2026年11月3日火曜日

村上龍「69 sixty nine」(1987)

村上龍「69 sixty nine」(1987)を2007年文春文庫で読む。ずっとそこに置かれていた本だったのだが、村上龍の訃報を聞いてあわてて開いた。

1969年に長崎・佐世保で17歳だった少年たちを回想。この高校生たちは不良というわけでもなく、むしろ進学校の生徒たちなのだが、なんだかみんな言ってることややってることがおかしい。
だが、なんだか安心もした。こういう高校生が今もいてほしい。だから今も若い人に村上龍は読まれてる。ところどころで活字が大きくなるところがなんかわからんけど良い。

なんで昭和のマンガやドラマには竹刀持った暴力教師がいるんだろう?って考えたことあったけど、村上龍によれば、終戦後のどさくさと男不足のせいで教育者に向かない人も教育現場に投入されたらしい。ああ、そうだったのか。スッキリした。

高校生たちが時代の空気や政治に影響され過ぎてた時代。戦争を経験した親世代から生まれた子どもたち。
「すべての教師は資本家の手先」「高校生は家畜への第一歩」
「すべての教師は、立場を利用して生徒を恫喝することで充たされない生活の欠落感を埋めようとする。暗く寂しい人間関係が、恥を知らない教師を生むのだ。」w
この時代の教師と生徒の緊張関係がヤバイ。読んでいてとても共感できた。

このころ長崎の児童生徒は国体開会式のマスゲームの練習をさせられていた。佐世保北高の場合は女子生徒。
「何かを強制されている個人や集団を見るとただそれだけで不快になる」w
「この八月の炎天下、地味な体育着を着せられて、強制的に動かされるために、十七歳のからだはあるのではない。」
「滑らかで弾力のある肌は、海岸の波打ち際を歓声をあげて走るためにあるのだ。」
自分もまったく同意。

主人公の父親がわりと尊敬できる。息子が高校をバリケード封鎖して無期限謹慎になっても何も言わない。むしろ「革命が起きれば、お前らは英雄かも知れん、吊るし首になるのは、校長の方かもしれん」とか言ってて感心したw 自分の知ってる九州の男と女はなんだかみんなROCK。

1987年の村上龍のあとがきによれば、1969年に生れて17歳になった若者たちに読んでほしいとのこと。このころの高校生たちは「高校生クイズ」に出てた世代。いちばん活気のあったころ。
自分が高校生のときには「天使」と呼ぶような存在に出会えなかった。グラマーな女の子にも関心なかった。むしろ今のほうがあるかもしれない。

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