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2017年3月25日土曜日

一ノ瀬泰造 「地雷を踏んだらサヨウナラ」(1985)

一ノ瀬泰造(1947-1973) 「地雷を踏んだらサヨウナラ」という本を読む。

そこにたまたま108円で置いてあったので手に取った。自分はカンボジア内戦に関心があったので、以前からいつか読もうと思っていた。

1999年に浅野忠信主演で同名映画が公開されて、若者たちの間でもこの人の名前は広まった。自分が手に入れたのも1999年の第12刷。数が多いので容易に見つけられる。

一ノ瀬は佐賀県武雄市出身で日大芸術学部写真学科卒。東京UPI支局に勤務した後フリーカメラマンに。バングラデシュから戦場を求めてカンボジア入り。
1972年から1973年までのカンボジアに滞在しているので、ロンノル将軍のクーデターからクメールルージュによるプノンペン陥落までの間の時期。

この本では政府軍と書かれているのがロンノル軍。共産軍(もしくはベトコン)と書かれているのがクメールルージュ。この時期、世界はまだポル・ポトの存在をまったく知らないし、クメールルージュの上部組織や幹部のことはまったく不明だったころ。

この本の前半は1972年2月から両親や親友や恩師やらに当てた手紙と日記で構成されている。ユーモアを交えて書き綴る。何度も何度も同じエピソードについて語っている箇所をなぞるように読むことになる。

友人にあてた手紙で「旨く撮れたら、東京まで持って行きます。もし、うまく地雷を踏んだら“サヨウナラ”!」と言い残しているように、生に淡泊な印象。
両親も息子を心配しつつ戦場カメラマンであることに異議はさしはさまない。ちょっと特異な関係。

この人は死と隣り合わせが日常の戦場において、とても危険で無謀なことやってる。戦闘中に足に怪我もしてる。クレイジーよばわりされる。やがて国外追放。

日本社会でサラリーマンなどとても務まらなかったであろうことは容易に想像できる。カンボジアの風土と人々を愛していたようでカンボジア語も学んでいた。シェムリアップで教師をやっている若者との友情など、人々の暮らしもいきいきと書き残している。

文中に何度も女を買ったことが普通なことのように書かれている。娘を売るポン引きや、インド娘との情事中のやりとりなんかも書かれている。明日死ぬかもしれない危険な仕事をしている若者はどうやら性欲が強いようだ。
マラリアに罹って高熱出しても医者に診てもらわない。こんな生活してたらそら若死にするわ。

フリーの戦場カメラマンの生活がかつかつ。日々入ってくる金と出ていく金がぎりぎりの生活。
UPIは命がけで撮ってきた写真をネガにハサミを入れて安く買う?このへんのことがカメラマンにとって身を切るようにつらいということが語られる。
戦場ではタダメシにありつける?なのでスプーンをいつも持参w 
この本は後半になってようやく従軍記らしくなってくる。1973年にふたたび、こんどはボクシングのコーチということで入国。

国道4号線アンスヌールの泥田での戦闘は読んでいて自分もそこにいるかのような生々しさ。頭上数センチ上を銃弾が飛び交う状況で、従軍カメラマンであっても銃弾が当たって動けなくなった兵士を命からがら救助する。「自分には弾は当たらない」と信じないとやってられない。
コンポントム市街戦と市民たちについての記述も息が詰まる。死傷者でいっぱい。脱出する船も修羅場。

この人は何かにとり憑かれたかのようにアンコールワットを目指す。そして行方不明。1982年になって両親が泰造の遺体を確認している。クメールルージュに捕えられ処刑されたといわれている。享年26歳。

実は、カンボジアの本当の地獄はこの本に書かれたよりも数年後あとにやってくる。悪夢のような大虐殺の時代だ。この本に出てくる政府軍の兵士や司令官、教師やビルのオーナーが後にどうなったのか?知る由もないのだが、おそらく…、

この本、読んでよかった。高校生以上の若者たちにオススメする。

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