2018年8月9日木曜日

新田次郎「六合目の仇討」

新田次郎の昭和30年代40年代に書かれた歴史小説時代小説12編を集めた「六合目の仇討」の昭和59年新潮文庫(第1刷)を手に入れた。これは実物を見るまで存在を知らなかった1冊。

六合目の仇討 は江戸庶民の間で流行した富士講を扱った短編。謂れのない讒言によって仇討に巻き込まれた男の話。故郷を棄て江戸町民になっていた元武士と、親の仇を追う少年、富士吉田船津の御師勢力同士の争いを描く時代小説。へえと思うことが多々あった。

近藤富士 目黒の別邸にを造った富士塚のせいで失脚していく近藤重蔵(1771-1829)の後半生と人間不信を描く。

蝦夷地松前から千島への航路を開き、択捉島に「大日本恵土呂府」の標柱を立て北方防備に尽くし、与力の子でありながら立身出世した近藤重蔵は一時期滝野川に住んでいたので、北区の偉人扱い。なので以前から名前を知っていた。この本を手に入れた理由はこの短編を読むため。

北区滝野川に正受院という、安南風山門のある小さなお寺があって、自分は昔からここに何度も立ち寄っていた。そこに甲冑姿の近藤の石像があるのだが、この本にもその石像が出てくる。こいつも近藤が失脚した理由のひとつ。妬みと密告により理不尽な失脚…という後味の悪い、新田次郎らしい短編だった。ちょいミステリー要素もあり。

関の小万 はさらに胸糞の悪い仇討話。周囲の勝手な期待が少女の運命を翻弄していく。これも新田次郎らしい冷めた眼差しと語り口が印象的。後味が悪い鬱系時代小説。

生人形 江戸の人形職人兄弟弟子ライバルの争いと盛衰。

賄賂 江戸の昔から日本は酷い賄賂社会。御殿医として出世するために、多額の賄賂を贈ったり受け取ったりしたあげくの末路の悲哀。

冬田の鶴 将軍家重が小菅で鷹狩りの最中に、犬に吠えられ、乗っていた馬が狂奔し農家に迷い込み、そこの娘から井戸水を飲ませてもらった事件。
不明瞭にしか喋れなかった家重の言葉を理解できる側近大岡忠光と老中酒井忠恭の、いかにも役人同士という、責任の所在をめぐる滑稽な小さな闘い。
きっと新田次郎も気象庁の現場で見て来たであろう風景。日本は1000年以上こんなことの繰り返し。

 流刑の島の伝説の死刑執行人を描く。彼が指を失うに至った3つの死刑囚エピソード。冤罪と些細な罪で死刑になる者が少なくなかった酷い時代なので読んでいて鬱になる。

島名主 老齢のためにお役目を務められないからと何度も韮山の代官へお役御免の手紙を書く新島の名主の話。甲州一の博徒の親分が流されてきて島は不穏に。やがて島抜け騒動に巻き込まれて殺害される…。これも鬱系時代小説。

伊賀越え 本能寺の変で窮地に陥った穴山梅雪。家康の放った乱破によって殺害された…と思いきやそれは入道頭の替え玉。梅雪は加太峠で家康を討とうと決戦を挑むも甲賀の裏切りでやっぱり敗走…。

太田道灌の最期 詩歌を愛した文人武将の最後の恋(北条の間者と上杉定正の三角関係)と死を描く。

仁田四郎忠常異聞 は何も知らずに読んでびっくりした。富士宮の樹海にある「人穴」が出てきたから。仁田四郎忠常(新田忠常 1167-1203)が人穴の中で山人と出会う「吾妻鏡」に描かれるシーンを新田次郎が自由に描いた短編。へぇ、そんなことが!

意地ぬ出んじら は薩摩の支配を受けていた時代の琉球・糸満の没落地主と美しいその娘、薩摩の役人の新聞三面記事のような事件。

全12編どれもが自分ではどうにもならない運命に翻弄される悲哀のようなものを描いていて、よほど心がしっかりした状態にないと読めないw 「六合目の仇討」「冬田の鶴」はそうでもない。

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