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2017年5月9日火曜日

佐渡紀行 その1佐渡金山

今年のGWも東北方面へ旅行することにしたのだが、前半に佐渡へ渡ることにした。

北区の王子には佐渡汽船の事務所があって、長年そこを通りかかるたびにいつか佐渡に行ってみたいと思っていた。今年、ついに実現した。

家入の武道館ライブ終演後、ゆっくり食事をしてから友人の運転と車で関越道をイッキに北上。
深夜2時過ぎに、新潟の佐渡汽船フェリー乗り場の自動車待機列に車を止めて車中で仮眠。船が出向すると雑魚寝で仮眠。なので、往路はよく覚えていない。

佐渡までは2時間半の船旅。両津港に到着。風は東京よりはひんやりしたけど、予想ほどは寒くなかった。むしろ暖かかった。
佐渡は島としては巨大すぎて、ぜんぜん島に来たという感じがしない。首都圏のロードサイドで見かける大手資本のショップが立ち並んでいて、離島という感じがしない。

午前中のうちに真野湾に面した窪田キャンプ場にテントを設営。このキャンプ場が道路にダイレクトに面しているのだが、直線バックストレートで車の騒音がそれほど気にならない。海がすぐそこだし、テント一張り1000円。200円×人数と格安なので、佐渡滞在2泊3日のベースにすることにした。我々以外にも他県から7組ぐらい客が来ていた。夜はそれほど寒くなかった。
まず、佐渡といえば佐渡金山ということで見学に行った。
佐渡はどこへ行っても道路が立派で驚いた。好天で快適な旅だった。空気が爽やかだった。
まるで古代遺跡のような産業遺産でそれなりに見応えはあった。
だが、我々の目からすると管理が行き届きすぎていて、やや興ざめ。
いちおうお金を払って坑道内部を見学したりもした。いくつかある坑道の中から江戸時代の坑道を選択。坑道内部は気温が10度ほど。

過酷な労働を機械仕掛けのロボット人形が再現している。ちなみに坑道掘りは湧き水との闘い。水をくみ上げる道具が江戸時代になってやっと登場。作業効率が少しだけよくなった…ということを展示している一角。
権力者たちの富への欲望を満たした金山も、やがて掘りつくされ平成元年についに閉山。
江戸時代に奉行所が置かれた相川の集落。佐渡はどこへ行ってもこんな板張りの外壁の黒い瓦屋根の家がぎゅっと密集して寄り添うように建っていた。

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