2014年3月28日金曜日

新田次郎 「芙蓉の人」(1971)

明治28年に富士山頂で越冬気象観測に挑戦した野中到と千代子夫妻の存在は以前からなんとなく知っていた。冬の富士の白い頂を眺める度に、なんとなく明治の昔にあの場所で越冬した夫婦がいたことを思い浮かべていた。

今回ようやく「芙蓉の人」を読むことが出来た。自分が読んだものは文春文庫版。

野中夫妻のことは当時から有名で、これまで何度か小説になっていたそうだ。新田次郎は富士山頂測候所に勤務していたから、この偉大な先人には尊敬の念を抱いていた。
昭和8年に富士山頂で野中到氏と娘に会っている。このテーマは新田次郎がもっとも適任。

今のような断熱建築資材や温かい衣類、保存の効く栄養価の高い食料があったわけでもない明治日本で、世界に類のない冬期高所滞在を成し遂げたことが偉大だ。
思っていた以上に壮絶だった。新田次郎は山岳、気象のスペシャリストなので緊迫感のある描写はさすが。

厳しい寒さと強風、高山病、睡眠不足、全身のむくみ、栄養失調、雪と氷、観測機器やドアに吹きつく霧氷との苦闘。そして、鏡面のごとくツルツルな氷斜面を夫妻を背負って救出した剛力たち。昔の人は偉かった。

野中千代子は明治日本のもっとも偉大な女性のひとり。用意周到準備万端、夫には知らせずに後を追って富士山頂へ登り、夫の観測の仕事を助ける。感動の命がけ夫婦愛の物語。

日暮里の道灌山の諏訪神社のあたりから、野中千代子は夫が登っている富士の白い頂を眺めるシーンがある。道灌山は日暮里駅の裏にあるちょっとした丘だが、自分は一度自転車で行ったことがあるのでよくイメージできた。ま、富士見坂とはいっても富士山はビルで見えないけど。

とても素晴らしい本だと感じた。中学生以上のすべての人にススメたい。

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