2025年2月26日水曜日

佐々木譲「エトロフ発緊急電」(1989)

佐々木譲「エトロフ発緊急電」(1989)を新潮文庫版で読む。
佐々木譲(1950 -)を初めて読む。第3回山本周五郎賞を受賞とある。たぶん太平洋戦争スパイものだと予想して読み始める。

日系アメリカ人サイトウはかつてスペイン内戦に義勇兵として参加するも、国家にも革命にも失望と挫折した過去を持つ孤高の殺し屋。
とある殺害現場を何者かの組織に目撃され現場から拉致されるのだが、どうやら海軍のインテリジェンス部門のテイラー少佐と日本学者ミス・ウォードによって監禁され取引を持ち掛けられる。「スパイとなって日本に潜入しろ」自分のことはすべて調べ上げられてる?!

サンディエゴでありとあらゆる諜報と戦闘の技術を訓練。そして水上艇でハワイへ。最終テストとして日本人スパイの殺害を指示される。

で、コードネーム「フォックス」こと斎藤賢一郎はハワイから横浜そして東京。現地では協力者グループはたった2名?
南京事件で恋人を無残に日本人将校に殺害されたアメリカ人宣教師スレンセン、そして金森と名乗り日本がアメリカによって焼け野原になることを夢見る朝鮮人労務者。
この時代の東京は憲兵隊と特高警察による厳戒態勢。ゾルゲ事件が発覚してからは息苦しいまでに厳重。外国人どころか日本人も横須賀へは接近もできなくなってる。

そしてもう一人の主人公がロシア混血の美人ヒロインゆき(24)。混血だし美人すぎて択捉島・単冠湾の集落では目立ちすぎて陰口。いたたまれず函館からやってきた写真技師と19歳で駆け落ちするも、相手には妻子がいた。ふたたび択捉島へ戻って祖父からの駅逓の仕事を引き継ぐ。

東京で憲兵隊や警察に追われながら命がけのスパイ活動のサイトウは、夜間に忍び込んだ海軍高官の書類の中から択捉島の地図とメモ書きを発見する。
斎藤を支援していた宣教師は憲兵隊に追い詰められ自決。サイトウは青森から函館、そして択捉島へ渡る。

そしてサイトウはやっとのことで厳寒の島に辿り着くと高熱で倒れるのだが、そこでクリル人の宣造に拾われ、ゆきに助けられる。

真珠湾攻撃のための連合艦隊集結の場所となった単冠(ひとかっぷ)湾と、日本海軍の艦隊が真珠湾に向かうという情報を命がけで無線送信するスパイ。史実と虚飾のドラマ。一大ラブロマンスハードボイルドスパイサスペンス巨編。

この本、めちゃくちゃ面白い。その他の多くの登場人物たちもみんな魅力的。飽きずにハラハラしながらずんずんページをめくれる面白さ!

第3部は警察からの追及をかわしながら、目的地を巧妙にギリギリで隠ぺいしながらエトロフを目指すサイトウと、嗅覚の鋭さとカンのよさと執念で追いかける磯田。これ、すごくF.フォーサイス「ジャッカルの日」みたいだった。

サイトウは日本の真珠湾攻撃を失敗させるために諜報と工作をする敵国人だが、読んでる最中はずっとサイトウに感情移入。
これほど過酷な状況で懸命に仕事に没頭して最期ははかない。これほど多くの人間が命がけではいずり回って情報を得るも、その重要な情報は結局はムダ。多くの命が失われる非情。

今の日本でスパイ防止法が必要だと言う人がいる。ま、中国人やロシア人の工作員や諜報員が好き勝手やってることに対処する必要はある。
だが、スパイ防止法が普通の日本人の生活を暗く息苦しいものにする可能性もある。行く先々で横柄な憲兵や警察から検問があったり検閲や荷物を調べられたり、身分を照会されたり。そんなのわずらわしいし嫌だろ。
自分には関係ないし大丈夫と思っても、もしもスパイの嫌疑をかけられたりしたら、身の潔白を証明することは難しいかもしれない。最悪な場合こっそり処理されてしまうかもしれない。

初めて佐々木譲を読んだのだが、すっごい力作で読後の余韻がすごい。強くオススメする。今後、この作家の別の作品も読んでいく。

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