半藤一利「昭和史 戦後篇 1945-1989」(2009 平凡社ライブラリー)を読む。続けて読む。
この本は「戦前篇」に相当する「1926-1945」篇の続編。
戦後とはいっても、天皇マッカーサー会談から沖縄本土復帰までを扱う。
この本はコロナ期間中にBOで一冊55円で手に入れた。キレイな本なのに安すぎる。たぶんコロナパンデミックでBOの現場オペレーションが混乱していた時期だったのかもしれない。
戦後日本のことは学校の教科書ではほとんど何もわからない。テレビの教養番組とか映画とかでなんとなく学んだことで、なんとか知ったつもりでいる時代。
昭和ヒトケタ老人が見てきたことを語る。その時代の雰囲気とか著名人の発言や日記などから拾った言葉を教えてくれる。
終戦から数年はとにかく食料不足。東京や大阪のような大都市は空襲の被害が甚大。食料も不足だが生活に必要な道具すらも不足。物が貴重。
上野周辺の浮浪者や孤児たちが一体何人亡くなったのか不明。たぶん各地到る所で火垂るの墓。
この本を読むまでまったく知らなかったのだが、GHQ占領下では一般市民の信書は開封され、開いた箇所に「Opened by Army Examiner」と印刷されたセロテープが張られていたという。そんなシーンを映画やドラマでまったく見たことなかった。老人の話にはこういう貴重な情報が含まれることがある。
東京裁判が始まるという時、人々は次々と発表されるA級戦犯リストを見て、東条や総理を務めた小磯、歴代陸軍大臣、海軍大臣はともかく、司令官たちは知らない人ばかりだったらしい。
A級戦犯が28人だったのは市ヶ谷の国際法廷の被告人席を28人用につくってしまったから?!
ソ連が梅津と重光をねじ込んできたので、真崎と阿部信行をA級戦犯から外して28人に収まるようにした。え、そんな適当?
そもそも逃げ回って潜伏してた辻政信すら国際情勢の変化で裁判が1回限りになったせいで逃げおおせた。岸信介すらもセーフ。松井や木村など激戦地の司令官だっただけで死刑という重い責任を負わされた敗軍の将たちはつらい。
半藤先生によれば、もしも東京裁判が日本国民によって行われたなら、死刑が7名では済まなかったはず。
スターリンが死んだとき半藤氏は「やっと死んでくれた」と思ったそうだ。しかし、その後に「スターリン暴落」が起こったそうだ。それ、知らんかった。
あと、この本の主要テーマは天皇マッカーサー会談の深堀。この会談内容はふたりだけの秘密だったので今も謎。戦後日本の進む道について昭和天皇は積極的に意見を述べた。これは厳密には憲法違反。通訳を務めた外交官僚が一部漏らしたことがあった。半藤氏は関係者に聴きまわったり手記を読んだりして調べた。
通訳・奥村勝蔵の部下に法眼晋作という人がいるのだが、「法眼?!横溝正史の病院坂に出てくる法眼?!」って思った。「外務官僚としてかなり有名な方なので皆さんお名前はごぞんじかと思います」と付け加えてるから、年配者にとっては懐かしい人なのかもしれない。横溝先生はこの人から名前を借りたのかもしれない。




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