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2017年3月10日金曜日

マイーヌは焼きまんじゅうの夢を見るか

乃木坂46が発足した瞬間から現在に至るまで、最重要メンバーは白石麻衣であるといって間違いない。
アイドルグループが特別な存在になっていくためにはパッと目を引く個性的なメンバーと、誰が見てもキレイな子がいる必要があった。乃木坂はそんな成功モデル。

乃木坂の多くのメンバーが出身地色を強く出しているのに対し、白石麻衣は群馬県出身であることがほとんど表に出てこない。
白石麻衣は中学2年の後半で不登校になって埼玉に移り住んだことがドキュメンタリー映画でも語られている。
おそらく白石は群馬に良い思い出もないし、故郷とも思っていないかもしれない。自分も昔一時期住んでいた街にとくに思い入れもないし好きでもない。思い出すこともない。

さて、群馬県の四万温泉に行ってきた自分と友人の乃木オタ一行は帰りに沼田に立ち寄った。沼田こそが当代きっての人気アイドル・白石麻衣の出身地。

だが、何か白石麻衣に関係ある場所へ行ってみようにも、何もモニュメンタルな場所が思いつかない。白石の口から家族で出かけた思い出の場所のような話は聞いたことがない。
しかたがないので出身中学へ行ってみた。事前に調査が不十分。ネット上で得た情報なので真偽不明だったのだが、沼田市の中心部に近い沼田中学校へ行ってみた。
白石が女子ソフトボール時代に汗を流したと思われる沼田中学校のグラウンド。おそらく白石にとって嫌な想い出しかない場所かもしれない。
だがそのわりに、女子ソフトボールドラマ「初森ベマーズ」での白石はイキイキしていたように思う。今でもソフトボールは白石の特技と言っていいはず。となると、不登校の原因は教室内の陰湿な女子たちによるものか?
ドキュメンタリー映画や「乃木どこ」でも公開された白石のソフトボール部時代唯一の写真。胸に赤く「NUMATA」の文字がある。
練習試合か何かのときの写真か?
沼田中学校が白石の在籍時と大きくその姿を変えているので、これが沼田中学校で撮られたものかは確信していない。

この中学校の周囲をぐるっと1周歩いてみた。この場所にかつて白石がいたことがまったくイメージできなかった。日曜日だったので生徒はまったく見なかった。それに、この中学校は通り抜けを禁止する標識とかまったくなかった。
こちらは真田街道側の校門。左のコンクリート3階建ての建物は養護学校と沼田東小学校。右側が沼田中学校。

校舎を見て驚いた。え?木造平屋?! たぶん白石在籍時と校舎と校庭、グラウンドの配置がまったく違っているに違いない。
沼田市も全国と同じように急激な少子化によって、かつて生徒数が2000人近いマンモス校が今では生徒数400人を割り込む事態に。
沼田市は計画的に縮小化を実施。もう子供が増えることはあきらめた。

2012年に着工された新校舎は地元・利根沼田地域の木材を利用した。木材の梁がむき出しになった個性的で明るく開放的な教室になり、2014年から利用開始。
いろいろと検索してみたら驚いた。こんな中学校見たことない。

TX系で放送された乃木坂46のレギュラーバラエティ番組「乃木坂って、どこ?」でのメンバー生誕祭企画の動画を用意し、じっくり見る。
ネット上では白石麻衣は沼田中学校に隣接する沼田東小学校ではないのか?と書かれたりしているが、自分が調べてみたらそれは間違った情報だった。正しくは沼田市立沼田北小学校。

胸に「北小」と書かれた校章マークがあるじゃないか。どうして自分で事前に裏を取ってから書きこまないのか? 今回、だまされて中学校の隣の東小の写真を撮ったりしてしまった。
小学校の公式HPにある校舎と校庭の写真をみると、この体操服姿の白石のバックに写っている白い建物は体育館。左手に見える階段の上に校舎だと判明した。
この小学校に通っていたとなると、沼田中には真田街道側の校門を通っていたっぽいな。
さらに幼少時代の写真を検討。このはっぴに注目したのだが、これは市販の汎用品っぽい。

真田街道(120号線)から樹齢400年の大ケヤキが見えるので須賀神社に参拝に行ってみた。石が埋め込まれた参道はくいっと直角に曲がっている。本当の参道っぽい痕跡が駅のほうに伸びている。
須賀神社は明治時代の改称。室町時代に沼田氏が城下の鎮守として住吉社を祀ったのが最初で、真田信之が江戸時代に牛頭天王宮としてこの場所に移したものらしい。
夏には祇園祭が行われるらしい。
この祭囃子は須賀神社のお祭りの時のような気もするが確信はない。
だが、白石麻衣がこうしたお祭りに参加した少女時代の想い出を持っているとすれば、沼田は白石の人格形成に大きな役割を占めているはずだ。

沼田市の中心部は他の地方都市と比較して活気があるように思えた。我々が行った日は「真田丸」と「ブラタモリ」イベントで町興ししていた。観光客でにぎわっていた。
沼田の河岸段丘地形は上京したてのタモリが真っ先に見に行ったという想い出の地だって初めて知った。
この街を小学生中学生時代の白石が歩いていたんだねえと感慨に浸る。

今回の旅の最後に我々は「焼きまんじゅう」をいただいた。焼きまんじゅうって何?
焼きまんじゅうとは群馬県民のソウルフード。群馬県民で焼きまんじゅうを食べたことがない人はいないらしい。知らないという人もいないらしい。
だが、これを食べたことがある人は群馬県民か群馬県に行ったことのある人に限られる。こんな食べ物、群馬にしかない!w

焼きまんじゅうを初めて食べた人は戸惑う。名前から期待していたものと違うから。白い蒸しパンのようなものを串に刺して味噌ダレつけて焼いたもの。
中には何も入っていない。あんことか入ってると期待するかもしれないが本当に何もない。信州には「おやき」という食べ物があるが、あれとはまったく違う食べ物。
だがこれ、子どもなら大好きなはず。

少女時代を沼田で過ごした白石麻衣も焼きまんじゅうを絶対に食べたことがあるはずだ!両親が群馬県民であればなおさら知らないはずがない。今でもこれを見れば懐かしいと思うに違いない。
だが、調べてみても白石の口から「焼きまんじゅう」という言葉が出たことは、どこにもまったく確認できなかった…。
PS. 自分には「群馬県民は訛っていない」という持論がある。栃木、茨城の北部東部の人々が東北に近いイントネーションなのに対し、群馬県民は埼玉とたいして違っていない。たまに語尾に「だんべ」とつける人を見る程度。今回の中之条町、沼田市の旅でもそれは感じた。
だが、そうでないという専門家がいるかもしれない。それほど深く接していない旅行者にはそれはわからないことかもしれない。
実際、白石麻衣が訛った瞬間をまだ一度も見たり聞いたりしたことがない。

PS. 沼田で買ったお土産。沼田産こしひかり「稲姫」と「真田の鬼嫁小松姫の酒」w 白石麻衣と小松姫が沼田の2大アイドル。

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