2026年9月5日土曜日

小川裕夫「封印された東京の謎」(2017)

小川裕夫「封印された東京の謎」(2017 彩図社)を読む。これは「何か読む本ないかな」と立ち寄ったBOの安価文庫本棚から132円で拾った本。
ちなみに自分はこの著者の「封印された鉄道史」という本は読んだことがある。部屋のどこかにある。あまり内容は覚えていない。

この本の表紙は遠い昔、渋谷東急にロープウェーがあった時代の写真。これって今もあったらいいのに。

自分はいつもこういう東京の雑学を探して仕入れてる。いつかここぞという場所でドヤ顔でその知識を披露したい。だが、そんな機会はほとんどない。

自分としてはあまり目新しい知識は得られなかったのだが、東京が日本の「首都」になったのは「前島密」のせいだったかもしれない…というのは初めて知った。

あと初めて知ったのが、虎ノ門金刀比羅宮は丸亀藩の京極家が江戸の庶民を参拝させて金儲けしようと三田の江戸屋敷に勧請させたやつ。
日本橋蛎殻町の水天宮も久留米の有馬家がサイドビジネスとして三田にあった屋敷に勧請させたやつ。へえ。

あと、「かわいそうなぞう」でよく知られる、戦争中に上野動物園の象さんが殺処分されたのは、軍部の命令でなく内務官僚だった大達茂雄東京都長官の命令。

2026年9月4日金曜日

中本奈奈「時をかける少女」(1997)

1997年11月8日公開の中本奈奈主演「時をかける少女」(角川春樹事務所)を観る。今になってやっと見る。1994年内田版を観た直後に続けて見た。
製作・監督は角川春樹。脚本は伊藤亮二、桂千穂、角川春樹。音楽は松任谷正隆、熊谷幸子。

これ、今までまったく見ようと思わなかった。自分は古本漁りしてるとたまに中本表紙の「時をかける少女」角川文庫を見かけていたのでその存在は知っていた。中本奈奈はほどなくして芸能界を引退してるらしい。中本奈奈の知名度がほとんどないためにほとんど見られもせず回顧もされず話題にも上らない。
この映画、全編モノクロフィルムで撮影されたというアート映画。その表現はまるで昭和20年代の映画を見ているかのよう。前衛映画な感じもする。今作は原作の雰囲気に近づけるために昭和40年代に舞台設定。

ヒロインの中本奈奈の顔がちょっと怖い。1997年当時のモデル女優に多いタイプだったのかもしれない。顔は鋭い感じなのに古風。

両親が伊武雅刀倍賞美津子。意外。娘の吉沢和子が夜遅くなっても帰らない件で「監督不行き届きだ」と妻を責める家父長的な父。見ていて二時代も三時代も前の映画な気がする。
祖母役は久我美子さんだ。久我侯爵家のお嬢様だ。ガチ華族女優ならではの上品さ。
自分、まったく知らなかったのだが、深町一夫役が中村俊介。今まで見たどの深町一夫よりもいちばん未来人ぽい。ふつうに転校生として教室にやって来るのだが、クラスメートは担任教師・野村宏伸から深町くんが20歳であることを告げられる。大学入学のために日本の高校に入る必要が?そんなん言わなければいいのに。

英語教師役で早見優さんも出演。さらに榎木孝明さんも出演。渡瀬恒彦さんも出演してて俳優陣が豪華。なのになんで何の話題にもなってないのか?

この映画のロケ地が飛騨古川町と松本市。
ヒロインと深町が通う高校ロケ地が松本深志高校。長野県では屈指の名門進学校。タイムリープの法を犯した深町は時空警察に追われ逃げ回るという今までにない設定。松本城でも鬼ごっこ。

この未来警察が髭面もっさり頭。時局から北朝鮮による拉致事件を連想する絵面。未来警察なのに現代警察署を普通に利用?深町くんが未来から来た理由はお婆さんの少女時代を見たいから?そんな理由で?!

