池内紀「消えた国 追われた人々 ― 東プロシアの旅」(ちくま文庫 2019)を読む。2013年にみすず書房から刊行されたものを文庫化したもの。
ドイツ騎士団による植民から数百年、ドイツ人たちは第二次大戦後に故地を失った。
被害者としてのドイツ難民たちのことは長らくタブー。欧州でも語られないのならましてや日本でも語られない。知の空白を埋めるような紀行文。
カリーニングラード、ポーランド、リトアニア、ラトビア、エストニア、各地にはかつてドイツ名の街があった。第二次大戦後に多くのドイツ人は故郷を追われた。ドイツ文学者の筆者はそんな街をひとつひとつ訪ね歩く。
総統大本営「狼の巣」のあったラステンブルク(現ポーランド・ケントシン)とか、自分は数年前に「第三帝国の興亡」を読むまで聴いたこともなかった。有名なヒトラー暗殺未遂事件のあった場所。
メーメル(現リトアニア・クライペダ)とかリーバウ(現ラトビア・リエパーヤ)とか、アレンシュタイン(オルシュテイン)、マリーエンブルク(マルボルク)、ダンツィヒ(グダニスク)、コルベルク(コウォブジェク)といった現ポーランドの街。ドイツ人たちにとっては父や祖父の生まれ育った懐かしい故郷。そんな街を訊ねる日本人は現地民からすると奇特。
そんな街はすべてソ連ロシア人によって町名も地番も書き換えられ、場所の比定も容易じゃなくなった。ほぼ不可能。
その点、日本人は大連とか満洲で懐かしい我が家を訊ねることは90年代初頭ぐらいまで可能だったのでまだマシ。
戦争末期に多くのドイツ人避難民を乗せたヴィルヘルム・グストロフ号がソ連潜水艦に撃沈され9千人以上の死者を出した史上最大の海難事故の存在を、自分はこの本を読むまで知らなかった。ドイツ人を大戦の被害者とすること自体がタブーだったためにドイツ人以外にほとんど知られていない。(ドイツもUボートで酷いことしたけど)
樺太からの避難・疎開のための客船がソ連潜水艦に撃沈された三船殉難事件とかソ連ロシア人の暴挙を忘れてはいけない。大韓航空機事、マレーシア航空機撃墜事件もそう。いつかかならず責任を明確にさせないといけない。戦勝国による戦争犯罪は責任があいまいになりがち。
対馬丸とか浮島丸の事件とか。中央線湯の花トンネル列車銃撃事件とか知ると、今のウクライナの対ロシア戦はすごく節度を保っているように感じる。
東プロイセンからドイツ人を一掃した記憶によってロシアは北方領土でも「第二次大戦の結果そうなった」ナラティブを繰り返してる。























