2026年7月22日水曜日

生田絵梨花「天城越え」(2025)

松本清張の短編「天城越え」生田絵梨花主演で2025年春に制作、BS8K、4Kで放送。今年になって6月にBSで放送。このときは見逃したのだが、7月11日(土)と18日(土)に2週に渡って放送。
自分、あんまり「天城越え」好きじゃないけどさすがにチェック。

原作は松本清張「黒い画集」より、脚本は羽原大介、音楽はfox capture plan、演出は金澤友也。テレパックとNHKエンタープライズの制作。

大正期の下田、貧しい鍛冶屋の子が家出して、天城峠で運命の事件に遭遇してしまう。昭和30年になって、印刷工場を経営する男性(少年のその後)を老刑事が訪ねてきて…という話。
娼婦大塚ハナを演じることになった生田絵梨花(28)にとっては大きな挑戦。清純派アイドルグループを卒業後に舞台にドラマに活躍してた清純派女優生田にとって大正時代の娼婦の役はまったく意外。エンドクレジットにインティマシーコーディネーターの名前もある。そこは厳重にしっかり管理。

悪生田の顔に感心。そして妖艶さと哀れさ。素晴らしい存在感の個性派女優ぶり。

自分は田中裕子の映画版(1983)しか見ていないが、今回のドラマが旧憲法下の刑事たちが娼婦に容疑をかけ取り調べをするシーンはかなりマイルドだったように思えた。あの波岡一喜刑事より酷いものにすると、視聴者が不快を感じてしまうからだったかもしれない。

冤罪をかけられることほど酷い身の不幸はない。警察や検察にほんの少しでも「もしかしたら自分が間違ってるのかも」という考えがあってくれればいいのだが。
戦前は今以上に酷い人間性を持った人が多かった。みんな貧しいから。家出少年に声をかけてくるようなやつは心根が悪い。お茶代やお菓子代を請求してくる。少年は現実を知る。
生田に泥棒容疑をかける女郎は岡田結実だったのか。見たときは誰だかわからなかった。

原作に書かれていない箇所が脚本家の腕の見せ所。ドラマ化するにはそこを叙情的に描くしかない。その後の不幸なハナと立派に成長してる男(萩原聖人)を出会わせることはなかったと思った。
年老いたハナが若村麻由美。キレイだし上品だし。あまり苦労した感じたしなかった。

2026年7月21日火曜日

ローマ人の物語「賢帝の世紀」(2000)

塩野七生「ローマ人の物語 賢帝の世紀」(2000)を読む。新潮文庫(2006)では上中下、24、25、26巻に相当。

ダキア戦役とパルティア戦役、インフラ整備と公共建築にがんばりすぎたトライアヌス帝。

最大版図帝国の周辺部を視察して回った旅人皇帝ハドリアヌス。ユダヤ戦役でユダヤ教徒をイェルサレムから放逐しディアスポラ開始。旧臣を粛清もしてるなど苛烈。
60過ぎで歩くこともままならない病苦に苦しむ。いったい何の病気だったのか?

26巻は何も新しいことはしないので特筆するべきこともないのに23年続いた長命温厚紳士皇帝アントニヌス・ピウス。阪神でいったら吉田監督の時代か。

全巻読み通すことを目指してるのだが、いいかげんもう飽きてきたw 長すぎる。

2026年7月20日月曜日

吉岡里帆「九龍ジェネリックロマンス」(2025)

「九龍ジェネリックロマンス」(2025)という映画があるので見る。吉岡里帆が主演なので見る。乃木坂の梅澤美波が出てるので見る。
原作は眉月じゅん。監督は池田千尋。脚本は和田清人。制作はROBOTで配給はバンダイナムコフィルムワークス。

マンガ原作の実写映画化。何も予備知識がない。
九龍城砦の不動産会社で働く女の記憶をめぐる幻想的な異世界物か?と考えながら見る。きっと「かまくら物語」とかみたいなやつ?かと。

池田千尋監督の映画はたいてい好印象なのだが、この映画は見始めて早々に退屈し始めた。なんだこれ?その世界観がまるでぼんやりしてよくわからない。
風景は中国風なのに登場人物は日本語を話す。
水上恒司という役者は近年邦画の世界で見かけるけど自分はまだよく知らない。
栁俊太郎くんがかつての永瀬正敏がやりそうな役。ノスタルジックなカメラを構えながら街を闊歩。残念ながらこのモデル俳優の演技は棒に感じた。