ウィキを見ると、ロケ地が「長野県松本市の弘法山古墳」と書かれているのだがそれは間違い。更埴市(現・千曲市)の森将軍塚古墳が正しい。昨年の秋にこの古墳に行ってきたときこの映画のロケ地だという情報いっさいなかった。和子と深町の別れのシーンがやたら叙情的で長い。
重要なキャスト浅倉吾郎役は早見城という人だがこの人のことは不明。原作ではずんぐりむっくり赤ら顔という設定だが、この男はワイルド系。和子の腕時計の件でやたらと「返して!」と催促されている。なのに返そうとしない。見ていてイライラ。

この映画の吾郎は実家がバイク店?そこの従業員に見知った顔の青年がいる。たぶん田中哲司さんだ…と思いながら見てると、映画のエンドロールにしっかり名前があった。この映画のウィキにも田中さんの名前はキャストにないし、田中哲司さんのウィキの出演歴にもこの映画については書かれていない。

主題歌は松任谷由実「夢の中で〜We are not alone, forever」「時のカンツォーネ」
ナレーションで原田知世さんも参加している。最初はどこがそうなのかわからなかったのだが、大人になった和子の独白シーンがそうらしい。

2026年9月3日木曜日

内田有紀「時をかける少女」(1994)

内田有紀主演のドラマ「時をかける少女」(1994 フジテレビ)をやっと見る。これはもう思い出せないぐらい昔に100円で購入しておいたもの。

1994年2月から3月にかけてフジテレビ「ボクたちのドラマシリーズ」全5話として放送されたものを120分にまとめて編集したスペシャルエディション版のVHSビデオソフト。ポニーキャニオンより同年9月に発売。
石原隆、鈴木吉弘が企画のフジテレビドラマ。脚本は君塚良一、演出は落合正幸、佐藤祐市が担当。
このドラマは有名なのにDVD化されたことがない。VHSビデオデッキがなければ見ることができない。(以前に配信されたことはあるらしい)
長年ケースを眺めることしかできなかった。以前に友人の家で見ようということになったのだが、直前になって友人のビデオデッキが動かないことが判明。この夏、実家に帰省した友人が実家のビデオデッキをわざわざ持ってきてようやく視聴開始。

今見ると、市販ソフトであってもVHSビデオテープの画質は思っていた以上にぼんやりしていて冴えない。
これが内田有紀(18)の初主演ドラマ。内田有紀さん以前に茶髪ショートボブというジャンルは存在しない。内田有紀はパイオニア。もう世間の注目を集める若手ヤングスター。

しかし、「時をかける少女」のヒロイン吉沢和子はどちらかというと古風ヒロイン。内田有紀吉沢和子は茶髪を暗めにしている。
主要キャストの深町一夫袴田吉彦。和子の幼なじみ浅倉吾朗(実家は銭湯)は河相我聞
クラスメート不思議女子に鈴木蘭々。もう今の子は鈴木蘭々さんが安室奈美恵とポンキッキーズに出演していたことを知らないかもしれない。

今作の舞台は東京・大田区羽田。ヒロイン家族は団地住まい。父(森本レオ)は羽田空港勤務のANA整備士。この改変は良い。ヒロインをバスケ部にしたのもよい。
バスケ部同僚に当時16歳の菅野美穂さんがいる。バスケ部シーンにしか登場しない。菅野美穂は当時「桜っ子クラブ」というアイドルグループに在籍。翌年秋にはNHK朝ドラ「走らんか!」に出演、2年後には「イグアナの娘」に主演と出世していく。
あと、担任の先生(国語)が佐藤B作。英語教師が森口瑤子。原作に忠実なようでいて、ドラマにするために教師同士の不倫とか、妹(安室奈美恵)とのわだかまり確執なんかのエピソードを盛り込んでる。
結論から言って、今作の「時をかける少女」がこれまで見た中でいちばんしっくりくる。
ヒロインの現代的なビジュアルはこの作品の実写映像化史上いちばん良い。元気ハツラツで健康的美しさ。ヤングスターのオーラを感じる。この役を内田有紀にオファーした人は偉い。ヘアスタイルと制服も合っていて良い。
このころの安室奈美恵はまだスターの階段を駆け上がる前夜。あまり出番はない。後に演技の道でなく歌と踊りの道を進む。
今作ドラマの最大の驚きがヒロインに助言アドバイスする住職和尚が筒井康隆先生本人なこと。
ちなみに音楽は久石譲。長いエピローグでの音楽が壮大でまるでナウシカ。
PS. 内田有紀が表紙の筒井康隆「時をかける少女」角川文庫(平成6年54版)も昨年のキャンプ先のBOで110円ゲット。角川文庫はたいてい細田守アニメ表紙がほとんど。たまに原田知世版か中本奈奈版。自分の感じだと内田有紀版がいちばんレア。

2026年9月1日火曜日

宇佐見りん「推し、燃ゆ」(2020)

