2020年11月8日日曜日

岡本喜八「沖縄決戦」(1971)

東宝8.15シリーズ「激動の昭和史 沖縄決戦」(1971)をついに見た。たぶん岡本喜八監督の映画で「日本のいちばん長い日」のつぎに重要な映画。後世の映画製作者に与えた影響は計り知れない一作。脚本は新藤兼人

1971年というと沖縄戦終結からまだ26年しかたっていない。多くの人々にとって戦争はまだ鮮明な記憶。思い出したくもない忘れたい過去だけど、日本人なら誰でも知っていないといけない。沖縄はまだ本土復帰していない。

本土の人間も空襲を逃げ惑ったけど、沖縄戦ほど悲惨な悲劇もそう他にない。自分、沖縄戦に関するドラマとかあんまり見てなった。どちらかというと戦争に巻き込まれた一般市民側の目線のものしか見てなかった。この映画は第32軍の牛島中将、長勇参謀長、八原博道大佐、そのほか将校たち、兵士たちの側からの沖縄戦。

今まで沖縄県民に対して威張った軍人とか見ると不快だったけど、この映画を見ると、本土から連れてこられた兵士たちも下級将校たちもみんな憐れ。組織的戦闘継続はとっくに不可能。捨て石として沖縄県民を見殺しも酷いけど、現地で戦う兵士たちへの玉砕命令とかほんとに酷い。大本営はヒトラーやスターリンと同じ罪。
帝国陸軍の人事はいろいろな思惑で決まる。だが、こんな時期に沖縄に赴任する牛島中将(小林桂樹)はほぼほぼ死にに行くようなもの。これが典型的な日本の司令官。ただじっと座って黙って部下の話を聴いているだけ。最終的に自決して責任をとることが役割。戦国時代か!

参謀長の長勇少将(丹波哲郎)は豪放磊落。でも、軍人としてたくさん勉強して嫌な命令も命がけでやり遂げてやっと出世したものの、経験知識を活かせないままに最終的に地下に掘った司令部で死ななきゃならないとか悲惨。

八原博道大佐(仲代達矢)こそが参謀本部の意図を忠実に理解し沖縄県民32万人を盾に持久戦に持ち込んだ人物。仲代達矢の焦燥の末の虚無な目つきが怖い。この人が戦後まで生き延びるとか、なぜなんだ?と思う。
この映画、今も活躍するベテラン俳優や懐かしい人の顔がいっぱい。
軍に雇われた散髪屋が田中邦衛さんだ。大和の吉田艦長が寺田農さんだ。神航空参謀を演じた川津祐介さんを久しぶりに思い出した。しばらく見ないので「もしや…」と調べてみたら、まだ存命のようだ。若き日の佐々木勝彦、橋本功 、井川比佐志、高橋悦史、もみんな軍人役。

梅津参謀総長の東野英治郎はちょっとイメージ違うだろと思った。この人は荒木貞夫っぽいだろと。息子の東野英心も特攻パイロット役で出演。この親子はぜんぜん似ていない。

県民をどこに非難させたらいいのか?困惑しさ迷う沖縄県知事が神山繁。玉砕覚悟で斬りこみに馳せる生徒たちの師範学校校長が天本英世。みんな「日本のいちばん長い日」にも出てた。

休憩をはさんだ後半は、奇妙な祝祭感すら漂うような狂乱の玉砕と自決シーンの連続。
子どもたちの喉を掻き切った一家、先祖の墳墓の前で踊り狂う老婆、竹やりで反撃する老人を嗤うヤンキー、つぎつぎと突撃玉砕していく〇〇勤皇隊、捨て置かれる重傷の兵士たちの自決シーン、吹き飛んだ手足、毒を飲む少女たち、指令本部での幹部たちの自決、この世の地獄をすべてここに集めたというような映像。血みどろ。
逃げ惑う非戦闘員の女子、老人たちにも米軍は容赦なく機銃掃射。酷い。米軍のヘンテコイントネーションの日本語で「ハヤクデテキナサーイ」とか言われても、何も信用できない。
白旗振って洞窟から一人で出て行こうにも周囲の目がそれを許さない。生き残るために何が最適解だったんだろう?と思う。

自分はもうこんな地獄は起こらないだろうと楽観している。威張った将校に「我々が守らなければならない!」とか言われても、「はあ?お前らだけでやれ!限られた予算と装備だけでやれ!」と言い返すし、召集令状がきても「は?怪我したらどうすんの?誰が責任とんの?」ぐらい言ってやる。逃げてやる。

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