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2014年10月16日木曜日

半藤一利 「清張さんと司馬さん」(2002)

Sichoshiba
この本は2001年に「NHK人間講座」で放送されたテキストに加筆して2002年に出版された1冊。いつものように古本屋で108円で売られていたものの中から救出。これは読んであげなければ。自分はまだこの国民的作家の人となりを知らなかったので読んでみようかと。

松本清張と司馬遼太郎、昭和を代表する二人の知の巨人を編集者として接した半藤一利が語る。昭和35年から40年代にかけて、この二人の著作のペースが半端ない。

「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」「球形の荒野」などの社会派推理小説というジャンルをつくりだした松本清張の著作は古代史から、「日本の黒い霧」「昭和史発掘」といった昭和史戦後史まで、さらに森鴎外、時代小説と膨大。森本哲郎と「作家の条件」の話をしたときの名言
「(作家の条件とは)原稿用紙を置いた机の前に、どのくらい長く座っていられるかというその忍耐力さ」
連載小説を10本前後抱えて、短編小説もこなし、講演に取材に、40代以降の清張の超人的な知的生産の極限ぶり!それでいて名誉に無関心。しかも優しく思い遣りのある性格。女中さんたちも誰も清張を悪く言う人はいないという。

しかし、極貧で小学校までしか学歴が無い清張は官僚たちを極悪人として描いたものばかり。半藤「こう官僚をくそみそに書きつづけたら永遠に勲章は駄目ですね」に対する清張
「勲章?いらんね。漱石だったかな、ただの夏目なにがしでいいといったのは。僕もただの松本なにがしさ」
そんな清張のエピソードや、推理小説のネタを思いついたときの話など話題満載。

そして司馬遼太郎、このペンネームは「司馬遷に遼か及ばない」という意味。早くから真っ白な白髪頭でとめどなく喋り続ける人だったそうだ。

この人は満州から本土防衛のために移動してきた戦車部隊で、22歳の学徒陸軍少尉として終戦を迎えた。そのときに上陸してきた米軍を迎え撃つためには避難して来る住民は轢き殺していけ!と参謀から言われたという。司馬も陸軍のリーダーたちは誰一人認めない。結局、昭和史についてはまったく小説に書かなかった。司馬と半藤の対談は昭和史、戦後日本に関するものが多い。日本の戦後、そしてバブル経済を強く批判していた。

清張と司馬、この2人は直木賞選考で意見が食い違ったことがあるということも初めて知った。作家の大岡昇平は清張の「日本の黒い霧」を批判し、清張もそれに反論したということも初めて知った。

そんなこんなの二人の作家を知るエピソード満載で面白く読んだ。まだ読んでいない本のガイドでもあった。「坂の上の雲」「竜馬がゆく」を買ったけど開くのはまだとうぶん先。買ったけど読めてない本がたくさんありすぎる……。

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