2025年7月1日火曜日

渡辺淳一「光と影」(昭和45年)

渡辺淳一「光と影」(文芸春秋社 1970)という本をもらったので読む。オビに直木賞受賞作とある。自分が渡辺淳一を読むのはこれが2冊目。4作からなる短編集。どれも医師作家らしい医療の現場の視点。

「光と影」
西南戦争の熊本城攻防戦で上腕部に貫通銃創を負い、船で長崎、門司、大阪へと輸送される小武敬介大尉。包帯で撒かれ吊った腕は化膿。そして微熱。
船上で同期の寺内寿三郎大尉から話しかけられる。寺内も同じように上腕部を貫通銃創。

ふたりとも敗血症と脱疽(壊死)を防いで命を助けるために、腕を切断しないといけない。
まず小武、そして寺内。二人の優秀な士官の腕を続けて切断する措置に嫌なものを感じた軍医執刀医は小武の腕を切断した後に心変わり。同程度の寺内は骨の破片を取り除いて腕を切断しない措置を試してみる気分になる。

右腕を失った小武は予備役となり軍を去るのだが、創の痛みと高熱に苦しんだ後に動かない腕の残った寺内は軍に残る。
小武は陸軍の親睦会クラブの偕行社で働くのだが、軍に残った寺内はどんどん出世。ついには陸軍大臣に…。

ほんのちょっとの差で後の人生にハッキリ明暗がついてしまった二人の男。これは読んでいて辛い。明治時代は不具者へどう接したらいいのか誰も慣れていない。自分の方が優秀だったのにとプライドが傷つきどんどん気を病んでいく主人公が気の毒。

「宣告」
痔だと思ってたら大腸がんだった老画家。人工肛門の措置をすれば余命は1年に延ばせると考え、通常なら余命宣告しないところだが、芸術家は残りの命を芸術に打ち込みたいだろうからと宣告した医師。しかし、その判断は正しかったのか…?

「猿の抵抗」
医学生のための教材患者となった男。自分が医学書とまったく同じという状況への反抗。

「薔薇連想」
梅毒を移された劇団女優の怒り。足の裏に発疹が出て「水虫かな」と思いきや、病院で医師から「梅毒」の陽性だと告げられる。そしてつぎつぎと男たちと関係を持って、相手に自分と同じ症状が出るのを確かめていく…。
戦争で大陸から帰って来た男が多かった時代は、今よりもっと性感染症があったに違いない。そして令和インバウンドでさらに感染が広がってるに違いない。梅毒初期症状「薔薇疹」とか初めて知る。これは怖い。

4作すべて驚きのある短編。さすがだ。
今のテレビドラマはやたらと美男美女俳優による医療ドラマが多い。多すぎる。こういった患者側から心理を描く、人間の尊厳について考えさせられるようなハードな医療ドラマもあるべきなんじゃないか。そんなドラマが見て楽しいわけがないが。

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