宇佐見りん「推し、燃ゆ」(2020)を読む。コロナ禍の真っ最中の第164回芥川賞受賞作という話題の一冊だった。河出文庫(2023)で読む。

これが綿矢りさ「蹴りたい背中」を初めて読んだときのような困惑。女子高生が主人公なので、冒頭から語り口がJKポエム文体。たぶん男性中高年は状況を考えながら読まないと理解できない。それが文学作品というものだが。

日本中、世界中でよくある「生きづらい」から「推す」というティーンエイジャー。人生で一度でもアイドルとか歌手とかバンドとか追いかけたことがある人なら誰でも身につまされる。バイト何時間で生写真、CD、コンサートとかつねに計算。

正直、自分としてはそれほど面白さを感じない。ただただこういう人がその後どうなるのか心配。自分はもう誰かを応援するためにお金を浪費するとか一切していない。どこかのある地点でそういうことは止めた。

2026年8月28日金曜日

東野圭吾「白銀ジャック」(2008)

東野圭吾「白銀ジャック」(2008)を2010年実業之日本社文庫版で読む。

自分は東野圭吾をなんでもかんでも読むという読者じゃなかったけど、それでも7月に68歳での訃報を聞いた時は絶句した。まだまだあと15冊ぐらいは新作を書き残してくれることを疑ってなかったから。これほどの国民的人気作家を60代で死なせてしまうとか、医者が無能すぎる。

で、追悼のために8月中にこの本を選んで読んだ。友人の本棚にあったので借りて読んだ。これはすでにドラマ化されている。渡辺謙、岡田将生、広末涼子、他で。すでに自分はドラマ版を見ているのであらすじを知っている。雰囲気もわかっている。主要キャストをドラマキャストで脳内再生されてしまう。

スキー場へ現金を要求する脅迫と爆破予告。スキー場に隠された爆弾が爆発すると雪崩が起こる!?それはスキー客の命の危機。そしてスキー場経営陣にとって深刻な痛手。

このスキー場で妻をスノーボーダーとの接触事故で亡くした親子が怪しいのでは?とマークするも、犯人の正体が終盤までなかなかわからない。

で、その事件の背後には陰謀。社会派サスペンス的な作風だったかもしれない。娯楽作として手堅くテンポも良く楽しめる一冊。

2026年8月27日木曜日

スタインベック「怒りの葡萄」(1939)

スタインベックの「怒りの葡萄」(1939)を伏見威蕃訳2015年新潮文庫上下巻で読む。

ジョン・スタインベック(JOHN STEINBECK 1902-1968)は自分が中学生のころから名前は知っていたけど未読だった作家。「怒りの葡萄 THE GRAPES OF WRATH」は1940年のピュリッツァー賞受賞作。後にノーベル賞も受賞。

世界恐慌後のアメリカ中西部、零細個人農業と小作農は不況と強欲銀行とトラクターによって土地を追われて一家で流浪する。
日本も世界恐慌では東北の農村が立ち行かなくなって娘を売ったりする悲劇があったし新卒大学生は就職できなかった。アメリカも多くの人々が失業し路頭に迷う。

オクラホマのジョードー家も家を失い一家でカリフォルニアを目指す。その理由が、果樹園で果実を摘む季節労働のビラを見て。それって…頼りにしていいのか?
昭和初期の日本と違ってアメリカの農民はトラックがあるだけマシ。一家とわずかな家財道具を積み込んで国道66号を西へ。

だが、この時期のアメリカのオクラホマ、アーカンソー、ミズーリ、テキサスでは多くの家族が砂嵐によって耕作不能になった土地を棄て新天地カリフォルニアへ流入。
これがまさに現代のアメリカ・メキシコ国境やヨーロッパ・中東・アフリカで起こってること。

あまりにも大量の経済難民が押し寄せる。カリフォルニアの果樹園も季節労働者を必要としてても、やってくる人々が多すぎる。一日で20セントにしかならない労働を、募集をはるかに上回る求職者がやってくると、どんどん労賃を安くする。その仕組みに怒りと絶望。ほぼ竹中平蔵。

しかも、労賃を上げてくれるように団体交渉しようものならアカ(共産主義者)呼ばわりで牢屋にぶちこまれる。時と場合によっては殺される。
ぜんぜん仕事も見つからない。やっと見つけて家族で1日1ドルにも満たない。必要な食事もとれない。もうどうしようもない。