美術セットがあまりかつての香港に見えない。憧れの九龍城砦に見えない。
でも、「ジェネリック」なんだし、ストーリー上それでいいのかも…と想いながら観ていたのだが、やっぱり浅草サンバカーニバルの路地裏を想わずにいられない。日本人がノスタルジーを感じるかつての香港の喧騒と湿度と埃と脂の感じが見えない。
なぜに中国訛の日本語を話すチャイナ娘がいるのか?

わりと静かな映画なのに役者たちが暑苦しい。とつぜんでかい声を出されるの苦手。
梅澤美波がチョイ役でもったいない。せっかくの外仕事なのに、オタ界隈でちっとも盛り上がってた記憶がない。

吉岡里帆の演じるヒロインですら魅力を感じなかった。途中でしっかり集中して見るのを止めた。早く終わることを願った。
これはマンガのままのほうが余韻と奥行きを感じられるやつだったに違いない。せいぜいアニメまで。

白昼夢のような、ブレードランナーのような、ビューティフルドリーマーのような、惑星ソラリスのような精神世界仮想現実SF映画。ほとんど魅力を感じなかった。
もっとアート映画に全振りして背景を暗くして見えないようにしたら、もっと見れる映画になったかもしれない。

これを見た後にウォン・カーウァイ「恋する惑星」(1995)をちょっと見返したのだが、こっちはガチのノスタルジー。映像だけでビシビシ伝わる。

2026年7月17日金曜日

片島紀男「三鷹事件 1949年夏に何が起きたのか」(1999)

片島紀男「三鷹事件 1949年夏に何が起きたのか」という文庫本を昨年11月に群馬方面にキャンプに出かけた帰りにそこにあったBOで見つけて連れ帰った。110円でゲット。

NHKディレクターによる本。ETV特集で三鷹事件を扱ったら好評だったので本になった。1999年6月に日本放送出版協会より刊行。自分が手に入れたものは2005年新風舎文庫版。なんと、あとがきと年表を合わせて全990ページ。すごいボリューム。
(調べてみたら新風舎は2008年に経営破綻してた。)

自分、遠い昔、下山事件と三鷹事件と松川事件に関心持ってて、下山事件と三鷹事件の現場まで出かけたことがあった。JR労組による記念碑も見てきた。三鷹の禅林寺の慰霊碑も見てきた。だが、三鷹事件に関しては今まで適当な本を見つけられず読めないでいた。

今回手に入れたこの本のほとんどは、竹内景助の取り調べから一審無期懲役判決、そして控訴審での死刑判決。再審請求中の獄死までを扱う。
事件当夜の竹内の目撃証言やアリバイや物証にも触れてはいるけど、あまり「1949年夏に何が起きたのか」というタイトルは合ってない気がする。

昭和24年はもう遠い昔で事件の関係者たちも多くが鬼籍に入ってる。令和の今を生きる我々現代人にとって関係ない事件かもしれないが、令和の今も検察と司法にはイライラさせられる。

もう取り調べ検察官が怖い。国鉄から首を斬られた竹内がいったいなぜ一人だけ犯人にさせられたのか?その責任のほとんど全て検察官たちが「こいつに罪を着せよう」と選んだいち弱者市民。
なぜにそこまで「こいつが犯人だ」と100パー信じて、シャカリキに罵詈雑言浴びせかけ追い詰めて自白させるのか?
最高裁裁判官も怖い。容疑者絶対殺すマンになってる。とにかく自供がすべて。物証が何もない。たぶん竹内に有利な証拠は隠蔽して明かさない。信じられない。

この時代は占領時代。朝鮮戦争勃発を前に、共産党と労働運動を弱体化させる方針に政府が舵を取った時期。
暴走車両が三鷹駅のホームと交番を突き破って6人死亡という大惨事。自分はてっきり竹内は共産党員かと思っていたのだが、党員ですらなかった。なのになぜ竹内が選ばれた?

