阿川弘之「井上成美」(昭和61年)を新潮文庫平成7年6刷で読む。阿川弘之の海軍提督三部作の三作目。
海軍大将・井上成美(いのうえ しげよし 1889-1975)の戦後、そして回想。
以前に「米内光政」を読んでからもう4年経ってる。この「井上成美」も578ページ長編なのでなかなか手を出せなかった。やっと読む。
阿川弘之氏は学徒として出征し、大尉として上海から内地に帰還。そのときは井上成美という大将を知らなかったという。戦後、英語塾などして隠遁生活の井上氏に面会インタビューしたのが昭和39年。
潔癖で曲がったことが大嫌いな井上が、一流と評価する海軍大将は米内光政のみ。将としての見識があるかどうか?それのみが大切。山本五十六も米内に劣るという。東郷平八郎をまったく評価していない。「人を神扱いしてはいけない」
そんな井上は敵が多かったし嫌われた。陸軍の三国軍事同盟に強く反対し、山本や米内と同じく命も狙われた。
山本五十六といえば「是非やれと言われれば、初めの半年や一年はずいぶん暴れて御覧に入れます。しかし、二年三年となっては、全く確信が持てません」
井上「これはいけない」「曖昧な表現をすれば素人は判断を誤る」
米内と井上はアメリカ相手に戦争をすれば「まるで見込みがない」「必ず負ける」と断言していた。「それ、自分も思ってた」というのと、命を懸けて公的に発言していたのとではまるで意味が違う。
イタリア・ローマに武官として1年10か月滞在していた井上は、イタリアが嫌いw(ヒトラーとドイツも嫌い)
水兵までもがチップを要求するし、黒シャツ義勇軍が行進すれば驟雨に散り散りになるだらしなさに呆れる。バスでも売店でも釣銭をごまかされる。
「ファシスト党が思想統制民族の団結を如何に鼓吹しても、国民性の本質は一朝一夕に改まらない、過去にどのような偉大な学者芸術家を出していようと、彼ら大多数に染みついた乞食根性は抜きがたいものがあって、こんな国と手を結んだらとんでもないことになる」
ボーイが2通公報が届いたら2回に分けて届けて心づけをもらっていくとか、井上はイタリア人にかなりうんざりしていた様子。チップを渡す時も、ちゃんと紙幣の額面を確認して念押ししてたらしい。
この本の前4分の3は英語塾の先生と生徒、周辺近所の人々、そして江田島の海軍兵学校校長としての日々。そして想い出。
ほぼ教育者としての井上成美。見た目は怖いが、大切な何かに関しては譲れないプリンシパルを持った紳士としての側面のみ扱う。
東條内閣が総辞職。小磯内閣で復帰した米内海相の下で、嫌々次官として政治の現場に復帰するも、できることは何もない。ただ座して敗戦を待つのみ。
戦史に関心のある人、戦時中の海軍と政府に関心のある歴史好き読者にはこの本は向いてない。「米内光政」のようなギリギリ終戦工作を扱う内容じゃなかった。現場での劇的な場面もなかった。
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