・モガディシオを取材。たぶん世界で一番行っちゃいけない場所。この時代はまだ米軍がいた。ソマリアが世界から見捨てられる契機となったブラックホークダウン以前のモガディシオの様子が貴重。難民キャンプでインジェラを焼いていた女に話を聴くと「アメリカとUNOSOM2(国連軍)は敵」「アイディード将軍が国を平和にする」
  • モガディシオの死を待つ少女、銃撃戦、外国人記者つきの護衛のほとんどが反米アイディード支持者…という現実。
  • エチオピア人はコーヒーが好き。茶道のような作法でコーヒーを入れる。塩やバターを入れたりもする。
  • 下唇に大きな皿を入れるエチオピア・スーリ族居住地区へ。エチオピア人であってもほとんどがスーリ族を見たことがない。このスーリ族がイタリアなどの旅行会社が企画した秘境ツアーのせいで、外国人をみると口に皿を入れ写真を撮らせて金を要求することが常識になってしまった。その金で酒を買うようになってしまった。
  • エイズに苦しむウガンダ
  • 亡命先のロンドンから帰国したブガンダ王国第36代国王ムテビ2世への日本人記者初の謁見。この国王がロンドンでは様々な仕事をした苦労人。フィッシュアンドチップスを好み庶民の英語を話す。
  • ロシア海軍ウラジオストク艦隊ルスキー島訓練基地で起こった新兵4人が栄養失調で死亡した事件を追う。軍の食料横流し、ジェドフシーナ(新兵いじめ)、病気による除隊を狙ったもの?それらが複合した不幸な事故?
  • チェルノブイリ4号炉に面した窓と壁はコンクリートで覆われた食堂も取材。一度は廃止が決まったものの、エネルギー不足と失業者対策のために原発を再開。疎開した老人たちも行き場がなく村に戻ってきた。体のあちこちが痛いけど、森のキノコを食べるし、自家製リンゴ酒やウォッカで放射能を洗い流せる…と信じるしかない。「ペレストロイカとか言い出したころから世の中急におかしくなった」これはていのいい姥捨てじゃないのか?
  • 雪のモスクワの通りの真ん中で子ども用チェロを弾く物乞い少女とその母親を取材。
  • アエロフロートの不定期な定期便でユジノサハリンスク経由で択捉島のブレベストニク空港へ。トラックバスに乗りクリーリスクへ。「パーパラニク」と「ラプーフ」と呼ばれる食材を求めて取材。ラプーフはフキのことだった。パーパラニクが何かは言及がなく不明。択捉のロシア人はラプーフも昆布も小エビも食べなかったのだが日本人から食べ方を教わった?50年代までは日本人とロシア人が混在?「択捉料理の傑作サケのハンバーグ」とあって驚いた。そんなものがあるの?
  • 韓国慶尚南道の儒家の村青鶴洞で食事作法の講義を聴く。金を払って民宿に滞在してるのに、主人から「挨拶に来ないのは失礼」と怒られる。辺見氏はウンザリ呆れぎみ。
  • 韓国プロ野球三星ライオンズ二軍の在日韓国人3世選手を取材。
  • そして李容洙を取材。この人はこんな昔から日本大使館前で大げさに泣き叫びながらの自殺パフォーマンスを繰り返してたのか。哀れな人生であることは間違いない。
この本には多くの驚くべきことが書かれていた。90年代初頭の世界の人々の記憶。とくに「ボグラッチ」というスープと、択捉料理なるものが気になって、作ってみたいと調べてもネット上にほとんど情報がない。

0 件のコメント:

コメントを投稿