2018年5月26日土曜日

小暮正夫「焼きまんじゅう屋一代記」(1973)

ドラマ化され映画にもなったマンガ「お前はまだグンマを知らない」に登場する「焼きまんじゅう」は今も多くの人にとって謎のB級フード。なにせ群馬県民しか知らない、群馬県民しか食べてない。

「焼きまんじゅう」のことをに興味を持ったらまず読まなければならない本がある。1973年に群馬県前橋市出身の児童文学者・小暮正夫が書いた「焼きまんじゅう屋一代記」だ。東京市谷砂土原町の偕成社より「創作/子どもの文学」シリーズとして出版された。当時の価格は650円。

大学以来の友人がこの本を持っていたので借りて読んだ。この友人は伊勢国出身だが、子供の頃この本を読んで「焼きまんじゅう」を知っていたという。ここ数年、この友人と群馬方面に出かけて「焼きまんじゅう」を食べたりしてる。

巻末の解説によればこの本のネタ本は、本書の主人公「いだてん類蔵」の三代目・原島熊蔵氏がまとめた「焼きまんじゅうあれこれ」という小冊子。
著者は焼きまんじゅうの歴史書を書いたのではなく、焼きまんじゅうをめぐる創作時代小説を書きたかったようだ。幕末から明治を生きた主人公と、上州前橋の風土などが活き活きと描かれる。

前橋藩と伊勢崎藩の間に挟まれた勢多郡飯土井村の村名主の家に生まれた類蔵がこの本の主人公。赤城おろしのからっ風に震えながら麦踏をしている場面からスタート。水利にも恵まれなかったこの村は稲作に適さず貧しかったらしい。

母が死に、継母とウマが合わなかった類蔵は前橋に出る。少ない元手でできる商売として、小麦粉と麹を使って蒸かしたまんじゅうに味噌を塗って焼いて売る。村と前橋を毎日往復。歩くしかなかった当時の基準でも恐ろしいほどの健脚で、人々から「いだてん」と呼ばれる。やがて商売を広げ、恋と結婚、イジワルな岡っ引きとの対決、そして明治維新が描かれる。

「焼きまんじゅう」のことを知りたくてこの本を手に取った人は、最後の5分の1が面白いかと思う。
前橋城主・松平家は代々転封を繰り返した「引っ越し貧乏」大名。前橋城を修復し維持していくお金がない。殿様の松平直克は川越へ移ってしまい街の活気は失われてしまっていた。この時代の前橋は中山道の宿場町高崎よりも一段も二段も格が落ちると言われていた。

幕末になると横浜港が開港。外国商人たちが生糸を買い付けるようになり生糸相場が上昇し前橋は息を吹き返す。人家も増えた。
殿様に帰って来てもらうことが街に活気を取り戻すことだと信じる領民がかなりの無理をして前橋城を普請する。類蔵は工事現場で類蔵は焼きまんじゅうを出す。
だがすでに慶応年間。幕府の崩壊はすぐそこ。

類蔵の妻は味噌に砂糖を入れて甘くすることを思いつく。西南戦争が終わって薩摩の黒砂糖が前橋でも流通するようになっていた。ざらめやさんぼんは高価だが、黒砂糖なら安い。
こいつがヒットしてやきまんじゅう屋は上州の名物と言っていいほどに繁盛する。口下手な元前橋藩士の弟子もできる。

だが、薄利多売のまんじゅう屋に満足できない類蔵は米相場に手を出して多額の借金を追う。息子を借金のカタにとられて東京日本橋に奉公に出す。この息子がよくできた息子だった。やがて立派になって帰って来て店を継ぐ。

というようなストーリー。この本は群馬県民でなくとも誰が読んでも面白いかと思う。時代小説としても面白いだろうと思う。
だが、児童文学なのでひらがな表記が多い。大人が考えてもわからない言葉が多くて困った。漢字で書かれていれば意味が分かりそうなのに、ひらがなだと推測が難しい。群馬方言や幕末明治の言葉には解説が欲しかった。

この本を読んで一番「へえ」と思ったのが、明治9年の県令により県庁は高崎の安国寺に置かれることになり、不満の前橋が打って出た「県庁かつぎだし騒動」の箇所。

生糸の生産で景気の良かった下村善太郎ほか前橋の生糸商人や町人たちは黙ってない。荷馬車や大八車を出して一夜のうちに県庁を前橋城へ移動させるという強硬手段に出た。
明治から今日まで続く前橋と高崎の意地の張り合いの発端が知れて面白かった。著者は前橋の人なのでどうしても前橋からの視点になっている。
県庁をどこに置くか?は日本各地で争いがあったのだが、群馬の場合もやはり面白かった。

広くオススメしたい。この本が現在入手が難しくなっているのは惜しい。復刻が待たれる。なんならNHKあたりでドラマ化希望。

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