2020年12月31日木曜日

中川右介「グレン・グールド」(2012)

中川右介「グレン・グールド 孤高のコンサート・ピアニスト」(2012 朝日新書)を読む。

自分、今まで数多くのグールドの音楽にCDなどを通して聴いてきたけど、CD解説書なんかだけを読んで満足して知った気になってた。初めてグールド関係の本を読む。
グールドは自伝も評伝も多いのだが一度も開いてみようという気になったことがない。この本は中川右介の本でしかも新書だから手に取りやすかった。
タイトルの通り、レコーディングピアニストだったグールドのCDを語るのでなく、コンサートピアニストだった時期をメインに語る一冊らしい。

この人の本はその時代の国際情勢とか同時代の人々とか、多角的視点から多くを教えてくれる。この本でもグールドの同時代人としてジェームズ・ディーンエルヴィス・プレスリー、そしてサリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の主人公ホールデン・コールフィールドも取り上げる。「怒れる若者」をキーワードに時代の雰囲気を探る。

自分、今までまったくグールドのピアノの師について考えたこともなかった。幼少時からコンサート・ピアニストになる自分をはっきりイメージできたわりと裕福な毛皮商人の家庭に育ったグレン少年にはアルベルト・ゲレーロという先生がいた。
そして少年グールドのアイドルは当時から世界的巨匠ピアニストだったウラディーミル・ホロヴィッツ。だが、後にグールドはゲレーロ師匠とホロヴィッツについてほとんど話さなくなる。唯一の師はアルトゥール・シュナーベルのレコード。

グールドと言えばJ.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」。圧倒的な技量と新解釈。当時この曲をデビューレコーディングに選ぶとは相当な変わり者。コロンビアレコードの重鎮もグールドを「変わり者」キャラで推していく決意w

グールドはカナダとアメリカであっという間に玄人筋の間で大きな話題。カナダ人として初めてソ連公演を行い現地でも大きな話題。この時のモスクワ公演、レニングラード公演はCDになっている。自分はバッハとベートーヴェンのコンチェルトのCDは聴いたことがある。
当時まだ壁のなかったベルリンでもカラヤンと共演。この時のベートーヴェンNo.3とシベリウスNo.5の録音はCDにもなっている。これも聴いたことがある。
そしてウィーンに向かう汽車の中でレオポルド・ストコフスキーと初対面。

グールドが北米大陸各地でコンサートをやってるときにヴァン・クライバーンがチャイコフスキーコンクールで優勝してアメリカ大フィーバーw グールドとクライバーンはわりと仲が良かった?!

19世紀ロマン派の人気曲に何も関心がなかったグールドは1959年からなぜかブラームスの間奏曲と協奏曲第1番をレパートリーに加えた。それまでが少なすぎた。
そしてかの有名なNYPO&バーンスタイン「ブラームス:ピアノ協奏曲第1番」第1楽章を異常に遅いテンポで演奏した騒動。
自分の感覚だと協奏曲は独奏者とオーケストラの丁々発止の演奏を面白いものと思ってた。だがそれはグールドの考える協奏曲のあるべき姿と違ってたらしい。偏見と先入観だったかもしれない。

グールドは31歳でコンサートピアニストを引退。レコードの印税もあったけど、株式投資で儲けてた?!それは知りたくなかった情報だw

日本でグールドが評価されるようになったきっかけは芸術新潮1963年4月号で吉田秀和が絶賛してから?!日本人は権威に弱い。

あと、グールドはスタンウェイと肩の怪我の件で揉めていた?!これはグールドの被害妄想だろうと感じた。

コンサートは聴衆がいるせいで演奏が上手くいかない、二度とごめんとグールドは考えていたらしい。グールドの命日は1982年10月4日。脳卒中。50歳。
あと、サリンジャーは2010年に91歳で亡くなるまで生きていたことに驚いた。

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