東京拘置所の所長も看守も怖い。頭が痛いと訴える竹内を「拘禁反応」「詐病」と放置。結果、脳腫瘍で死亡。これはほぼ殺人。酷い。人間性を疑う。
大川原化工機事件をも連想。警察と検察は今も変わってない。

竹内は裁判で単独犯行→無実→単独犯行と主張を変えた。そこは自分は知らなかった。竹内はあまりに無知。ことの重要性がわかってなかった?そんなピュアな竹内を騙して自供させた検察官は重罪だし、担当弁護士たちも無能。

当時の国鉄労組は共産党系と民同系に別れて双方いがみ合っていた。民同にも不審な容疑者がいたらしいのだが、竹内単独犯行一本に突き進んだ検察と司法はもう他に犯人がいる可能性にもはや関心ない。なので追及もしてない。

三鷹事件はもう真犯人がわかることはないかもしれないが風化させてはいけない。司法関係者たちに罪を認めさせ責任を追及しないといけない。謝罪と補償をさせないといけない。

2026年7月14日火曜日

内田百閒「王様の背中」(昭和9年)

昭和9年9月に東京市中野區江古田の楽浪書院より刊行の内田百閒「お伽噺集 王様の背中」を読む。昭和49年ほるぷ出版復刻版で読む。これも数年前にBOで110円で購入したもの。

内田百閒作の9つのお伽噺童話を収録。百閒の序文によれば「この本のお話には、教訓はなんにも含まれて居りませんから、皆さんは安心して讀んで下さい。」「どのお話も、ただ讀んだ通りに受け取って下さればよろしいのです。」とのこと。
そして版画挿絵は谷中安規(1897-1946)。どのページの挿絵も素朴で異常に味わい深い。
  1. 王様の背中
  2. 影法師
  3. 狸の勘違ひ
  4. お爺さんの玩具
  5. 桃太郎
  6. かくれんぼ
  7. 三本足の獣
  8. 狼の魂
  9. お婆さんの引越
どの話もとても味わい深い傑作。大人が読んでも楽しい。子どもよりも大人のほうが楽しめる。

「王様の背中」とかオチも何もない。ひたすら背中が痒くてたまらないというカオスだしシュールな展開のみ。
「影法師」「狸の勘違ひ」は子どもたちにそういう視点もあると教えるような話。

「三本足の獣」と「狼の魂」は怪談と言えるかもしれない。
「お婆さんの引越し」は風景描写のみで理由を何も示さない。これは現代にもそのまま哀しい風景。社会派。

「桃太郎」は世間一般に知られた桃太郎と視点が異なる。赤ん坊を包み込んでた桃のその後に注目。読んだ誰もが呆気にとられる。

個人的にいちばん好きだったのが「かくれんぼ」。よく考えると子どもの遊びはつねにカオス。

2026年7月12日日曜日

沢木耕太郎「一号線を北上せよ」(2003)

沢木耕太郎「一号線を北上せよ」(講談社 2003)を読む。もらい本で読む。90年代に雑誌に掲載された紀行エッセイを集めた一冊。

「一号線はどこにある?」
単行本化のための序文

「メコンの光」
もう行くことが叶わない南ベトナム時代のサイゴン

「キャパのパリ、あるいは長い一日」
この当時の沢木氏はキャパを取材してた

「象が飛んだ」
アトランティック・シティでのジョージ・フォアマンとイベンダー・ホリフィールドのタイトル戦を取材。
調べてみたらフォアマンって昨年の3月に76歳で亡くなってた。

「鬼火」
ポルトガル紀行と檀一雄が暮らしたサンタクルス

「ヴェトナム縦断」
車窓風景だけ見てればいいのに騒々しい迷惑外人観光客やぼったくりやトラブルに注目してしまう沢木氏。著名な作家になったのにホテル代とかタクシー代とか気にするな。

「落下と逸脱 アルプスだより」
アルペンスキーワールドカップを取材にインスブルックへ。このころすでにアルペン人気は下火。(自分、今に至るまでルクセンブルク人のスポーツ選手って85年と86年にアルペン総合チャンピオンだったマーク・ジラルデリしか知らない。調べてみたらこの人はオーストリア出身)

「記憶の樽」
20年ぶりのスペイン・マラガ。かすかな記憶をたよりにあの居酒屋を探す。

2026年7月11日土曜日

島田荘司「アルカトラズ幻想」(2012)