もう労使の関係がほぼアメリカ版「蟹工船」。読み進めることが苦痛。それに、文体が英米文学の文豪そのもの。読むのに慣れと忍耐が必要。芸術性と格調が高い。

アメリカ人の多くが世界恐慌はフーヴァーのせいで起こったと考えていた。なので、カリフォルニアに流入したオクラホマ人たちが棲んだ掘立小屋村スラムをフーヴァーヴィル(フーヴァー村)と呼んだ。
日本も十数年間にリーマンショックで仕事を切られた人々が「派遣村」を作ったことがあったのだが、竹中村とかヘーゾー村と呼ぶべきだったかもしれない。

このちょっとあとに日本はアメリカと戦争して敗れる。日本人は豊かな国アメリカに負けたと思ってたのだが、アメリカの貧困は日本、中国、ソ連、欧州のどことも変わらないレベル。

貧しい者は貧しい者同士で助け合うのだが、富を持つ者は多すぎる貧しすぎる者に恐怖する。それは今の日本も同じ。
持つものが持たざる者に対して冷たいし侮蔑的。まあ、カリフォルニア人もこんなにも大量の無一文労働者が流入してきたら恐怖から排斥に全力になるのもわからないでもない。日本も流入する貧しい外国人への寛容の心はとうに失ってる。これを許すと自分たちの賃金も押し下げられる。

「怒りの葡萄」は世界中の多くの読者に強い印象を与えた。こんなことではいかん!社会を改革する必要を感じる。
とくに労働者を使役する側に倫理観が必要。この本をある程度の知性があるアメリカ人はみんな読んでるはずだが、現代のアメリカは「怒りの葡萄」から何かを学んだり進歩してるように思われない。共和党の議員たちとICEや警察官はたぶん読んでない。

終盤の畳みかける様な酷い出来事の連続は言葉を失う。この状況でも平静を保って再拝する母親の強さに感心しかない。普通なら途中で精神が狂うと思う。

いやあ予想以上に名作。読んだことない人は読むべき。自民党議員は全員読むべき。

PS. ジョードー家が西へ進むルート66の途中に「バーストウ」という地名が出てくるのだが、これって第6回アメリカ横断ウルトラクイズに出てくる「バーストー」のことか!
自分にアメリカの地理を教えてくれたウルトラクイズは偉大。

2026年8月26日水曜日

齋藤飛鳥「Tシャツが乾くまで」

齋藤飛鳥が出演するというのでTBSドラマ「Tシャツが乾くまで」をチェックしてるのだが、ほとんど出番がなくて困惑。出たとしても1話あたり45秒ほど。
なんと飛鳥は会社を経営しているという設定。まじか。
あと、飛鳥出演シーンは子ども(甥)といっしょのシーンが多い。飛鳥はほぼマリア。
飛鳥の出番は今後増えるんだろうか。
あと、齋藤飛鳥を見れる機会はソニー損保CM
あすかさまが不安そうにしているの、演技だとしても心によくない。
いつも穏やかに一緒に余生を過ごしたい。

2026年8月24日月曜日

アイスキュロス「縛られたプロメーテウス」(BC5世紀?)

アイスキュロス「縛られたプロメーテウス」(BC5世紀?)の伊藤照夫訳岩波文庫(2026年6月)があるのでささっと読んだ。

神族の1人でありながら人間に深く同情し「火」をもたらし教えた罪によってスキュティアーの岩山に手足を拘束されたプロメーテウス…という一場面をアイスキュロスが伝えた1094行。

短いのであっという間に読めてしまうのだが、プロメテウス3部作のうちの1つで、しかもアイスキュロスの作でないという説もある。書かれた時期も諸説あるという。なので、学者先生でもない一般読者には「?」という作品。

クラトスとビアーという「権力と暴力」の擬人化という人物が登場。
コロスはさながら一般読者&劇視聴者の心の気持ちと野次馬的な。
この演者がいなければ劇がさらにわかりにくかっただろうと思う。

プロメテウスが思った以上にゼウスを口汚く罵る。反逆者。
イーオーというゼウスの寵愛を受けたがために妻ヘーラーから嫉妬のあまり牝牛の姿にされた女も登場しての会話劇。プロメテウスは謎めいた予言をする予言者でもあったのか。

