2026年7月17日金曜日

片島紀男「三鷹事件 1949年夏に何が起きたのか」(1999)

片島紀男「三鷹事件 1949年夏に何が起きたのか」という文庫本を昨年11月に群馬方面にキャンプに出かけた帰りにそこにあったBOで見つけて連れ帰った。110円でゲット。

NHKディレクターによる本。ETV特集で三鷹事件を扱ったら好評だったので本になった。1999年6月に日本放送出版協会より刊行。自分が手に入れたものは2005年新風舎文庫版。なんと、あとがきと年表を合わせて全990ページ。すごいボリューム。
(調べてみたら新風舎は2008年に経営破綻してた。)

自分、遠い昔、下山事件と三鷹事件と松川事件に関心持ってて、下山事件と三鷹事件の現場まで出かけたことがあった。JR労組による記念碑も見てきた。三鷹の禅林寺の慰霊碑も見てきた。だが、三鷹事件に関しては今まで適当な本を見つけられず読めないでいた。

今回手に入れたこの本のほとんどは、竹内景助の取り調べから一審無期懲役判決、そして控訴審での死刑判決。再審請求中の獄死までを扱う。
事件当夜の竹内の目撃証言やアリバイや物証にも触れてはいるけど、あまり「1949年夏に何が起きたのか」というタイトルは合ってない気がする。

昭和24年はもう遠い昔で事件の関係者たちも多くが鬼籍に入ってる。令和の今を生きる我々現代人にとって関係ない事件かもしれないが、令和の今も検察と司法にはイライラさせられる。

もう取り調べ検察官が怖い。国鉄から首を斬られた竹内がいったいなぜ一人だけ犯人にさせられたのか?その責任のほとんど全て検察官たちが「こいつに罪を着せよう」と選んだいち弱者市民。
なぜにそこまで「こいつが犯人だ」と100パー信じて、シャカリキに罵詈雑言浴びせかけ追い詰めて自白させるのか?
最高裁裁判官も怖い。容疑者絶対殺すマンになってる。とにかく自供がすべて。物証が何もない。たぶん竹内に有利な証拠は隠蔽して明かさない。信じられない。

この時代は占領時代。朝鮮戦争勃発を前に、共産党と労働運動を弱体化させる方針に政府が舵を取った時期。
暴走車両が三鷹駅のホームと交番を突き破って6人死亡という大惨事。自分はてっきり竹内は共産党員かと思っていたのだが、党員ですらなかった。なのになぜ竹内が選ばれた?

東京拘置所の所長も看守も怖い。頭が痛いと訴える竹内を「拘禁反応」「詐病」と放置。結果、脳腫瘍で死亡。これはほぼ殺人。酷い。人間性を疑う。
大川原化工機事件をも連想。警察と検察は今も変わってない。

竹内は裁判で単独犯行→無実→単独犯行と主張を変えた。そこは自分は知らなかった。竹内はあまりに無知。ことの重要性がわかってなかった?そんなピュアな竹内を騙して自供させた検察官は重罪だし、担当弁護士たちも無能。

当時の国鉄労組は共産党系と民同系に別れて双方いがみ合っていた。民同にも不審な容疑者がいたらしいのだが、竹内単独犯行一本に突き進んだ検察と司法はもう他に犯人がいる可能性にもはや関心ない。なので追及もしてない。

三鷹事件はもう真犯人がわかることはないかもしれないが風化させてはいけない。司法関係者たちに罪を認めさせ責任を追及しないといけない。謝罪と補償をさせないといけない。

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