2015年5月3日日曜日

乗り鉄・内田百間

「第二阿房列車」(1953)の新潮文庫版を読んだ。「第一」から読むべきだったかもしれないが「第一」が紛失中。まあ、どこから読んでもいいと思う。「百鬼園随筆」は借金苦ばかりで読んでいてそれほど面白いと感じなかったが、「阿房列車」はたぶん面白い。この表紙は昭和の写真家・小石清(1908-1957)による1枚。鏡で身だしなみでも整えているんだろうか。

内田百間(1889-1971)は元祖「乗り鉄」だった。1号運転に国鉄職員の友人「ヒマラヤ山系氏」とふたりで乗る。ただそれだけ。戦後のこの時期は次々と新特急が運転開始したりして国鉄に活気があった時代のようだ。

だが、ほんとうに乗ることにしか興味がない。新潟、横手、八代、別府に行ってもたいして何もやってない。観光に興味なさすぎ。別府でも嫌々温泉に入ってる感じ。
汽車が走ったから遠くまで行き着き、又こっちへ走ったから、それに乗っていた私が帰って来ただけの事で、面白い話の種なんかない。それをこれから、ゆっくり話そうと思う。そもそも、話が面白いなぞと云うのが余計な事であって、何でもないに越した事はない。どうせ日は永いし、先を急ぐに及ばない。今のところ私は、差しあたって他に用事はない。ゆっくりしているから、ゆっくり話す。読者の方が忙しいか、忙しくないか、それは私の知った事ではない。
インテリのじいさんというものは大抵偏屈で難しくて、自分なんかできれば話しもしたくない。明治時代に学生生活(東京帝大)を送った夏目漱石門下でドイツ語教師だった内田百間は相当に偏屈。今の時代の若者とはまったく会話が成立しないかもしれない。友人との会話ですらかみ合っていない。下北沢でシュールな劇を見ているようだと感じた。これは現代の劇作家たちにも影響を与える余地がありそうだと感じていたら、巻末で平田オリザ氏が解説を書いていた。

この人は有名作家だったので地方へ行くと新聞記者がかぎつけてコメントを求めてやってくるのだが、言うことがまったく取り付く島がない。相手の期待に沿うようなことを絶対に言わない。けど、一応相手に気遣いをみせるのは紳士。

寝台に「No smoking in bed」と書いてあるのをみて、酒飲むのはいいと解釈。タバコも吸いたくなってくると、「in bedに冠詞がないからベッドという実体を指してはいない。慣用の成語だろう。ベッドでタバコを吸ってはいかんというのではない。寝ていてタバコを吸ってはいかんと云うのだろう」と強引な解釈、さすが大学で語学を教えていた知性だと思った。

アイスクリームを自分用に2個、友人に1個買っていったけど結局独りで3個食べるとか、内田百間はアイスクリームが好きだったんだな。

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