島田荘司「アルカトラズ幻想」(2012 文芸春秋)を読む。無償でいただいた本で読む。
おそらくアルカトラズ島の監獄を脱獄する話なんじゃないかと予想して読む。「幻想」とあるのがちょっと気にかかるが、何の予備知識もなく流れに身を任せて読み始めた。

第一章「意図不明の猟奇」
大西洋の向こう側、欧州で戦争が始まった直後の1939年11月のワシントンDCの森で、木からつるされた娼婦の死体が発見される。下腹部をえぐり取られ内臓が垂れ下がった状態。猟奇的な殺人事件に騒然。刑事たちが聞き込み捜査。
そしてまた死体。被害者は真面目な女子大生なのだが、やはり同じように下腹部をえぐられている。

1人目の被害者の遺体の第一発見者から担当刑事に「読んでもらいたい冊子がある」と通報。刑事は嫌々出向いてその論文冊子を読み始める。

第二章「重力論文」
この章は読み始めてすぐ面食らう。太陽系の惑星の自転速度や恐竜の絶滅や人類の進化に関する論文。何を読まされているんだ?という気分。
だが、急転直下で容疑者が浮かび、犯人が判明。
第二章まで読んだだけで相当に驚き。ここで読むのを止めたとしても十分に満足感。

第三章「アルカトラズ」
第四章「パンプキン王国」
なんか、前半とはまるで雰囲気の異なる展開。逮捕され有罪判決となった犯人主観。そしてサンフランシスコ沖に浮かぶ難攻不落のアルカトラズ監獄。そしてめんどくさい囚人たちから脱獄に巻き込まれ…。

あとは何をどう語ってもネタバレになってしまうので内容に関してはここで止める。「パンプキン王国」のくだりは「一体何を読まされているんだ?」というファンタジー。なんだこれ?まるで村上春樹を読んでるかのよう。

そしてエピローグ。いや、なんだこれ?!ちょ、これは今年読んだ本の中で一番面白いし衝撃。違和感とか多少は感じつつも流れに身を任せてイッキに読んだ読者には大きなサプライズ。読み応えのある力作だった。強引な力業w

こんな面白く衝撃的な本を、なんで今までまったく耳にしてなかったんだろう?
読み終わってからいろいろ調べてみた。既に文庫版もされているのだが、文庫表紙はちょいネタバレになっている。こういうのやめてもらいたい。単行本表紙のほうが良い。

2026年7月9日木曜日

中西アルノ「惡の華」

中西アルノ(23)が4月期テレ東ドラマ「惡の華」に出演していた。中西が登場する回以降のみしか見ていない。
「惡の華」は玉城ティナと伊藤健太郎主演の映画版(2019)は見たことがある。記憶をたどりながら見る。中西アルノ演じる「常盤さん」は映画版では飯豊まりえだった。
この常盤さんというキャラはすべての陰キャ男子にとって希望の光のような存在。この子と出会えた男子はたぶんみんな幸せになれる。趣味が合う女の子と出会えることは通常ほとんどない。
それにしても中西アルノの演技の良さに驚いた。
中西の顔は個性的。それでいて魅力的。歌も上手いし声質も良い。そしてイジられキャラ。明るいし面白い。
ドラマ版を最終回まで見た後で、映画版を見返した。映画は玉城演じる仲村さんが狂気すぎる。ドラマ版もこんな狂った展開だったんだろうか。第1話から見るべきだった。

2026年7月8日水曜日

小山内薫「三つの願い」(大正14年)

東京市牛込區の東京イデア書院より大正14年刊行の小山内薫「三つの願ひ」(定價金壹圓六拾錢)の昭和49年ほるぷ出版復刻版がそこに110円で売られていたので連れ帰った。そこからたぶん5年ぐらい積読してた。ようやく開いた。

序文で小山内薫(1881-1928)が子どもに見せる児童劇(もしくは人形劇)のために書いたものだと言ってる。6作品の戯曲。どれもが西洋のむかし話を底本とした他愛のないおとぎ話かカオスなコメディ。
  1. 三つの願ひ
  2. ほくち箱
  3. 人形
  4. イルゼベルの望み
  5. 狼の敎訓
  6. そらまめの煮えるまで
すべて西洋昔話に出てくる貧しい庶民たちの話。お金があればなあという願いが叶ったら…という切実な夢。

