2021年9月3日金曜日

松本清張「北の詩人」(昭和39年)

松本清張「北の詩人」を読む。中央公論に1962年1月号から翌年3月号まで連載され、1964年に初単行本化されたもの。この本は長らく文庫本が廃刊になっていて手に入らない。古い角川文庫(昭和58年)でしか読めない。
十数年間に読んで以来読み返す。前回はファミレスで3~4時間でちゃちゃっと読んでしまってあまり覚えていない。

林和(Rinhwa 本名 林仁植 1908-1953?)という詩人を主人公に、日本敗戦後の朝鮮を描いてる。
1945年10月、林和は朝鮮出版労働組合結成に出席した帰り、砂埃舞うソウル・パコダ公園を歩いている。日本兵のラシャ地コートを着て。男は肺を病んでいる。
路上で安永達と会う。戦争中、偽装転向して日本に協力してた林は、労働運動の活動家で何度も投獄されてる安に引け目を感じてる。「病身だった自分は日本に協力するしかなかった。入獄していれば死んでいた。」

朝鮮に新国家を建設するべく、右も左も多くの独立活動家が動き始めてる。ハワイから李承晩が、上海から金九が帰国し始めてる。
建国準備委員会は国号を「朝鮮人民共和国」とすることにした。だが、38度線以南で武装解除を担当したアメリカ軍ホッジ中将は「国」を認めない。話し合いに来た活動家呂運亨をけんもほろろで追い返す。唯一の合法的政府は軍政庁である!従わない者は罰せられる!

CICから呼び出し。行ってみると歩哨に止められたりDDTぶっかけられたり理不尽。米軍将校から尋問。で、キミの朝鮮文学建設本部ってどういう団体?「自分はコミュニストじゃないけど朝鮮プロレタリア文学同盟と合流するとそうなるかも」
米軍はあくまで民主主義と新国家建設を手伝う立場。「人民共和国を認めないのもデモを禁じるのも370以上も政党や団体が乱立する事態が異常だから。」という説明。

林和は不安を持っている。米軍政庁に日本人官吏がまだ多数留任してる。そんな中、京畿道警察部の元特高刑事が白昼路上で狙撃殺害される。たぶん朝鮮人による復讐。ああ、アイツが死んでくれてよかった。
林和はアメリカ人将校と教会で接触。自分の後ろめたい過去の経歴を日本官憲から引き継いでる?偽装転向誓約書を取り返したい。

朝鮮の四か国信託統治の話が出てくる。断固反対!だが、平壌帰りの朴憲永が信託統治賛成と言い出す。信託とは後見。デモ隊も納得できない表情で「賛成!」。これが国際政治。
米軍政庁は民主主義とはいいつつ共産主義だけは例外的に絶対認めない。李承晩、金九ら右派と結託し共産主義者を弾圧開始。
農民は米の供託を拒み、デモ隊は警察を襲撃し、右と左は双方でテロル。米軍は労働運動と共産主義は取り締まりの対象。幹部たちをつぎつぎと逮捕。

林和は肺病の薬ほしさに薛貞植、アメリカ人牧師と接触し情報を渡す。だが、祖国を愛する闘志としての気持ちは失っていない。それほど重要な情報は流さない。
しかし、重要人物なのに逮捕されない林和は周囲から疑問の眼差し。南にいられなくなるり、やがて38度線を北へ…。

ラストは北朝鮮の法廷での判決文が淡々と引用される。李承燁、林和、薛貞植の死刑判決。どこで何がどうなった?!急展開すぎて怖い。北朝鮮とソ連も怖いがアメリカも同じレベルで怖い。

日帝時代から労働運動の闘士として戦い、米ソに分断された祖国の狭間で政治に翻弄されスパイの汚名。悲劇のプロレタリア詩人をモデルとしたフィクション。朝鮮で衛生兵として応召した松本清張が書けた小説。

「日本の黒い霧」や「昭和史発掘」で書いたような、アメリカ諜報機関のやり口、そして誰が味方か敵かわからない内部スパイ。それが松本清張。

呂運亨は1947年に、金九は1949年に李承晩支持者によって暗殺。北へ渡った金奎植、朴憲永も銃殺刑になったとされている。

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