各ページに解説があって読書が進みやすいが、劇として相互の矛盾なども指摘。ええ、そうなの?という感想。ま、雰囲気は味わった。

2026年8月23日日曜日

井上和が「豊臣兄弟!」に登場

井上和が8月9日放送の「豊臣兄弟」から茶々として登場してる。
父浅井長政はすでに亡く、父を殺した伯父信長も死に、母お市の方も病。それはこんな思いつめた顔にもなる。
井上和は乃木坂に加入したときから世間をざわつかせた美少女。その存在が高貴。男子たちはひれ伏すしかない。
今後も楽しみだが、この大河は小一郎こと秀長が主人公。大坂の陣まではやらないんじゃないか。

2026年8月22日土曜日

KAGOSHIMA MASK COLLECTION

7月27日にNHK総合「ドキュメント20min.」【KAGOSHIMA MASK COLLECTION】が放送された。これ、大注目だったので録画した。

自分の育った地域にはこういった異形の来訪神を模した奇祭がない。なのでまったく経験がない。
こどものころ、能面が飾ってある部屋が怖かった。図鑑とかでお面とか見たとき怖かった。
自分がこういった神を最初に意識したのはドラマ「TRICK」。椎名桔平の「奈緒子、おいで」
あれすらもゾワゾワした。
あと、男鹿半島で「なまはげ」を展示施設で経験したとき、予想外にデカい音を出すのにビビった。舐めてた。たぶん地域のこどもにとって大きなストレスと恐怖。
この番組を制作した人はたぶんウルトラ怪獣とか仮面ライダー怪人とかの美意識を継承している。
地域に何かをもたらしてくれた来訪者。何か禍をもたらした悪霊。たぶん日本人全員の意識の深い所にこういった神々がいる。
たぶん奄美とか島しょ部の人々にとっては大和からやってきた役人すらも異形。
こういった来訪神は東南アジアやポリネシアにも。
貴重な番組だと感じた。この番組を見た人は鹿児島ってすげえなと思ったかもしれない。

2026年8月21日金曜日

五百城茉央「めざましテレビ」イマドキに出演

五百城茉央が「めざましテレビ」(8月7日)イマドキに出演したことを忘れないように記録する。五百城茉央はもう21歳だったのか。
夏のスウィーツ特集だったのだが、そりゃあ1600円とかしたら美味しいでしょうよと。
自分とうの昔に都心で外食することはほとんどなくなった。都心の一等地で飲食したらその金額は不動産価格。ばからしい。
そういえば五百城茉央さんのドラマは昨年の「madder」以来何も見ていない。スタイルが良いのでいつも気にして注目してるのだが。

2026年8月20日木曜日

ディクスン・カー「悪魔のひじの家」(1965)

ジョン・ディクスン・カー「悪魔のひじの家」(1965)を白須清美訳の創元推理文庫(2024)で読む。
もしかして新訳?と思ったのだが、1998年新樹社から刊行されたものを創元推理文庫に収録するにあたっての改版。
THE HOUSE AT SATAN'S ELBOW by John Dickson Carr 1965
ディクスン・カーっててっきり戦前の1930年代のミステリー作家だと思ってた。1960年代中ごろになってもまだこんな歴史的因縁のある英国お屋敷での偏屈老人と遺産相続と男女のミステリーを書いていたことを知らなかった。今現在の日本もこのパターンにあえて挑む作家は少なくない。
もう自分はカーの作品は何を読んでもそれほど感銘は受けない。この本もあまり期待しないで読んだ。

今回は悪名高い判事が所有していた屋敷を手に入れたバークリー家の当主が死亡し、アメリカで長男の孫ニックが遺産相続のために帰国。旧友のガレット(劇作家で伝記作家)と「悪魔のひじ」にある緑樹館を訪問。

そこに至るまでにガレットがパリで出会って恋に落ちた後に姿を消した女が現れる。え、もしかして緑樹館の現当主ペニントンの妻ディドラってこの女か?!
だが、本名かもわからないフェイという女はペニントンの秘書?!

で、緑樹館にたどりつくやいなや当主ペニントンが銃撃?密室?!空砲で無事?!
そしてさらにフェル博士とエリオット警視も登場。そしてまたしてもペニントン銃撃?!

なんとこのディクスン・カー作品は誰も死なない。まじか。タイトルはおどろおどろしいのに。
またしてもフェル博士は、こんなん誰も言い当てられないだろ!という大して面白くもない真相を、わかりずらく説明する。納得しがたい。

お屋敷主治医にフォーテスキューという人がいるのだが、どこかで名前を聞いたことあるような気がする。ああ、アガサ・クリスティー「ポケットにライ麦を」にも出てきた名前だ。
もしかしてカーはクリスティーの影響を受けたのかもしれない。