2020年10月29日木曜日

市川崑「病院坂の首縊りの家」(1979)

市川崑監督の金田一シリーズ第5作「病院坂の首縊りの家」(1979 東宝)をひさしぶりに見る。
「女王蜂」もあまり見てないが、この「病院坂」はもっと見ていない。高校生のころ初めて見て以来、何度見ても人物関係とストーリーが頭に入ってこない。次の展開もセリフもカットもまるで覚えていない。

一昨年に横溝正史の原作本(角川文庫上下巻)を読んだ。映画と原作はまるで違うし、内容もよく覚えていない。
市川崑はもう前前作あたりで燃えつきてて、この第5作は公開前から「これで最後」と銘打たれていた。石坂金田一シリーズはたったの4年で5作で終了。悲しい。

テーマ音楽が流れるオープニングに市川崑タイポグラフィーでのキャスト紹介という伝統が今作ではない。なんで?ちょっとがっかり。
でも毎回映画タイトルがばーんと出るタイミングが食い気味で好き。進駐軍相手のジャズバンド演奏シーンで状況を説明しているのでオープニングもしっかり見ないといけない。
この物語の実質主役の法眼病院理事長の弥生(佐久間良子)は見た目が若い。原作のような雰囲気はない。前時代の人という気がしない。あまり人力車が似合わない。

今作でも市川金田一シリーズのユーモアが健在。廃病院をおっかなびっくり捜索してて互いの姿を見て「ヒィッ!?」とかお約束。
それに、捜査本部になる部屋に事件関係者たちがギッシリ床に正座させられてる場面は、後に「TRICK」シリーズで堤カントクがそっくりマネした要素。どこか可笑しい。

石坂金田一シリーズの準主役である加藤武が今作も飛ばしまくってる。「よし、わかった!」動機があってアリバイがないだけで犯人扱い。酷いw
警部の補佐をする岡本信人刑事がわりと性格悪い。記者からの問い合わせ電話もケンカ腰対応。

小沢栄太郎、三条美紀、あおい輝彦という「犬神家」で主要キャストを演じた3人も登場。ピーターさんも「獄門島」以来の登板。
萩尾みどり、中井貴恵という「女王蜂」で母娘キャストだったふたりも再登板。

そして、大滝秀治、小林昭二、常田富士男、三木のり平、草笛光子といった市川金田一のおなじみの顔ぶれ。それぞれがキッチリと役をこなす。
とくに今回は白石加代子の悲劇語りがぶっ飛ばしてて強いインパクト。
自分は今まで写真館の若旦那の俳優を顔は知ってるけど名前は知らなかった。清水綋治という今も活躍中の俳優だ。

五十嵐滋役の河原裕昌という俳優が後の河原さぶさんだとは今回見るまで気づかなかったw 知ってる河原さんとイメージがまるで違うw 河原さぶさんは「トリック」第1シーズンでのマタギ役が強いインパクト。

由香利の件で滋に何者からか脅迫電話がかかる箇所は、6者それぞれの電話応答シーンを断片的に次々に映すというもので、今までの作品では見なかった要素。もう市川崑はそれほど大切でもない箇所はしっかり説明しない。

草刈正雄さんが若くてスーパーハンサム。金田一さんの助手を買って出る本條写真館の助手。金田一さんに代わって聴き込み調査をしてくる。「犬神家」の坂口良子のようなポジション。ユーモア担当。
この青年は戦災孤児ということで金田一さんといろいろ通ずるものがあり、金田一さんはシリーズを通して初めて自身の身の上話をしている。
山内小雪法眼由香利の二役を演じた桜田淳子さんはシリーズを通して「もっとも美しい!」と評判のヒロイン。熱心な金田一ファンたちからの評価が今も高い。

この人はアイドル歌手だったそうだが、自分はこの人をこの映画でしか知らない。気の強い法眼家の娘を演じ、生首風鈴事件現場にいた白痴美花嫁のビジュアルがこれ以上求めることが無理なぐらいに理想的で熱演。

進駐軍を相手に旅回りの音楽一座というシーンでの小雪の英語歌唱がすばらしい。女優として声質も良い。今現在から見ても十分人気が出そうな若手女優。
今まで気づいていなかったのだが、桜田淳子は顔の左右で目の位置と角度と形と大きさにかなり差があると感じた。

「奥様とお話したいことが…」とやって来た亡父法眼琢也の妾山内冬子(萩尾みどり)を上がり框でけんもほろろに罵る法眼由香利17歳のシーンには強いインパクト。「乞食よ!乞食よりもっとひどいかもしれない!」
ショックな事実を知ってメンタル弱ってるときにこんなにも強く口汚くののしられたら、そりゃ誰でも死にたくなるわ…。
あと、今作で初めて金田一さんは「命を狙われている」と訴える依頼者を殺害されてしまうという失態を犯す。犯人への怒りと恥辱にぷるぷると震えるシーンがある。
犯人は絶対に許さない!ラストでの「〇〇さんがいませんね」は自決やむなしという確信犯。

大正昭和の身勝手に性欲の強い男はこんなにも女たちを哀しい目に遭わせる。性暴力はこんなにも悲劇を生む。

今回じっくり見てみて、セリフのすべてをじっくり聴いて、カットのすべてをじっくり見て、ようやく悲劇の構図がイメージできるようになってきた。この作品も十分に見どころがいっぱい。
横溝先生が塗炭の苦しみの末に書き上げた大長編作を大幅にそぎ落として2時間にまとめた市川崑の手腕には感服。横溝先生夫妻が今作もオープニングで登場。

この第5作は生首が天井から釣り下がってる画意外にはあまりヒイィッ!?という驚きがなかった。
あと、今回見てみても千鶴が天井裏の座敷で隠れて介護生活してる意味がよくわからない。敏男の突発的な自殺もあまり納得できない。効果的に恨みを晴らすなら生きて自分で実行したほうがいいのに。

ちなみに自分が「鹿爪らしい」という言葉を覚えたのは横溝正史を読むようになってから。
あと、この映画のロケ地である伊賀上野の伊賀街道(農人町)や伊勢市に行きたいという夢はいまだ実現していない。もうだいぶ街並みも変ってるかもしれない。
この映画が撮られた当時は事件の時代からまだ30年ほどの開きしかない。今ではもう70年。これからは金田一ドラマの撮影隊がそれらしいロケ場所を探すのも困難。

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