「ほくち箱」はアンデルセンの「マッチ箱」の言葉を置き換えたもの。まったくイメージがつかないのだが、火打石セット箱のようなものらしい。
「そらまめの煮えるまで」は登場人物全員が与太郎みたいな落語コメディ。

2026年7月6日月曜日

S.クリスタ―「列石の暗号」(2013)

新潮文庫からサム・クリスタ―「列石の暗号」(大久保寛訳 2013)という上下巻本が出てるので読んでみた。友人の本棚から借りて読んだ。
THE STONEHENGE LEGACY by Sam Christer 2011
英国でドキュメンタリー番組制作をしてる新人作家の本らしい。世界35か国で翻訳出版されたらしい。なのに、エックスで検索してもほとんどヒットしない。なぜだ?

イングランド・ウィルトシャーのソールズベリ平原にあるストーンヘンジは紀元前3000年ごろから紀元前1500年ごろに築かれた巨大石群。なんと完成まで1500年を要したという説もある。
そのストーンヘンジで生贄の儀式を神に捧げるドルイド系カルト宗教組織(警察中枢にまで浸透)が米副大統領の娘を拉致、宗教2世青年、シングルマザー警部補らが事件を追うスリラー娯楽作。

新潮文庫新刊オビには「英国にダヴィンチコードの強力ライバル作品現る!」とか「歴史暗号ミステリの超大作にして傑作!」と書いてある。だがそれはあまりこの本の説明として合ってない。

美女と青年が事件に巻き込まれ逃げる様子は「ダヴィンチコード」のシリーズ構成要素かもしれない。凄惨な事件という点で「羊たちの沈黙」ぽい。穴の中で絶望的な状況とか「インディ・ジョーンズ」ぽいかもしれない。

ほとんど古代史ペダンチックさがないのは良い。狂った宗教信者たち感はTRICKの閉鎖村人のようでいい。
アリかナシかでいったら十分アリ。だが、こういう狂ったカルトの事件には多少はユーモア要素もあったほうがよい。
あと、あの女警部補の努力は出世につながったんだろうか。

2026年7月4日土曜日

原菜乃華「るなしい」

原菜乃華(22)がテレ東4月期の木曜深夜ドラマ「るなしい」全11話のヒロインを完走。記憶にとどめておくためにここに記録して忘備録とする。
新興宗教教祖系メガネJK菜乃華が新鮮。だが、自分はこういう社会派ダークヒロインものを見る気分じゃなかった。結果、全話は見てない。すまん。
お金で不幸になっていく若者たちとか見てらんない。
恋する菜乃華、かわいい。今が一番かわいい時期。熱愛とかないようにしてほしい。

2026年7月2日木曜日

泉鏡花「夜叉ケ池・天守物語」

泉鏡花「夜叉ケ池・天守物語」を緑岩波文庫で読む。これは何度も上演されているのにどんな話なのかよく知らなかった。BOで110円でそこにあったのを見つけたので連れ帰った。

泉鏡花(1873 - 1939)が大正時代に書いた戯曲2本。澁澤龍彦の解説を含めても141ページという薄い本。

越前大野・三国岳の麓にある琴弾村。山の上に竜神が封じ込められた夜叉ケ池。伝説を守り伝えるために1日に3度鐘を撞く萩原晃。その妻?の百合。さらに山沢学円という旅の僧。
読み始めたときは中世が舞台なのかと思ってたら、京大教授が失踪した友人を探してたどり着いた…というから、これは大正時代の話か。

生贄を求める村人…とか、TRICKな雰囲気。村人が女を殺すとか横溝味。横溝先生は影響を受けた作家として泉鏡花の名前を挙げているらしい。

「天守物語」は播州姫路。
こっちも妖怪の出てくる幻想の中世。天守夫人富姫と鷹匠・姫川図書之助のやりとり。これを芝居として上演するとか映像化するとか、自分にはぜんぜんイメージできない。

幻想的な怪談?大正時代の日本人はこんな戯曲を受け入れる余裕があったのか。

あと、この本に「莞爾」と書いて「にっこり」と読ませる箇所があって驚いた。石原莞爾の莞爾ってそういう意味だったのか。