2022年5月12日木曜日

ヘミングウェイ「日はまた昇る」(1926)

ヘミングウェイ「日はまた昇る」(1926)を読む。土屋政雄訳の早川書房新訳版(2012)で読む。ヘミングウェイ27歳のときの作品。ほぼ新人作家。
THE SUN ALSO RISES by Ernest Hemingway 1926
この小説をざっくり説明すると若者たちが飲み歩いて遊び歩いてスペイン・パンプローナの牛追い祭に行く…という話。

何の予備知識もなく読み始めた。冒頭でユダヤ系アメリカ人でプリンストン大のボクシングチャンピオンでもあったロバート・コーンという人物の半生(といっても若者だが)が書かれている。てっきりこの人物が主人公かと思っていると、ジェイクというという友人が登場。このジェイコブ・バーンズというアメリカ人青年が主人公。

この主人公は特派員記者らしいのだが、作品中パリでなんら働いてる様子が見えない。お金にまったく困ってないし羽振りがいい。金をどんどんばらまく。それが夏のバカンス?
この本の登場人物はほとんど遊んでる。それが20年代のパリか。毎日カフェ。ぶらぶらと店を移動。パーティーで友人が紹介する友人と出会う。パリをぐるぐる回る。

これは若者が遊んで恋愛するだけの内容のない小説か…と思いつつ読み進める。第2部になるとパンプローナの牛追い祭レポになる。仲良く飲んだり食べたり喧嘩したり。

牛追い祭は日本でも有名だが、この小説では熱狂の一週間の様子がとても興味深い。1920年代であっても今と何も変わらない。暴れ牛が長く尖った角で、運悪い祭の参加者の背中から腰にかけてを突き上げ胸に貫通。若者が死ぬ。
スペインの牛の角が凶悪な凶器。こんなのにロックオンされたら死を覚悟するしかない。

その牛も闘牛場に誘い込まれ闘牛士と対峙。昔のスペイン人は闘牛が大好きだし日々の話題が闘牛士。カフェであれこれと批評。
牛を殺すことをショーとして見せるのは残酷だ。しかも観衆はさらに闘牛士に危険な技も要求する。昔も今も集団だと人間は残酷。

パンプローナに行く前にブルゲーテという街のホテルに泊まってハイキングや鱒釣りを楽しむ様子が出てくる。今はグーグルですぐに街の風景や山の様子をすぐ見ることができる。
ブルゲーテは小さな村。ストビューで見ても家々はそんなに古そうじゃない。みんな小ぎれい。日本の田舎の過疎村は家が廃屋のようで暗く不気味で死に耐えようとしてるのに対し、スペインは田舎であっても明るくキレイ。(なのに通りに人がまったくいない)

山道をバスに揺られて行くシーンとか、フランススペイン国境の様子とかも興味深い。パンプローナに行きたい。サンセバスチャンに行きたい。バイヨンヌ、ビアリッツ、サンジャンドリュズとか気ままに旅したい。そのためにはフランス語とスペイン語ができないと無理っぽい。
夏の遊び方が日本のそれとは違う。酒の量が違う。チップというやつはいくら払えばいいのか?日本人には想像つかない。

ブレットという30代女性の気ままな男性遍歴と振り回される男たち。お祭りが終わったあとの第三部の寂しさとラストの男女のやりとりも味わい深い。

ヘミングウェイを「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」と読んできた。そして今回の「日はまた昇る」だったのだが、作風が違っていた。享楽的な若者たちの夏休みノベル。
20年代のフランスとスペインが平和だ。それゆえ30年代の戦争地獄とコントラスト。

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